第96話 第3部第5話

龍鱗。文字通りドラゴン種のウロコであり超貴重な素材である。


日本国内どころか世界的に見てもドラゴン種の素材は貴重で、輸出制限がかかっている程の国家級の戦略物資だ。


シンプルに武具として加工しても良いし、粉砕して他の材料と混ぜ合わせることで特殊な合金を作成する事もできる。いずれにせよ幅広い用途と高い効果が見込める素材である。


そんな龍鱗がモンスターの気配が無いダンジョンの中にポツンと落ちている。それがどれだけの異常事態なのか。


そもそも龍鱗が非常に珍しい素材であることから実物を見た事がある者も限られる。その珍しい素材を拾い上げ、無邪気に眺めていた田中に非があるとは言い難い。


チームを率いる高橋はベテランなだけあり、過去にもドラゴン種攻略のための大規模レイド戦に参加した事があったために気づく事ができた。


なおドラゴン種はその圧倒的な生命力と攻撃力から深層級、あるいは超深層級のモンスターとして下層探索者数十名によるレイド戦が奨励されている。


そして高橋が龍鱗を見て慌てた理由。それはドラゴン種の素材は適切な加工や封印処理を実施しないと、魔素を吸収する事で強力なモンスターがリポップするためだ。


ドラゴン種はその全身が非常に高密度な魔力で覆われており、その身体は魔素との親和性が非常に高い。


これはドラゴン種が絶命した後に素材となっても変わらない。むしろ素材になってからは魔素を溜め込む一方になるため余計に危険になる場合もある。


そのためなんらかの刺激を与えると素材内部の魔力平衡が崩れ、その結果としてドラゴン種の素材を核にして新規でモンスターが発生してしまうのだ。


今回はダンジョン内に落ちていた龍鱗を何気なく田中が拾ってしまった事が刺激となってしまった。


そして高橋たちの目の前にはアンデッドドラゴンが突然現れる。


アンデッドドラゴン。


ドラゴン種の中では比較的弱い方ではあるが、ドラゴンである事に変わりない。しかも確かに純粋な戦闘能力では他のドラゴン種に比べると強くはないのだがアンデッドという特性上、状態異常を誘発するような攻撃が多い。


そのためアンデッドドラゴンと戦う際には聖属性が付与された武具や聖水などを大量に準備した上で戦う事が鉄則である。


しかしこの場にそんなものは無い。高橋たちはあくまで先行偵察でこの場にいるのだ。枯れたはずの奥多摩ダンジョンでまさかアンデッドドラゴンに遭遇するなんて誰が想定するだろうか?


更に悪いことに、このダンジョンは完全に新規に近い。マップなども全く役にたたない状況だ。


一般にドラゴン種などを含めた高ランクのモンスターと戦う際には、繰り返しになるが地の利を活かした大規模なレイド戦が鉄則である。


予め地形を把握し、トラップを仕掛け、敵を誘導しつつ戦うのだ。


だがここ奥多摩ダンジョンはダンジョン自体が復活したばかりで地図なんて物は無い。高橋たちがファーストアタックになる。


まさに踏んだり蹴ったりな状況。しかしそんな事を言っていても始まらない。


状況を一瞬で整理した高橋は叫ぶ。


「全員、今すぐ撤退だ!!」


高橋の指示と同時、田中や伊藤達も含めた7名全員が迅速に撤退行動に入る。


そしてそれを見たドラゴンもゆっくりと動き出した。


・ ・ ・


あれから何分がたったのだろうか?神経をすり減らす撤退戦を開始してからしばらくの後。徐々に時間の感覚を失いはじめていた高橋が手元の時計を確認するも。


「……まだ10分しか経ってないのか」


ダンジョン入り口から田中が龍鱗を拾い上げた場所まではおよそ1時間強。


そして彼らの撤退速度を考えると後20分ほどで地上に出る事が可能なはず。


全力で走って逃げればもっと早く離脱できるはずだが、強いモンスター相手に背を向けて逃げるなど愚の骨頂。


幸い今回の7名全員がダンジョン庁所属のプロの探索者だった事から統制も取れている。ドラゴンを倒す事は無理でもなんとか全員で脱出できるところまでは行きたい。


しかしその先はどうする?


立川駐屯地では連隊規模の部隊が即応可能な状態だったはずだが、このままではアンデッドドラゴンを地上に出してしまう。


奥多摩ダンジョン周辺は一般市民の居住区画からはやや離れているとはいえ、ここはあくまで東京。できればダンジョン内で片付けたいのだが。


しばらく考えた高橋は、悪手とは分かっているが連絡のために部隊を分けることにした。これまでの10分の交戦である程度敵の実力も把握できた。


「田中!伊藤!二人は先にダンジョンを出て立川駐屯地へ状況の報告と増援を頼む!周囲へのスタンピード警報の発令も!!」


高橋の言葉を聞いた田中と伊藤は一瞬の躊躇を見せるがここは彼らもプロ。


「……了解しました!高橋さん達もご武運を!!」


・ ・ ・


それから更に20分が経過する。全身ボロボロになりながらも高橋たち5名はなんとかダンジョン入り口まで退避することに成功。


しかしアンデッドドラゴンは未だ健在。このまま地上に出してしまう事になる。


田中と伊藤も無事に立川駐屯地へ連絡を出し、すでに奥多摩ダンジョン周辺には警報も発令済み。


警戒区域ギリギリの空には各報道機関の災害報道ヘリも飛び交っていた。


そしてついにアンデッドドラゴンが地上に姿を現す。


ここ日本においてドラゴン種がダンジョンをでて地上に現れたのは十数年ぶりの大事件である。報道ヘリから流れる現地の映像を日本中の国民が固唾を飲んで見守る中。


奥多摩ダンジョン入り口広場に現れたアンデッドドラゴンは周囲に攻撃をばら撒きながら進もうとする。


しかし、とある報道機関のカメラが捉えた。


奥多摩ダンジョン入り口へと続く道に一人の人物が立っている事に。


「……あそこに人が!?早く映して!!テレビの前のみなさま見えていますでしょうか!?奥多摩ダンジョンに突如現れたドラゴン!!そしてそれに立ち向かおうとしている探索者です!!」


映像を通じて全国民が見守る中、その探索者は気軽な感じで構えを取る。


「もっとアップにできないの!?……金髪?それにあの格好は……官服?コスプレか何か??」


現場から遠く離れた報道ヘリからの映像。そこにはギリギリその人物が金髪で、官服らしきものを纏っている様子が見えた。しかも武器は無く徒手空拳。


あんな格好の深層級探索者なんてこの国にいたか?と視聴者達が不思議に思った瞬間。


その探索者の姿がその場からかき消えたかと思うと、轟音と共にドラゴンの首が跳ね上がる。


「……え?」


さらに官服を纏ったその男の連撃が炸裂。爆音と共にドラゴン種に強烈な一撃を叩き込んでいく。


官服の裾を翻し、ドラゴンに拳を叩き込んでいく金髪の男。その映像を見ている人たちは思った。


なんで官服……?と。

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