第3話

華麗なる離脱に失敗したジェズがレネ姫に引きずっていかれたのは第7軍団基地内の参謀部だった。


「諸君、先程の会議もご苦労だった。準備も完璧だった、対応ありがとう」


参謀部内に入室しながらレネ姫が室内に揃っていた参謀部のメンバー達に声をかける。彼女の入室に気づいたメンバー達は各々軽い敬礼をしながら迎え入れ、そして引きずられている文官に気づいた。


「軍団長、改めてそちらの方の紹介をお願いできますか?」


全員が疑問に思っているだろう事を壮年の男性が尋ねる。彼の名前はヒューゴー・ツヴァイ。第7軍団参謀長であり、レネ姫のお目付役も兼ねていた。


「あぁ、ヒューゴーも先程の会議はご苦労だった。彼はジェズ・ノーマン。皆も聞いてるだろう?」


姫の超簡潔な紹介に室内にいたメンバーの若干困惑した雰囲気が流れる。先程の会議には参謀長のヒューゴー、それからエリンを含めた数名しか参謀部からは参加しておらず参謀部メンバーからしたら「誰だコイツ」状態だ。


内務省からの転属手続きなども姫のゴリ押しにやれやれと言いながらもエリンがささっと対応し、これまたヒューゴーがささっと決裁したため参謀部内でも知るものが少なかったという背景がある。


そんな室内の微妙な空気を感じたジェズは帰りたいと切実に思いながらも、肩を掴んでいた姫の手をそっと離し服の乱れを正して何事もなかったかのように挨拶した。


「みなさま、はじめまして。ジェズ・ノーマンです。先程内務省から第7軍団参謀部に転属になりました。レネ姫殿下が率いる栄えある第7軍団に参加できた事を嬉しく思います」


室内の非常に微妙な空気をガン無視し、姫が引きずっていた事にも全く触れずにまるで何事もなかったかのようににこやかに挨拶をしたジェズを見て全員が思った。「あ、こいつヤバイやつかも」と。


そんな様子をレネ姫はニヤニヤしながら眺め、エリンはやれやれと首を軽く振りながらため息をつき、ヒューゴーはさてどうしたものか?と顎に手を当てて思案していた。


・ ・ ・


レネ姫が参謀部から退出してから暫くの間、ジェズは参謀部の面々と交流をしていたが突然、


「ジェズ・ノーマン!姫様の推薦だかなんだか知らないが調子に乗るなよ!ここにはここのやり方があるんだ」


とジェズと同年代らしき男が突然絡んできた。それを見たエリンが止めようとするが、ヒューゴーがそれを遮る。


「レイル、騒ぐな。ただお前の気持ちはわかる。俺も今回の姫様の突然の辞令には正直困っている。だからノーマン、お前の実力を見せてもらえるか?」


まぁそりゃ中央の役人が急に転属してきて、しかも姫のお気に入りらしいと分かれば現場は嫌だろうさと内心理解を示しつつも面倒くさい事になったと思っていたジェズだったが。


「ジェズ、ここはちゃんとやってよね。後のことを考えても最初はしっかりしてほしい」


何かを言う前にとエリンに釘を刺された。


「…わかってるよ」


・ ・ ・


レイル・オズワルドは第7軍団参謀部所属の若手武官だ。元々は軍務省に所属していたが出向により2年ほど前に第7軍団参謀部にやってきた。


年齢も24歳と若く18歳で仕官してから早いもので6年。同年代の中では自他共に認める出世株である。


2年前にレネ姫殿下が弱冠20歳にして第7軍団に軍団長として着任した時からの古参であり、今の第7軍団があるのは彼の頑張りも大いに貢献していると言って良い。


若干融通が効かないところもあるものの、ヒューゴーやエリンと言った参謀部のリーダー層からの信頼も厚い。


そんな彼だからこそポッと出のジェズ・ノーマンに対して思うところが当然ある。


しかもどうやらエリンの知り合いらしい。年齢でレイルの二つ上のエリンは王立学園を首席で卒業した後に即レネ姫付きとなり、レネ姫が第7軍団の軍団長になる際にも陰に日向に彼女を支えた超絶エリートであり、レイルの憧れの女性である。


そんな彼女がこれまで第7軍団で見せたことのない気さくな雰囲気でジェズ・ノーマンに話しかけている。本当に気に入らない。


公私が入り乱れたレイルはジェズに対してやれるもんならやってみろとばかりに書類の山を叩きつけ、そして外回りに出た。それが昼前の話。


諸々の仕事を済ませて夕方に参謀部に戻る。あの生意気な新入りもきっと流石に少しは懲りてしおらしくなっているだろうと思いながら。


だがしかし。


「…全部終わった、だと⁉︎」


「えぇ。昼前に頂いた書類は全て捌きました」


「そんな馬鹿な!あの量は普通にやっても1週間はかかる量だぞ!」


完全に予想外の返答を聞いたレイルは声を荒げ、そして近くにいたヒューゴーとエリンに尋ねる。


「参謀長!エリン先輩!!本当に彼は仕事を終わらせたのですか⁉︎」


そのレイルの質問を聞いたヒューゴーはやや呆然とした表情をしつつ


「…ノーマンが言ったことは本当だ。我々がやったら1週間はかかる量の書類を彼は半日で捌き切った」


エリンは困ったような笑みを浮かべながら


「事実だよ。これがあるから彼は厄介なんだよね」


とジェズの言葉を肯定する。あまりの驚きに愕然としたレイルがジェズの方を見ると、ドヤ顔をした奴が口を開き、


「これが俺の固有魔法、KANBAN方式」


「か、カンバン方式、だと!?」


ジェズの言葉を真に受けたレイルが驚いていると


「レイル、それジェズの冗談だから」


とエリンがやれやれと言いながら訂正する。


「ジェズのタチが悪いのは本当に事務処理能力があることなんだよねぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る