第2話

南方都市群の一つ、コハネ。南方都市群の中では最も中央に近いことから付近一帯の中核都市として栄えている交通の要衝だ。


魔物領域の最前線都市からは少し距離があるものの、各所へのアクセスが良いこと、人も資源も集積していることから官庁などの統治機構や軍事力もここを拠点としていた。


南方戦線には3つの軍団が派兵されている。王国軍第7軍団は南方中核都市コハネを拠点として遊撃の役割を。第8軍団、および第9軍団はそれぞれ南方最前線基地を守護している。


内務省の上司から南方への増派のために事前調整を言いつけられていたジェズも当然このコハネを拠点にして南方の諸都市を行ったり来たりして諸々の準備をしようと思っていたのだが


「…どうしてこうなった」


「さて。なぜだろうね?」


コハネの南側城壁から外郭に出る形で設営されている第7軍団基地の会議室にて。会議室の大きな机には南方の地図が置かれている。各地の戦力や物資の配置状況がわかるようになっており、魔物の出現エリアや最近の活動記録なども書き込まれている。


机を取り囲む形で第7軍団の軍団長を始めとする高級武官が揃い、コハネ政庁や南方諸都市の行政機構の文官たちも揃っていた。ジェズも中央から派遣された文官として当然その場にいたのだが。


「すいません、レネ姫殿下。ご再考いただけないでしょうか?」


「ならん。ジェズ・ノーマン。お前は第7軍団 参謀部付きの文官として第7軍団への着任を命ずる。内務省へは既に連絡済みで許可も取ってある」


そういうとレネ姫は一枚の紙切れをポケットから取り出し手元でヒラヒラとさせた。それを見たジェズは「…しまった」と頭を抱え、既に逃げ場が無いことを悟る。


数日前。ジェズが事務処理(物理)の現場をうっかりレネ姫に見られてしまった後のこと。意外なことにその直後は特に何もなく、御者のおっちゃんも含めてジェズを近場の街まで護衛してくれたレネ姫やエリン達。


その街で御者のおっちゃんと別れたジェズはそのままレネ姫やエリン達に同行させてもらいながらコハネまで辿り着き、そのまま何事もなく別れ、そして今日の会議に至るという流れである。


コハネへの道中でレネ姫とは普通にしか話しておらず、意外な肩透かしを食う気分だったジェズだったが何もないのであればそれで良いやと気楽な気持ちで会議に参加した。


会議は武官と文官、そしてジェズなどの中央からの追加人員も含めた情報共有と今後の方針の認識すり合わせがなされ、そろそろお開きかなといった段階で改めての辞令や担当が各人に通達されていく。


そして最後にジェズの番が来て、まさかの転属命令を聞いたのが先程。完全に油断していたジェズからしたら完全に不意打ちである。


「姫殿下、私はただの内務省の文官です。この辞令、大変光栄なのですが参謀部付きの、しかも後方の部隊ならまだしも遊撃である第7軍団の参謀部付きは能力的にも体力的にも厳しいかと。大変光栄なのですが、ご再考いただけないでしょうか?」


にこやかな表情を崩さず冷や汗を流しながら何とかやり過ごせないかと悪あがきするジェズだったが、


「は?能力的に体力的にも厳しい?コハネまでの道中で我々騎馬隊の全速力の行軍に騎乗でしっかり着いてこられるお前がか?」


ジェズの悪あがきを聞いたレネ姫はニヤニヤしながら続ける。


「しかも行軍中の数日間でまったく疲労した様子が見えなかったな。あぁ、そう言えば一人で賊の集団も片付けていたな」


普通に移動してるつもりだったのに、ぬかったぁああああああ!と内心で頭を抱えているジェズ。そう言われてみれば確かにコハネに来るまでに普通に騎乗してバリバリ現役の騎馬隊の行軍スピードについていくわ、疲れた様子も見せないわでそりゃ普通の文官には無理だわと自らの行いの迂闊さを反省することになる。


ぱっと見表面上はにこやかな表情のままのジェズだったが、親しい人が見れば動揺がはっきり分かる程度には動揺していると追撃が。


「ジェズ、いい加減に諦めなよ。あれだけ馬にも乗れてしかも戦えるところを姫様に見つかっちゃったらだめだよ。というか本当に隠す気があるならちゃんとしなさいよ」


と呆れながら第7軍団 参謀部のエリン・セイラーが呆れながら声をかけてきた。エリンとジェズは学生時代からの付き合いがあるのだが、エリンから見るとジェズはかなり抜けているように見えている。昔からこの男は詰めが甘いのだ。


なおもジェズが何かを言おうとするとそれを遮るようにレネ姫が立ち上がり、続いて会議の参加者達も立ち上がった。


「では諸君!本日の会議はここまでだ!先程の内容に従って行動を開始してくれ!いまだ大事には至っていないが、諸君のこれからの頑張りに期待している!!!!」


そう言うと最後に敬礼とともに


「人類のために!!!!」

「「「「「人類のために!!!!」」」」」


とカッコよく会議が解散された。会議室から三々五々、人が散らばっていく中でジェズも人の流れにのりシレっとコハネ政庁に戻ろうとすると”ガッ”と肩を掴まれ


「どこに行く?ジェズ・ノーマン。君の新しい職場はこっちだ」


「…ははは、やだなレネ姫殿下。少しトイレに行こうと思っただけですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る