第125話 第3部第34話

ヴィクターが把握できただけでも周囲には30名ほどの魔族の戦士たち。どうやらヴィクターは気づかないうちに包囲されていたらしい。


彼らはヴィクターを牽制しつつ、12名の同胞を救助していた。


魔族の戦士たち。彼らは12名の調査団からの定時連絡が無いことに気づいて遺跡に突入してきたのだ。


人類が古代遺跡群と呼んでいる名も無き巨大構造物。しかし魔族にとっては聖域のようなもの。


そのために平時は学者や聖職者たちなど限られた者しか入る事は許されていない。そのため今回も12名の学者たちだけが調査に入っていたのだが、遺跡群の外には護衛の部隊が待っていたのだ。


人類生存圏から数日で辿り着けるこの場所は比較的人類との接敵も多い。そのために当然ながら学者達だけではなく、それを守る部隊も派兵されていた。


そんな事を知らないヴィクターは12名をちょろまかした所で余裕をぶっこいていたのだ。あまりにも脇が甘すぎる。


しかし単独行動メインのヴィクターが周囲の状況に気を払わないなどあるのだろうか?彼は確かにふざけた雰囲気ではあるもののそれなり以上に警戒心が強く用心深いはずなのに。


これにはいくつか理由があった。


まず第一に、単独行動が多いヴィクターは索敵魔法や警戒のための探知の魔道具などを常に展開しているが、それらが古代遺跡群に入ってから魔力場の影響を受けて精度が落ちていた。


第二に目の前の魔族の捕虜を確保した段階で気が緩んだ事。擬似神器を使った影響もあるだろう。いつもよりも集中力が散漫だった。


更に魔族側が気配遮断などを含めた魔力の扱いに長けていた事。魔族の戦士たちが潜んでいた場合、それを感知するのは難しい。実際問題、王都でも王国議会に潜り込まれた程には魔族は魔力隠蔽を含めた魔力操作に長けていた。


これらの事が重なりヴィクターは容易に敵の接近を許してしまったのだ。


先んじてヴィクターが捕まった際には、この場所が魔族にとっての聖域である事から殺される事は無かったが、どうやら今回はそういうわけにも行かなさそうである。こちらに警告を発してきた魔族の戦士を確認するが、その目はマジだった。


やっべ。マジじゃねぇか。


久々にマジでピンチな気配にヴィクターは若干の冷や汗をかきつつ、打開策を考える。ここからがガチの鬼ごっこの開始だった。


・ ・ ・


命懸けの鬼ごっこが始まってから半日以上が過ぎた。今回は流石のヴィクターもマジ顔である。


古代遺跡中を駆け巡り、敵をやり過ごし、隠れ、隙を伺う。どうやら魔族側もこの古代遺跡群の詳細までは把握していないらしく、なんとかヴィクターは敵を撒くことができていた。


逃げ回るうちにヴィクターもこの巨大な構造物の設計思想などがなんとなく把握できてくる。


通路の配置、広場の構造、建築物の様式。古代遺跡中を本気で駆け回るうちにどこに何があるのかが見えてきた。


しかし流石に体力も限界に近い。錬金術師は体が資本である。研究に熱中するためには頑丈な体と有り余る体力が必要。更にヴィクターは放浪癖もあったために余計に体力が必要だった。


意外な事に学生時代までのヴィクターは錬金術師はインドア派なんだから運動なんているかボケという典型的なもやしっ子だった。


しかしそんな彼を変えたのはジェズによる「体力こそ全て」という謎信念。これに毒された結果として今の彼がある。


きっかけは何にせよ現在のヴィクターは常日頃からあれやこれやで鍛えており、魔道具や概念武装抜きでもそんじょそこらの軍団兵よりよっぽど体力がある。


しかしそんな彼もそろそろ真面目に限界。ただでさえ既に一度擬似神器を使っている。


これはいよいよセブン-ブルの出番か?と思いつつ、いやぁコレを俺が飲んで大丈夫か?と珍しく躊躇っていたヴィクターだったが。


「……今度はなんだ!?」


古代遺跡群の中を縦横無尽に駆け巡っていたヴィクターと魔族たち。それを含めて突如古代遺跡群全体が結界に包まれた。


・ ・ ・


ラージャ・ラージ率いる第5軍団3000名と約5万の魔物軍。この二つの勢力がついに古代遺跡群付近の平原で正面から激突し会戦が始まる。


実はタッシュマン王国においては大軍同士の平原での会戦はそう多くない。大軍が動員される多くの場合は城砦都市絡みの防衛戦が多いためだ。


実際に先の南方大騒乱においても城砦都市に攻めてきた魔物軍を迎撃する形で戦闘が始まっており、会戦となったのも本当に終盤の一線のみである。


このようにただでさえ珍しい会戦だったが、それに加えて今回は人類未踏領域での戦い。人類側は大規模な支援や補給を受け難い状態。


その結果、自然な流れとしてラージャはそのイメージと異なり非常に手堅く戦いを進めていく。とにかく損耗を出さず、着実に敵を削っていく。


このような戦い方をすれば自然と敵軍の注意もどんどんとラージャ率いる第5軍団に集中。


その様子をやや後方から確認していたエリンはラージャ達の手堅いが間違いのない戦いぶりを讃えつつ、208名で戦場を迂回して古代遺跡軍へ突入するべくタイミングを伺う。


そして機を見て戦場外縁部を一気に突破することに成功。第5軍団が激闘を繰り広げる横でついに無事に古代遺跡群に到着したエリン達一行。


ここでミリアムを中心としたアカデミー職員達が事前に説明していた通りの品を古代遺跡群の周囲に設置し始める。


「……これでよし。じゃあ早速やっちゃうわね!」


とある魔道具の設置を完了したミリアムがエリンやルクレティア達に確認すると、彼女達は頷いた。


「マジックジャマー起動、対象はヴィクター・アルケミスの魔力波を登録っと。これでこの結界内であればヴィクターも簡単には魔法や魔道具を使えないはず!」


アカデミーが誇る俊英にしてヴィクター・アルケミスの学生時代からのお目付け役。ミリアム・ストーンウェルが最高機密で作成していた魔道具。それこそがマジックジャマー。


ミリアムもまたアカデミーの職員としては間違いなく最高クラスの能力をもった研究者。


そんな彼女が心血を注いで作成したその魔道具の効果は単純だがそれ故に非常に強力。特定の人物の魔力波に干渉する事で魔素を乱し、魔法使えなくする。


「さて、あのおバカ。今回はマジで逃がさないからね。これだけ色んな人に迷惑かけたんだから」


そうニッコリ微笑んだミリアムは古代遺跡群の周囲設置したマジックジャマーを起動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る