第94話 第3部第3話

レネ姫とジェズの転移先を把握できる可能性が1番高いのは錬金術師ヴィクター・アルケミス。


その錬金術師を捜索するための部隊が結成されてから早くも1週間が過ぎた。


部隊が結成されたその日のうちに全員が集められて今後の方針が協議される。


この臨時編成部隊。主だった人物はエリン、リリー、ミリアム、さらにルクレティアとエデルマー。


加えてアルファズ隊からはジャミールとファティマ。聖騎士隊からは隊長のアレクシア・グレイと副隊長のカトリーナ・リベラがリーダー層として参加。


聖騎士隊は聖女の身辺警護が主な任務になる事から女性の比率も高い。特にルクレティアの聖騎士隊はその傾向が高く、今回随伴する事になる部隊は聖女の近衛部隊といっても良い部隊だった。


なお大司教エデルマー直属の聖騎士隊も存在し、この部隊は歴戦の古強者のダンディなおっさん聖騎士たちが所属している。先のオークキング討伐戦においてエデルマーと共に戦った部隊はこちらだ。


今回の捜索は移動が非常に多くなる事が想定されたため、機動力と索敵能力が高いアルファズ隊は100名全員が参加していた。アルファズ隊、とにかく便利な部隊である。


そして残りは聖騎士50名、リリー隊50名という布陣。リリー隊の残りの50名は10名づつの5班に別れ、タッシュマン王国内各地へ別動隊として捜索活動に従事することになる。


アカデミーからはミリアム・ストーンウェルの他にも体力に自信がある4名が参加。


これで総勢208名からなる臨時部隊が成立する。初日の全員を集めての協議ではまず最初に指揮権が確認された。


この208名全体の隊長は全会一致でエリン・セイラーに決まる。副隊長は大司教エデルマー・ソレムニスとジャミール・アルファズの2名体制となった。


指揮命令系統が確立されてからは速やかに具体的にどこへ向かうべきなのか?の議論が始まる。


この議論、ミリアムなどのアカデミーの面々やルクレティアが主に議論を進めることになった。


この間、ジャミールや聖騎士隊のアレクシアは遠征準備に取り掛かるために会議を離れ行軍の準備に取り掛かる。


アルファズ隊、および聖騎士隊は比較的普段通りの行軍仕様で構わないが、今回は聖女やアカデミーの面々もいる。


更に部隊の人数が多いことから荷を運ぶためのものも含めて三台の軍用馬車が用意される事になる。これはラムセス王が近衛軍団用の装備を貸し出してくれた。


こうして着々と出撃準備が続く中、会議室の方ではヴィクターの所在地についての議論が進んでいた。


国王や宰相からも諜報機関による捜索状況がシェアされたため、ある程度のヴィクターの足取りは追えていた。


ヴィクター・アルケミスは1ヶ月程前に王都上空に現れてから忽然と姿を消した後、南方のコハネで目撃された後、北上して東部戦線方面に向かった模様。


東部中核都市のアルデンで目撃情報があり、さらに東部の最前線都市ノヴァリス、およびヴォルティアでも目撃されていた。


ノヴァリスとヴォルティアはそれぞれ第5軍団と第6軍団が駐屯している最前線城砦都市である。


目撃情報はそこでパタリと途絶え、以降は完全に足取りが不明。そもそも目撃情報が上がってきた都市のばらつきから尋常ではない移動速度なのだが、それはこの際置いておく。


なんにせよヴィクター・アルケミスは東方戦線方面にいるのではないか?と諜報機関の方々は考えているらしい。


ヴィクターが以前王都に現れた際の最後のセリフ、「俺はほとぼりが冷めるまで旅に出る!探さないでね?」を考えてもおそらく奴は東部の最前線都市を超えて、人類未踏領域にでも行ったのではないか?


奴と1番付き合いが長く、そして学生の時からふらっと消えた奴の首根っこを捕まえて学校まで引きずって来ていたミリアムも同じ見解である。


さらに聖女ルクレティア・アルマ曰く、天使たちが東方で大騒ぎしているらしい。これが決め手となり、臨時のエリン隊は行動方針が決まる。


まずは、東へ。


・ ・ ・


ダンジョン庁指定管理 東京都奥多摩ダンジョン前広場。


異常なダンジョン震を計測した直後、ダンジョン庁は迅速に立川駐屯地から先行偵察部隊を派遣。さらにいざと言う時に備えて連隊規模の部隊も出動準備に入っていた。


先行偵察部隊を率いるのは高橋優斗。下層探索者で立川駐屯地に詰める部隊のエースの一人だ。


ダンジョン庁からの緊急要請受けた彼らのチームは立川駐屯地から奥多摩まではヘリで急行。その後現地のダンジョン庁事務所で車を確保して奥多摩ダンジョンまで向かった。


奥多摩ダンジョン。いわゆる内部の異空間が消失し、既にその機能を停止していると考えられていたダンジョンである。


10年ほど前から資源の採掘量、モンスターの出現頻度が共に下がり始め、2年ほど前に完全にその機能を停止。


現在もダンジョン庁が管理しているものの、もはやダンジョンとは呼べないようなただの洞窟だった。……つい数時間前までは。


そんな死んだはずのダンジョンで突如発生したダンジョン震。大騒ぎにならないわけがなかった。


現場の奥多摩ダンジョン前広場に到着した高橋達のチームはそれぞれに得物を手に車を降りて油断なく展開する。


しかし。


「……本当に静かだな?」


特に異常は感じられない。むしろ奥多摩の山間にできたダンジョンなだけあって豊かな自然に囲まれており、虫の鳴く声や水のせせらぎ、木々が風に揺れる音しか聞こえない。


本当にダンジョン震があったのか?と疑いたくなるほど平穏。


可能性は低いが誤報だったか?と高橋が考え始めた頃。ダンジョン入り口付近を調べていた伊藤優香が高橋を呼ぶ。


「高橋さん!これを見てください!」


伊藤に呼ばれて近寄った高橋が見たのは。


「……足跡か?」


「はい。しかもかなり新しいですね」


今回の件と関係があるかどうかはまだ分からないが、死んだダンジョンに出入りするとはまたきな臭い。


何か面倒な事になりそうだと高橋がやれやれと首を振っていると。


「高橋さーん!魔素測定も終わりました!」


ダンジョン入り口より少し先で測定器を用いて魔素測定を実施していた田中涼介が告げる。


「高濃度の残留魔素を検知しました。やはり何かあった可能性が非常に高いですね」


ダンジョン内には人もモンスターの気配も全くない。しかし残留魔素と言い、謎の人物の足跡といい気になる事が多い。


少し迷った高橋は、


「できるだけ現場を保存して後は研究所の連中に調査を任せよう。俺たちはダンジョンの奥まで行ってみようか」


そう決めると装備を確認して足を進めた。

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