第7章 私と私
七章
さてどうしたものか。
仙崎たちは、午前二時の散歩をしていた。普段ならこんな目を付けられるような真似はしないのだが、今は堂々としていても補足されることはない。それもこの体のせいだ。
改めて、意識を集中させ自身の体を見る。
「どう? わたしの体は?」
「ああ。すっげー気持ち悪い。つーか吐きそう」
「あまり、わたしの体を汚さないでね」
「おまっ! どういう意味で言ってんだよ……」
「ん? そのままの意味だけど?」
仙崎は、二人きりの時は前と同じように、意識のすみわけをし過ごすようにしていた。
これが他の人がいれば、どちらかの意識に統一して過ごすといった具合で、何とか生活していた。まだ慣れるには時間がかかりそうだ。
それと、意識が彼女と混濁している理由だが、彼女の記憶にもないそうだ。仙崎は自分がすでに死んでいるという事実だけを知ったが、その理由については、聞かないでおいた。わざわざ自分の死の理由なんて知りたいものではない。──どうせ、治安機関が関わっているのだろうという推測も彼女から聞き出すのをためらわした。
少女もそれを受け入れてくれた。
「そういえばさ。風呂の時はどうしてるの?」
歩いている最中だというのに、買ったばかりのお菓子を口いっぱいに詰めながら聞いてくる。
「そんなの、代わってるにきまってるじゃないか」
「ふ~んそうなのアリス?」
「ん? どうして信頼してくれないんだ?」
勘のいいガキが。
「髪を洗う時だけ、代わっているわね。……なぜか知らないけど」
「ん? 今のはアリスの言葉?
それってアリスの髪に、仙崎さんがこうふんするってことですか? えぇ、きもちわるー」
せっかくの静かな夜に、甲高い声が響く。
「なぁ、宗僕に言ったらいつでも、触らせて──」
「黙れ」
仙崎はそれ以上の追及を避けるため、足を速める。
「ねー仙崎さん、次から私が洗うからさ呼んでよー」
後ろからそんな声が聞こえる。
周囲がこんなにも素直に自分の状況を受け入れてくれるとは思っていなかった。彼らは、すでに日常の一部にしようとしていた。
──俺はどうなんだろう?
仙崎自身、未だそのすべてに納得しているわけではなく、自分が生きているか死んでるか曖昧な状態にあり、彼女の体で生かされているという表現の方が正しいのかもしれない。
しかし、ある一つ。『ホノカに会う』という、事だけを考えることで何とか正気を保っていた。
いやきっと、自分があきらめないのは見捨てられないためだ。稀有な才能を持つ親友に、志を持った子供、幼馴染に見捨てられないために、嘘でも自分は生きようとしているんだ。
仙崎はそれで思考を切っておく。それ以上考えていたら、こいつにまで感情が漏れてしまいそうだ。
「それじゃ、会いに行こーか」
不意に隣を歩く少女に言ってみた。
「うん」
返事と同時に彼女の感情が流れ込んでくる。表情と、感情は必ずしもイコールではない。彼女は隠しているというより、それに合った表情を知らないのだと思う。だから、言葉にならない、あふれそうになる感情だけが流れ込んでくる──それでも、もう少し、制御してくれよ……。
しかし仙崎は、自分がその嘘のない感情を拠り所にしていることに気づく。
思わず笑ってしまった。急な笑い声に、アリスは不思議そうにのぞき込むと、何を思ってか真似するように表情だけ笑って見せた。
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