第127話 第3部第36話

ついにヴィクターを見つけたエリン。


まさしく鬼の形相で一直線に斬りかかってくる彼女を見て「ひぇっ」と割とガチなビビり声を出すヴィクター。


それはそうだろう。何せエリンまでもがここに来ているとは予測していなかったうえ、いきなりのガチお怒り案件である。


アカデミーや王国に何かあった場合やヴィクターが何かをしれっとやらかした時にはこれまでもミリアムが追いかけてくる事はあったが、流石にエリンに追われた事は無い。


エリンの相手をするのはジェズの役割なんじゃないだろうか?マジで勘弁して欲しい。ここまでエリンが怒っているのを見たのは王立学園の文化祭でジェズと悪ふざけをして以来じゃないか?


あの時は激オコだったエリンを前に二人で協力して逃げつつ、最後にはジェズを生贄にしてヴィクターは逃げ延びたのだが。


結果的にその後の文化祭の後夜祭ではエリンとジェズは非常に良い雰囲気だったので我ながらグッジョブだったと思う。


むしろ感謝してくれて良いんじゃないだろうか?あれがきっかけであの二人は付き合えたのだし。文化祭から数日後にエリンに直接そう言ったら黙って蹴られたが。


ミリアムにもジト目で「デリカシーって言葉知ってる?あ、待って。答えなくていいわ。聞いた私がバカたった」と何も喋る前に自己完結された際には笑ってしまったが。


そんな形で過去の思い出を急に思い出す程度にはヴィクターは身の危険を感じていた。


「……いやいやいや。同級生に久々に会って走馬灯を見るって流石にどうなのよ」


「この状況下でも軽口が叩けるのは流石だね」


エリンから一定の距離を取りながら逃げるヴィクターとそれを追うエリン。彼らは古代遺跡群の中を進んでいくが。


「なぁ、周りの魔族にはノーコメントなの?」


「あんたを取り押さえてから片付ける」


エリンの突然の乱入に面食らったのはヴィクターだけではない。マジックジャマーの影響で動きがおかしくなった魔族たちも突然の展開に混乱していた。


だがエリンを追ってきたリリーやルクレティア達が追いつくと。


ヴィクター、30名ほどの魔族、100名ほどのタッシュマン王国勢力が入り乱れての大混戦になる。


混乱する戦場を器用に移動しながらなんとかエリンを撒こうとするヴィクターだったが、エリンもここまで来てヴィクターを逃すつもりは無い。


三つの勢力が入り乱れ、様々な魔法が行使され、マジックジャマーが辺り一帯に作用し、更に古代遺跡群のすぐそばでは第5軍団3000名と魔物軍5万が盛大に正面から激突していた。


これに加えて次元特異点となりつつあるヴィクターや、より強い次元特異点であるジェズと関係が深いエリン。


更に聖女のルクレティアがこの世界のアンカーである古代遺跡群というただでさえ次元世界の中でも最も不安定な場所に一箇所に集結した事でついに不測の事態が発生する。


エリンから逃げるために足場に魔力を流して足止めの構造物を作ろうとしたヴィクター。彼が古代遺跡群に魔力を流し込んだ瞬間。


ついに古代遺跡群がした。


・ ・ ・


眩い光を放ち、轟音を立てて起動する古代遺跡群。どうやらヴィクターの魔力がトリガーになったらしい。


「ヴィクター!?今度は何をしたの!?」


「これは俺も知らん!!」


明らかに異常事態。ヴィクターの行動が起点になったと判断したエリンはすぐにヴィクターに問いただすが、この事態は流石の錬金術師にも完全に想定外である。


古代遺跡群が起動する事などヴィクターも聞いた事が無い。あまりにも不穏な古代遺跡群の反応。先程まであちらこちらで戦いを繰り広げていた面々も一旦引き様子を伺っている。


すると。


古代遺跡群の4つの尖塔がことさら強く光りだす。その尖塔の中心部直上。強い魔力が集中していく。


その様子を見ていたヴィクターやエリン達は「これはマズイのでは?」と身を構える。同様に様子を伺っていたルクレティアだったが。


「……これはまずいですね!?エリンさん、次元の門が開きます!!!」


何かに気づいたらしいルクレティアが叫ぶがエリンはもちろんその内容を理解できない。だが。


「そういう事かよ!?」


ルクレティアの言葉で状況を理解したらしいヴィクターが行動を開始。


擬似神器 Perception / Possibilityホルスの目を起動。マジックジャマーや古代遺跡群の影響で挙動が安定しないが、なんとか抑えつける。


そして起動した Perceptionウジャトの目で現在の世界の座標位置を固定、更にPossibilityラーの目で可能性を手繰り寄せる。この時のために龍のカケラを確保していたのだ。


元々は別のやり方で次元の門を開くつもりだったが、この機会を逃す理由がない。


いま目の前で開こうとしている次元の門。しかしこれは完全に突発的で制御されていない事象。このまま放っておけばどこの世界と繋がるのかわからない。


であればこちらから道を作って地球世界に繋げる。擬似神器、龍のカケラ、古代遺跡、そして地球世界側の次元特異点。全てを結びつけて。


擬似神器に加えてもう一つの切り札をここで使う。


「静寂の彼方に潜む真理よ、我が声に応じよ。

平穏のうちに隠れし幸福よ、その力を我に授けたまえ」


ヴィクター・アルケミス。当代最高の錬金術師。そんな彼が自身の持てる全てを注ぎ込んだ技術の結晶。


「無限の知識と洞察を我が手に集い、理を超えし力を示せ。過去と未来を越え、異なる世界を渡り、安寧の中に無限の可能性を紡ぎ出せ」


彼の身の内から圧倒的な魔力が解放され、それら全てが彼が纏う白衣に吸収されていく。


「我が意志、すべての境界を超え、最善の未来を導かん。平穏の中に幸福を求めよ、その秘められし力を今ここに解き放たん」


更にそれらの魔力を制御するために擬似神器 Perception / Possibilityホルスの目の演算能力が最大限に活用される。


「その神秘の力を顕現せよ!今、我が手に無限の幸福を掴み取り、全ての者に安らぎを与えん。概念武装 平穏の中に幸福を求めよマクスウェルの悪魔


事象干渉系概念武装。 平穏の中に幸福を求めよマクスウェルの悪魔。これは単体の次元世界では成立し得ない物理現象を、他の次元世界とバランスする事で無理やり実現させる概念武装。


そしてこの概念武装。これをこのタイミングで使う事で。開きつつあった次元の門の先が確定する。


一際強い光と魔力風が吹いた直後。その門が開いた先。次元回廊に山のように魔物が存在するその先。その先に一瞬見えたのは。


「ヴィクター!?」「ジェズ!」


ついに二つの世界は繋がった。

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