11-3

 移動途中、仙崎は指先から出した、【血液でできた糸】を彼女の同じものと絡ましていた。これは『能力』を使う特訓の一つで、彼女が全力で走れば、仙崎はついていけないので、彼女のスピードの体を馴染ませ、イメージできるようにするためこのように牽引されているのだった。

 

 治安機関の奴らより先に着いたようだ。現場は警察による封鎖が行われているくらいだった。

「吸血鬼たちもいないみたい」

「そんなことわかるのか?」

「逆に宗くんはわからないの?」

「ごめん」

「……変な血が混じっちゃてるからかな」

 二人は、ビルの中階にある駐車場にいた。風を避けるため車の間に身を寄せるように座っていた。

「やっぱ、お前も、人間のこと嫌いなのか?」

「うーん……どうだろう。私だって、ママは人だから恨むとかはないけど……。でもさ、好きにはなれないよね。宗くんだってそうでしょ?」

「あ、……うん」

「私たちを生きづらくさせる存在なんて、いらないわ」

 彼女の言葉は、仙崎の背中を凍らせた。

「不必要な人間か。まさしくだな。……そんな僕でも、君のことが好きだ。それはダメなことかい?」どうして彼の顔が浮かんだのか。彼がゆがんだ微笑でそういうので、思わず反論したくなった。「違う! あなたのおかげで、帆風のもとまでたどり着いたんです」と一言。すると彼は、自分自身の欲望で、仙崎のもとに駆け寄り抱きしめる。

 帆風の前でも同じことができたらよかったのだろう。しかし現実はこうだ。仙崎は、何も言わず真っ黒な世界で歯をすり潰していた。

 おもむろに帆風が駐車場の外を指さす。その指の先には、全員黒い服装で、蛍光色に包まれた警察官たちとは離れた場所で集まる小集団がいた。

「でも、ほら見て、あの人たち、私たちの行く先を守っているみたい。もうさぁ、最近私たちはいっぱいの人に祝福されているみたいだなぁって思うの。だいじょうぶ。誰も私たちのことを捕まえられないよ!」

 帆風は両手で、曇った表情でいた仙崎の耳を包み込んだ。

 仙崎は、その間じっと彼女の顔を眺めていた。彼女の瞳に映る一際白い少女の顔は、眉一つ動かさずこちら見つめていた。自分とは何者かと問う。

「宗くん? ……そ、そんなじっと見られると恥ずかしい……」

「ごめん」

 自分のくぐもった声が、遠く聞こえる。

「宗くんが生きてて、ホントよかった」

 帆風がそれを、わざと聞かせるために言ったのかは判らなかったが、胸をつかまれた心地だった。──恋ではない痛み。でも俺は恋と錯覚することにした。

「そろそろね」

 数秒後、彼女はぱっと耳から手を離すとその手を、仙崎の手に重ねた。

 そのままビルの淵まで連れられる。下を見ると気配のない集団が通りを支配し始めていた。雪を踏みしめる、ギシ、ギシという音が、そこら中から聞こえてくる。仙崎は、匂いでその存在の位置をつかんでいた。

 (そろそろか……)

 コートを脱ぐ。もう、体に冷気は感じなくなっていた。頭はふわふわとし、全身の感覚が鈍くなっているように思える。

 ビルの上に並ぶ二人の少女は、制服を着ていた。仙崎はまだ納得していないのだが、こんなスカート姿。

 自分が今ここから飛び降りたどうなるのだろうと、考えてみたが、ぼーと血の上った頭では大した思案もできなかった。むしろ、活力良く流れる血液はそのような行為を、促しているようにも思えた。

 まだ心が決まる前に先に彼女が飛び降りてしまう。そして、ふわりと羽でも落としたかのような着地を成功させる。

「はぁー。ほんとに気が滅入る」

 仙崎は、それを見て急に怖いという思いが湧いてくる。あまりにも彼女がきれいな着地を決めるものだから、それを真似ようとする俺はいやでも失敗の想像をしてしまうのだ。凍った地面に滑り頭が潰れる、それとも、ビルの壁に当たりそのままどこか串刺しになってしまうのではないかと。

