13章 天衣無縫
十三章
ある午後だった。これこそ笑いものだが、アリスにあんなことを言われなお、生活の上では、何も変わりなかったのだ。変わらないように心がける周到さを見せるほどだった。
しかし、あの日から仙崎の心の中では彼女の言葉が何度も反芻していた。もっともらしい彼女に対する言い訳も、罪名なんてものも浮かばず、悲しみ、魂からの嘆きに身も心も砕かれてしまった。アリスの顔が夢に出てきては、目を覚ました。
その当人は変わらず夜は寝て食欲も旺盛だった。
壊れた心は確実に、日々、着実に『自分は消えてしまわないといけない』と強く思うようになった。辛いから、苦しいから、未来がないから来るものではなく、「死ななくては」という、使命感に近いものだったと思う。
仙崎は、あと数日で実行しようと誓い、それまでに行うべきことを計画することにした。
アリスが落書き帳にしていたノートを引っ張り出し書き出す(そこには、いつか見た『ひらがな』が羅列していた。その隣には、お手本のように文字が書かれていた)
アリスがこれから生きるために、住む場所や、お金のこと、教養について、頭に浮かんだことを片っ端から書き出した。
後から読み直すときに苦労するだろうと思いながらも、今は手を動かし、この空白が埋まっていく満足感と、将来への高揚感に浸っていたかった。もちろんアリスの未来だが。彼女の十年後くらいまでの課題は全て書きだしておきたかった。いや、それだけ書いてもまだ足りないと思えてくる。
この時だけは、死ぬも死なないも頭にはなかった。
一通り書き終えるころには、日が暮れていた。
久しぶりにこれほど腕を使ったと、仙崎は、シャーペンを置き、じっと部屋に座るアリスを見つめる。
彼女から離れることを何度となく頭で考え、それが無理ならいっそ彼女ごとと結論を下し行動したこともあったが、それは正しくなかった。
あらためて、書き出したノートを見る。果たしてこれらがどのような結果を生むのだろうか。
幸い優秀な元親友が、仙崎が死んだ後も口座を保持してくれていたお陰で、しばらく生きられるだけの残金はあった。
が、それでは駄目なのだ。彼女は数十年後の未来もあるのだ。働かなければならない。それには、彼女には少々頭が足りない。
一つ疑問なのは、彼女は『仙崎宗』の記憶を保持しているので、そこからある程度一般常識について学んでいるはずなのだが、彼女からはてんでそんな様子を感じない。
やはり知識と実践は違うということか。
「まだ寝ないの?」
「もう少しだけ……」
それから、また数十分して二人から同じ言葉が繰り返された。
その先延ばしは、朝日が昇る時間まで続き、我慢比べのようにアリスが、落ちるように眠り、それを見て、またノートに書き始めた。
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