第97話 第3部第6話

ジェズがうっかり異世界で全国のお茶の間デビューしてしまう十数分前。


ジェズが気配を消したまま監視を続けていた奥多摩ダンジョン入り口辺りが騒がしくなる。


ダンジョンに3台の車で乗りつけた10名のうち、7名がダンジョンアタックをはじめてから1時間弱。


その間、ダンジョン入り口に残った3名は警戒体制を維持したまま時たま車内の通信機でどこかと交信をしている模様。


ジェズも聴覚強化をしてなんとか彼らの会話を聞き取ろうとする。なお身体強化魔法の一種である聴覚強化だが文字通り聴覚が強化される。


この際、当然ながら任意の音だけに絞って聴覚を強化する事は出来ない。そんなに便利な技ではないのだ。


従って聴覚強化魔法を用いると遠くの人の話声も聞こえるが、同時に周囲の雑音の音量も上がる。


そのためジェズは3名の会話のごく一部のみを聞き取った段階で魔法を解除した。これ以上続けると耳がヤバい。


しかし短時間だったとしても得られた情報が多い。まず最大の情報は“日本語”を会話していた事。


看板を見た時点でほぼ確定だった訳だが、武装組織の隊員達の会話も完全に日本語である。これにはちょっと感動したジェズだった。


なお補足しておくと、ジェズ達が住むタッシュマン王国や人類生存圏の人種や言語は日本が存在する世界で言うところのインド・ヨーロッパ語族系が近い。


タッシュマン王国は人類最前線国家で比較的広い領域を統治しているという事もあり、多様な人種構成となっている。


地球世界で例えるのであればタッシュマン王国の王家や王都周辺はいわゆる南欧系、北方戦線などノーマン家等はいわゆる北欧系、南方戦線辺りは中東系と言ったところか。


レネなどの王家、そしてリリーなどはいわゆる白人系のヨーロッパ人と言った印象。ジェズやノーマン家の人々は金髪が多い北欧系。ジャミールやファティマなどはイラン系である。そしてルクレティアやエデルマーなどはラテン系。


なお完全に余談ではあるがイラン系のジャミールは超絶イケメンである。


という事なのでタッシュマン王国にはそもそも地球世界で言うところのアジア系がほとんどいないのだ。


話を戻すと。ダンジョン入り口に陣取った3名の会話からここが日本である事、彼らは“探索者”と呼ばれている特殊能力者である事、ここにはダンジョン震という現象の確認のために訪れた事が分かった。


さらにジェズにとってはラッキーだったことに2024年という年代も分かった。彼が過去に生きた日本とはパラレルワールド的な位置付けだと考える事が妥当だろうが、それでも彼が生きた年代である。多少は似ている部分もあるだろう。


そこまで分かった段階で、ダンジョンの入り口から二人の隊員が慌てて出てくる。確か7名でダンジョンに入って行ったはずだが……?


ジェズは疑問に思ったまま再度聴覚強化魔法を短時間使用。そしてダンジョン内でドラゴンが発生した事を知る。その報告を受けた隊員達も大慌てで各所に連絡をしているようだった。


さて、どうしたものか。このままレネを担いで逃げるというのが一番無難な選択肢ではある。


しかし逃げてどうなるのか?奥多摩でこのままサバイバルでもするか?それは流石にアホらしいだろう。


それに仮にこの場を離れて市中に紛れようにも、いわゆる現代日本で、明らかな外国人が、それもパスポートも戸籍も無いような外国人がどうやって生きれば良いのか。


先程までの話を聞いている感じだとダンジョンで魔物を狩れば金にはなりそうだが、そもそもその狩った獲物の換金はどうする?


探索者の登録なども身分証が必要なのではないか?


そして金がなければ家も食事も、服すら手に入らない。おそらくだがジェズとレネの現在の服装も現代日本だと奇異な感じになってしまうのではないだろうか?


ここまで考えたジェズはふと思う。異世界転移で中世風世界に行く例が多いのは、現地の生活にすんなり入るためか、と。


要するに戸籍や制度などがガバガバじゃないと異世界転移は無理ゲーじゃね?と今更ながらに気づくジェズ。


どう考えても現代日本に突然異世界転移してきたら異物感がヤバい。現地協力者でもいない限り速攻で詰むんじゃないか?とゲンナリした。


そんなしょうもない事を考えていたジェズだったが、


「……来たか」


ダンジョン入り口の方から膨大な魔力を感じる。そしてわずかな地響きも聞こえてきた。


同時に奥多摩エリア全域に警戒警報が鳴り渡る。完全に戦地じゃねーか、とツッコミながらもジェズもアップを始める。


打つ手が無いなら作り出すしか無い。この世界で異世界人がどれほど珍しいのかは分からないが、派手に暴れて世間に認知されれば裏でこっそり拘束される等の危険性も下がるのではないか?


そう考えたジェズは自分たちの生活基盤を確保するためにも、自身が蒔いたであろう種を刈り取るためにも戦う事を決める。


この世界にも魔素がある事はすでにわかっている。どうやらダンジョン外は中に比べると魔素濃度が著しく低くなるようだが、まぁジェズの戦闘スタイルだったら問題ないだろう。


レネは引き続き目を覚さない。若干心配になってきているのだが、呼吸は安定しているからもう少しこのまま様子をみよう。


そして準備を整えたジェズはその場から少し遠回りをして山から出て、道を進んだ。


・ ・ ・


流石にドラゴンは固い。アンデッドドラゴンは普通のドラゴンよりも弱体化しているはずなのだが。


ジェズが魔力を込めた拳を何発か打ち込むも、その尽くはドラゴン表面を守る魔法障壁に阻まれる。


ジェズにとってラッキーだったのは、このドラゴンがどうやら飛行能力を失っていた事。おかげでしっかり地に足をつけたまま戦う事が出来ていた。


空には数機の報道ヘリらしきものも見える。これは想定外だったが世界に認知されると言う意味ではラッキーだった。


そしてジェズが近接格闘をドラゴンに仕掛けた事で、撤退戦を続けていた5名の面々は一息つけていた。残りの5名はその介助をしつつも突如現れた金髪の男とドラゴンの双方を警戒している。


そちらの方をチラリと確認しつつ、さてどう片付けるかと敵を伺いつつも考える。


先程から全力の魔力を込めたパンチをお見舞いしているが、さすがにドラゴン種。決め手に欠ける攻撃となっていた。


仕方がない。不確定要素が大きいが概念武装で一気に片付けるか、と懐からペンを取り出したところで。あれ?ペンが一本しかねぇな?……落とした?マジで?


ドラゴンの攻撃をかわしつつもポケットを探るも見当たらないペン。やべぇ。そしてドラゴンの攻撃を避けている時に更にふと気づいた。


あれ?アンデッドドラゴン、既に目が潰れてね?


ここにきてジェズはどうやら自分自身が思っていた以上にこの異世界転移にテンパっていた事を自覚する。


普段なら絶対にしないようなしょうもないミスを立て続けに犯していた。しかもドラゴンの目の前で。


概念武装連携魔法 画竜点睛を欠くファフニール、相手に目が無いと使えないんじゃないか?

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