 しかし、もう仙崎には落ちるしか道はない。だからこれらの想定に意味なんてない。考えず飛び込めばいい。ちょうど神様だってこの街を見ていれば目に付く二人組だろうから、帆風への信仰が、どれほどのものか見せてやればいいさ。

 すっと一歩踏み出す。たったそれだけだった。

 そのまま地面に引っ張られるようにして、落ちていく。自分の体の輪郭さえ感じられなくなるほどの風の抵抗を受け、彼女と同じスピードで落ちていく。

落ちていく一瞬、ビルも大地も人影も一緒くたに混ざり合い、灰色の空に変わる。

 でも、すぐに元通り。

 まともな体であれば骨が皮膚を突き破る衝撃も、仙崎は少し体の体勢を崩した程度ですむ。

 灰色の景色は、眼鏡をかけた男のほうけた面に変わり、数秒遅れて周りから怒声が上がった。

 仙崎は無視してガラスの扉を破り、ビルの中に侵入する。背中には、殺気のこもった銃口が向いていた。

「すまん。遅れた。どうだ? 何人くらいいそうだ?」

 仙崎より優れた察知能力を持つ帆風は人数も分かってしまうのだ。ちなみに仙崎は、なんとなくたくさんという、感覚しかない。

「うーん、三十体くらいかなぁ?」

 仙崎は、帆風の背中を守るように、二人で全方位警戒をして、一階から、狂人を殺していく。

 五階までほとんど止まることなく虐殺していった。

 改めて思う。この程度、力を持つ者にとってはたやすい作業なんだな。

 なぜ仙崎達がこんなことをしているかと言うと、街を守るためでも、街を守る治安機関を守るためでもない、それは食事のためだ。

あらかたの敵を倒し終わると帆風と二手に別れた。

 仙崎は、デスクの下で倒れる男だった狂人者を拾い上げると、首元に自分の歯を突き立てる。

 約三日ぶりの食事だ。体の機能を維持するぎりぎりの期限。もし、食べなければ、吸血鬼の飢えは欲求という形で暴走する。帆風の話では飢えが満ちるまで、本能のみで動き続ける獣になるらしい。


 二人の狂人者を喰らい、ようやく体が満たされる。

 そろそろ時間か。一階では、治安機関が突入した爆発音が聞こえてくる。

 仙崎は、帆風を探して歩く。

 ちょうど喫煙室と書かれた部屋の前に彼女はいた。そこを選んだ理由は、単純に最も多くの狂人者の死体が転がっていたからだろう。

 仙崎は、血塗られた床に座り、いつかのように、彼女を眺めていた。

 いま彼女が昔のような子供かと訊かれて、すぐにうなずくことが出来るだろうか。ああ、きっとできる。

 ──俺は彼女のやわらかい手を知っている。一度つかむと離さないでいてくれる力強い手を知っている。そして、優しい手を知っている。

 しかし、俺は彼女に見合うような尊い少年ではなかった。

 彼女から離れて受ける罰が怖い。


〝病室で会った男〟は、自分の才能のなさを嘆いていた。

 俺は帆風から離れて、この力が消えてしまうのではないかと怯えているのだ。


 おそらく、彼女はそんなことも知っているのだろう。だからこうして、醜い姿を見せくれているのだ。

 彼女は優しい。どこまでも、共に堕ちて行ってくれるような、処女の優しさを持っている。

 帆風が赤い口紅を口いっぱいに付けて戻ってくる。

「おいしかったか?」

「うんにゃ。まずいや」

「そうか。」

 仙崎は、彼女がほかの人間の血で濡れているのが許せなく、途中トイレに連れて行く。

 ハンカチを取り出すと、水で濡らし仙崎自ら彼女の肌に触れふき取る。

「ううぅぅ。もっと優しくして。女の子の肌は、敏感なんだから、もっと優しくしないとだめだよ」

「ごめん」

「それじゃ、帰ろうか?」

 いつものような日常会話が戻ってきて安心する。

 仙崎は、ビルから出る際ずっと、治安機関の会話を聞いていた。彼の声は覚えている。いつか会えるかもしれないという思いがあった。


 その日仙崎は、帆風のもとから逃げた。

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