第3部 異世界転移編
第92話 第3部第1話
ダンジョン。数十年前に突如世界各地に出現した謎の構造物の総称。
まるで洞窟の入り口のような見かけからは想像できないような内部空間を持っており、その内部は異空間と呼ばれていた。
一説には異世界と繋がっている、等とまことしやかに囁かれている。
そんなダンジョンだったが、謎のモンスターを討伐すると得られる素材や貴重な鉱物資源が取れる事から紆余曲折を経て“探索者”と呼ばれる者達の狩場となる。
ダンジョンは日本国内に限っても数多く存在し、東京都内にも複数箇所に存在していた。それらのダンジョンは国の機関であるダンジョン庁の管轄となっていた。
ダンジョン庁管理の元でダンジョン探索とそこから得られる素材は一大産業を形成。そんなダンジョン全盛の時代に静かに、しかし非常に大きな出来事が発生。
その日。活動がほぼ停止状態で休眠ダンジョンだと思われていた東京都奥多摩ダンジョンで大規模なダンジョン震を計測。
ダンジョン庁が慌ててエース級の探索者を立川駐屯地から派遣。さらに研究所へダンジョン震の詳細な解析を依頼した。
しかし。奥多摩ダンジョンに探索者たちが到着した頃にはダンジョン震は終わり、ダンジョン全体の様子も極めて静か。
そこにはスタンピードどころか魔物の気配すら感じられない、いつも通りの活動停止状態の奥多摩ダンジョンが静かに存在していた。
・ ・ ・
困った事になった。
これがジェズ・ノーマンの率直な気持ちである。洞窟で目が覚めてから数時間。いまだにレネ姫は目を覚さない。呼吸などは安定しているから大丈夫だと思うが。
それよりもだ。
レネを背負って洞窟を出てから見つけた“ダンジョン庁指定管理 東京都奥多摩ダンジョン”の看板。
意味がわからない。看板の文字は完璧に日本語である。これで実は別の言語でした、とかだったら諦めるが。
と言うか何だよダンジョンって。ダンジョンなんて東京にはねぇよ。奥多摩の“東京の秘境”ってそう言う意味じゃねぇよ。と良い具合に混乱しているジェズ。
しかし何も情報が無いままで人に遭遇するのはいただけないか、と判断した彼はひとまず奥多摩ダンジョン前広場から離れた。
そしてレネを背負ったまま、どこかから奥多摩ダンジョンに続く道を外れ山の中に入っていく。
そして道からそれて少し経過した頃、ダンジョン入り口へ続く道を確認できるちょうど良い窪地を発見。その場でしばらく道の様子を確認する事にした。
時刻は夜。山の中は非常に暗く気温も下がってくるが、非常に薄く小さな結界魔法を展開する事でなんとか夜が越せそうな状態を作る。
そして一息ついた彼はそのままボーッと空を眺めた。木々の合間から見える空。それは果たしてどこの空なのか。
少なくともジェズが生きた東京にはダンジョンなんてものは無かった。それに仮に同じ世界だったとしても時代はいつなのか?
そしてそもそも、彼はジェズ・ノーマンとして26年生きてきた。まさか今更こんな事になろうとは。
彼が珍しく取り止めのない事を考えながら夜空を眺めていると。どれだけ時間が経ったのか。
奥多摩ダンジョンに続く道を何者かが近づいてくる。車の音。……車か。
ダンジョンへの道をやってきたのは3台の車。アレはランクルか?めちゃくちゃ懐かしいなと思いながらも気配を消して監視を続けるジェズ。
そして車から降りてくる10名の人間たち。その服装、装備、そして車などを見るに時代はジェズが過去に生きた2020年代に極めて近いのではないだろうか?
しかし、明らかに異なる点が一つ。全ての人から魔力らしきものの気配を感じる。やはりここは俺が知ってる日本ではないか。
そのままジェズはやや離れた位置からその集団の監視を続けた。
・ ・ ・
タッシュマン王国王都ネヴァリスタ。その日、王都で発生した大規模テロ事件、後にネヴァリスタ・ドラゴン事変として知られる事になるその事件直後。
ドラゴンを中心に王都で大規模な転移魔法陣が発動。ジェズ・ノーマン、およびレネ・タッシュマンの活躍により最悪の結末は避けられた。しかし。
「なんとかならないのですか!!!」
焦燥を露わにしたリリー・ジョンソンが感情的に吠える。
王城内に設置された臨時対策室。大規模転移陣を形成していた各所のオークキングや小さな魔法陣をアカデミーの協力の元に速やかに削除しつつ、消えたレネ王女とジェズ・ノーマンの捜索が続く。
時刻は既に深夜。オークキングの討伐とその後の対応に追われた面々の体力も限界に近い。
一度情報交換と状況確認のために集められた面々だったが、有力な情報も無くただ時間がすぎる。
それに痺れを切らしたリリーは再び現場に出て捜索に戻ろうとするが。
「リリー、落ち着いて」
情緒不安定なリリーを諌めるエリン。その一見するといつも通りなエリンを見たリリーは感情を爆発させる。
「エリン先輩は心配じゃないんですか!!」
会議室全体に響くリリーが机を叩く音。静まり返る会議室。ラムセス王、セイラー宰相、レオ王太子、マリア・ヴァレンティと言った面々が静かにエリンを見ると。
ふらりと立ち上がったエリンは、いつも通りの表情のまま冷静に。
机を拳で叩き割った。
爆音と共に壊れる机。再び静まり返る会議室。誰よりも静かに激情を抑えているのは彼女だ。
「……心配に決まってるでしょ。でもここで私たちが騒いでも仕方がない。リリー、まずは落ち着こう」
そう言ったエリンは一つため息を吐くと、リリーまで歩んでいきそのまま抱きしめた。項垂れるリリー。そして背中をぽんぽんとしながらも。
「ここまで探しても見つからないなら、もう王都にはいない可能性が高い」
そして懐から一本のペンを取り出すと。
「まずはヴィクター・アルケミスを探そう。あのバカを締め上げて吐かせる」
一見すると落ち着いた雰囲気のまま。据わった目をしたエリンが宣言した。
・ ・ ・
人類未到領域 古代遺跡群某所。
「ん?」
突如喪失した自身が作成した概念武装のシグナル。不思議に思ったヴィクターがしばらく調べると。
「……ペンは一本だけ反応があるな?」
そしてさらに調べていると。
「……へぇ?非常に反応が弱いけど他のも何もないわけじゃないのか」
そう呟くと荒野の遺跡で頭のおかしい錬金術師は一人ニヤリと笑った。
その日の深夜。ヴィクターが本能的に身の危険を感じる悪寒を覚えたのは別の話である。
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