第126話 第3部第35話
第5軍団と魔物軍が正面から激突している戦場の外縁部を突破して古代遺跡群に到着したエリン達。
ルクレティアによると間違いなくヴィクターはここにいるらしい。
比較的広範囲に渡る古代遺跡群。しかも構造物は複雑でこの中から人間を一人見つけるのは簡単ではないだろう。
わざわざ王都からここまで来たのだ。ここまで来て奴に逃げられる事だけは避けなければならない。
以前王都に出現したヴィクターは空から突然現れ、去る時もどさくさに紛れて消えた。あの動きを考えるのであれば奴はなんらかの高等魔法か概念武装を利用していると見て良いだろう。
ヴィクターと相対する時に注意すべき事。それは後手に回らない事である。後手に回るととにかく奴の自由な発想や圧倒的な技術力に良いようにされてしまうのだ。
先手必勝。これこそが対ヴィクターの基本戦略となる。昔からヴィクターをなんとかしようとしてきたアルケミス本家の人々もそれは頭ではわかっていたのだが、意外と人間は即行動はできないものである。
しかしミリアム・ストーンウェルは違った。彼女はとにかく意思決定が早く、判断に躊躇いが無い。
ミリアムはアカデミーにおいて技術者としても優秀ではあるのだが、とにかくその胆力こそが彼女の特異性を際立たせていた。
この意思決定の早さと躊躇いの無さがあるからこそ彼女は学生時代からヴィクターのやらかしを正面から叩き潰し、矯正し、各所にごめんなさいをさせる事ができていた。
今回のマジックジャマーの件もそう。確かに古代遺跡群をもう少し調査してから利用する方が良いのかもしれない。実際にアカデミーからついてきていた他の面々もそうミリアムを諌めたが。
ミリアムからしてもそんな事はわざわざ言われるまでもなく分かっている。ただそんな事をしていてはヴィクターに逃げられる。
奴がこちらの存在に気づいていないうちに勝負を決めなければ、あとはあいつのペースになってしまう。それだけは避けなければならない。
特に今回はレネ姫とジェズの命がかかっているのだ。判断の遅れは許されない。
王都を出てから数週間。エリンは気丈に振る舞っているが自分の守るべき主と大切な人を同時に見失ったのだ。鬼気迫る様子で寝る間も惜しんで働いているところをミリアムはここ数週間ずっと見てきたのだ。
学生時代からの親友がここまで頑張っている。ミリアムとしても力になりたいと思うのは当然だろう。
そんな背景もあり古代遺跡群に到着直後に必勝を期してマジックジャマーを設置して即起動させた。
マジックジャマー。未だに完全に完成したとは言えないが、ミリアムがアカデミーに就職してから取り組んできた研究の到達点である。
この技術が秘めている可能性は誰にでもすぐわかるだろう。研究内容が内容なだけにミリアムのこの研究はラムセス王によって直接機密指定されている程。
これを今回はラムセス王の許可を得た上で持ち出してきた。魔道具のサイズや組み立て、稼働時間や対象の設定など課題は多く量産化はまだまだ遠い。
しかしピンポイントで特定の人物に影響を与える事が可能な点を考えると非常に有益な技術。この技術が確立されれば魔法関連技術は大きく変化するだろう。それだけの可能性を秘めた技術だ。
マジックジャマーの起動を無事に確認したミリアムは一つ頷くと。
「エリン!マジックジャマーは問題なく起動した!あとは早いところよろしく!」
「ありがとう!突入班、私に続け!!!」
ミリアム達アカデミーの面々の護衛に隊の1/3程を残したエリンはヴィクターを確保するために一気に古代遺跡群へ踏み込んだ。
エリン、リリー、ルクレティア、エデルマー、ジャミール、ファティマ達が攻撃体勢を整えた上で疾駆。錬金術師はいよいよ手の届くところにいる。
・ ・ ・
「うぉおおおおおおお!!???これはマジでシャレにならないな!?」
マジックジャマーの影響を受けたヴィクター。突然魔法や魔道具の運用に異常をきたした彼は流石に慌てていた。
分割思考で地球世界に接続していたアバターも動作不良に。あちらの概念武装などの運用権限は非常事態用に全てレネ姫とジェズにつけてきたのでひとまず問題は無いはずなのだが、まさかこの機能を使う羽目になるとは思っておらず流石のヴィクターさんもびっくり。
地球世界側も何やら盛り上がって来ているので観察を続けたかったが、流石にこちらもそれどころではない。
この感じ、この違和感。おそらくはミリアムのマジックジャマーが完成していたのか?とヴィクターは推測する。
マジックジャマーの最新状況はヴィクターも知らない。しかし学生時代のミリアムの関心事や卒業論文、そしてアカデミーに入った後の彼女の公開されている論文や研究成果を見ていれば彼女が何をしているのかは概ね予測できる。
予測できるのだが。さすがにこの状況下でいきなりぶっ放すのはやめて欲しい。僕ちゃん困っちゃう。
などと逃げ回りながらもまだ若干余裕がありそうな錬金術師。そう。“魔力が使えないケース”はヴィクターもリスクとして予測済み。
確かにやばいのはやばいし、いきなり魔法が使えなくなってめちゃくちゃ焦ったのは事実だが、状況が理解できてしまえば大丈夫。
そもそも魔力切れの場合にも魔法は使えなくなるのだ。特に単独行動に際にはそんなケースにも備える必要がある。
セブン-ブルを使う前に、予め用意していた使い切り型の魔道具を用いて魔族の追跡を牽制するヴィクター。この魔道具はヴィクターの魔力ではなく空気中に存在する魔素を貯める事で動くまるでバッテリーのようなものである。
普通に魔法を使うよりも数段威力は落ちるが無いよりは遥かにマシだろう。
しかし結界の展開直後から魔族達の様子もおかしい。人間よりも魔力運用が得意なはずの魔族。もしかしたら彼らにも何かしらの影響が出ているのかもしれない。
古代遺跡群を逃げ回りながら魔族の様子がおかしくなった事を確認していたヴィクターだったが。
「……ヴィクターぁああああああああああ!!!!」
鬼気迫る表情で斬りかかってきたエリンを見てマジでビビるヴィクター。局面はついに最終段階に入る。
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