第4話
ジェズが第7軍団参謀部へ転属してから1週間が経過した。その間毎日のようにレイルやヒューゴー、エリン達から大量の書類仕事やら事務処理やら議事録の整理やら各所との調整やらを無茶振りされたジェズだったが、
「オズワルドさん、今日の分も終わりましたよ」
夕方5時すぎ。日中勤務の者たちの定時になったタイミングでジェズがレイルの元へ処理済みの書類の山を持ってきた。
なお補足すると第7軍団は3交代制での勤務となっており、9時~17時、17時~25時(1時)、1時~9時の8時間ごとでの交代勤務となっている。
第7軍団内のほとんどの人員はこの交代勤務の定時通りに勤務しているが、一方でその中でも参謀部や一部の高級武官は残業が常態化していた。つまり参謀部は激務でありしかも書類は捌いても捌いても減らない環境だった。
そんなある意味戦闘部隊以上に過酷な職場環境だったはずの参謀部であるが、ジェズが来てから明らかに残業時間が減ってきておりそしてついに今日。
「…ありがとうございます、ジェズさん。内容確認しました。本日のタスクはこれで完了です」
ジェズから渡された書類の山をなんとも言えない微妙な表情で確認したレイルは、自分の中での葛藤をひとまず置いといてそう伝えた。
ジェズとレイルのやり取りを固唾をのんで見守っていた参謀部内のメンバーがその言葉を聞き、そして
「「「「「定時上がりだ!!!!!」」」」」
と各所で拍手喝采となる。参謀部内のメンバー同士がハイタッチし、ジェズの肩を叩き、全員がはしゃいでいる様子を見ながら
「まさか本当に終わらせるなんて…」
と呆気に取られつつ、そして若干の悔しさを滲ませながらレイルが呟く。そんなレイルの側に参謀長のヒューゴーとエリンが近づいてきて、
「レイル、俺も参謀部の皆もお前の努力も能力もわかっているし信頼している。ただ今回は素直にしっかり学べ」
「そうですね。レイル、君はまだまだ伸びるから大丈夫だよ。ジェズは色々とアレな部分も多いけど実力は確かだし、あれで面倒見もいいから。後でちゃんと謝っておきなよ。そしたら色々教えてくれるはずさ」
ヒューゴーとエリンからの助言を聞き、そしてこの1週間のことを思い出したレイルはしばらく目をつむり、ぐっと何かを飲み込みそして目を開くと
「参謀長、エリン先輩、ありがとうございます。後でジェズ先輩に謝っておきます。…ただあの人には負けたくないので技は全て盗みます」
と吹っ切れた表情で宣言した。
・ ・ ・
その日の夜。いつぶりか分からない定時上がりを決め込んだ参謀部の面々はジェズの歓迎会も兼ねて南方中核都市コハネ内の第7軍団御用達酒場で飲んでいた。
明るい内から飲む酒はうまいとヒューゴーが機嫌良さそうに語り、エリンは女性グループとなにやら楽しそうに話をしており、そしてレイルとジェズは
「…ジェズ先輩、その、すいませんでした」
「おう。気にすんな。俺でもポッと出で俺みたいなのが来たら嫌だからな」
と男の友情?を深めていた。レイルとジェズのやり取りを興味深そうに見守っていた他の参謀部の面々もほっとしつつ、適度な範囲でレイルのこれまでの態度をにやにやしながら弄ったり、レイルも微妙な表情をしながらも楽しそうに話をしていた。
そんな中で話題はやはりジェズの事務処理能力の話になり、
「ジェズ先輩、ほんとあの量が終わるなんてびっくりしました。これまではどんな仕事をされていたんですか?」
と向上心の塊のようなレイルがどんどんジェズに質問していく。最初のうちは一般的な事務処理の型化の話やら、業務はまず可視化したら良いよ的な話やら、なんだかんだで報告・連絡・相談が結局大事よとか、目標設定やスケジューリングやタスク分解のテクニックやらといったいかにも文官といった建設的なテクニックの話をしていたはずが、
「レイル。俺たち文官にとって結局一番大事なのってなんだと思う?」
とジェズが真面目くさった顔でレイルに質問した。ジェズの真面目な表情を見たレイルはしばし真面目に考え、
「…これまでのジェズ先輩の話を踏まえると、細部の話をする前にまずは全体観を捉えることでしょうか?」
と非常にナイスな回答をした。その回答を聞いたジェズは一つ頷き、
「確かにそれも大事だ。ただそれ以上に大事なものがある」
「…それは??」
ジェズの雰囲気に呑まれたレイルはゴクリと息を呑み尋ねると、
「体力だ」
「え?」
「だから、体力だ」
「…体力、ですか?」
「そうだ。俺たち文官にとって最も大事なのは体力だ。場合によっては筋力でも良い。いずれにせよ体力こそが全てだ。体が資本だな」
と真面目な様子を崩さないままに語る。ジェズのこの1週間の様子から最初はまたからかわれているのか?と思ったレイルだったが、ジェズの雰囲気を見る限りではどう見ても冗談を言っているようには見えない。
完全に想定外の言葉を聞いたレイルは非常に戸惑いながら今一度確認のため、
「文官にとっていちばん大事なものの話ですよね?」
とジェズに聞いたが、ジェズは非常に真面目な顔をしたまま
「そうだ。文の道はまず体力。これがないと文の道を極めることはできない。ということでレイル、お前は見どころがあるから明日から俺と一緒に朝練しようぜ」
にこやかな表情でレイルに提案した。ちなみに後日。文官達の朝練(体力)という非常に矛盾がある光景が第7軍団名物として知られるようになるのはまた別の話。
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