5-2

 二人がたどり着いた場所は、学校。全く関わり合いのない学校だったが、このような場所は、監視カメラが設置されていない。特に、まだ、未熟な子供の学び舎では。 

 仙崎は○〇小学校と書かれた標識をもう一度見る。

 侵入するのはたやすかった。なにしろ、こちらには感知されない天使がいるのだ。  

 彼女が先に門を乗り越え、中に入れさせると感圧センサー切らせ、仙崎自身は悠々と登校する。

「これじゃあ、神木に軽蔑されても言い返せねえな」

 仙崎は、校内の散策をしながら身を隠せる場所を探すことにした。

「お前は、こういう場所に通ったことあるか?」

 暇つぶしにでも少女に話しかける。

「ないけど。なんで?」

「いや、お嬢様だったらどんな学習させられるんだろうと思って」

「ふーん。そんなこと。わたしお嬢様じゃないから、あなたの言う教育なんて受けたことないけどね」

 少女は、それを、恥じることもなく平然と言う。

 仙崎は、やがて、一つの教室にたどり着く。そこは、折り紙で作られた装飾やら、段ボールで作られた、季節のシンボルが乱雑に置かれていた。

「ま、ばれたら、ばれたらでいいか。どうにかなるだろ」

 そんな楽観的な思考のもと教室にはいる。

 適当に置かれた机と椅子に座ってみるが、さすがに体に合わず、適当な段ボールを床に敷くと、その上に座る。少女も、いやそうだったが、先ほどまで走っていた疲れが出たのか、隣に横になる。

「ねえ?」

「あん?」

「久しぶりに会った、ホノカはどうだった?」

 少女は、背中をこちらに向けているせいで、少し声が遠く聞こえる。もっとも最初から小声でしゃべっていたので、姿勢だけのせいではないだろう。

「どうって言われもなぁ……」

 仙崎は、先ほど見た彼女を思い出してみる。

「なんていうか、変わらなかったな」

 ──嘘だ。彼女は変わった。

 嘘は背中合わせに伝播したかのように、へんな間が生まれる。しばらく沈黙が続き、それを破ったのは、無機質な電子音だった。

『もしもし、生きてる?』

 なんとも直球な問いだ。こう訊いてくるということは、大体の状況は知っているのだろう。

「死にかけたよ。というか、これ、大丈夫なのか?」

『僕がそんなへますると思うか?」

「そうか」

『それで、今どこにいるんだ?』

「めずらしいな。 おまえにも特定できないようなら大丈夫か。○〇小学校で、懐かしい、自分の少年時代を回想してる」

『うわっ……宗さすがにそれは僕でも引くんだけど……。やっぱりそういう年ごろが好みなの?』

「ちげーよ! それじゃ、ここに来てくれるか?」

『行くわけないだろ。見た目で言ったら僕の方が危ないんだから。まあ、しばらくそこで過ごしなよ。たぶん、時間がたてばあいつらも宗のことなんて忘れているだろうからさ』

 かなりひどいことを言われている気がするが、心配ぐらいはしてくれていたのだろう。


 翌朝、脳内に響くような喚き声で目を覚ます。

 慌てて目を覚ましたが、

「そうか。ここ学校だったな……」

 目覚め一番で、心を揺さぶられたことでどっと疲れが押し寄せる。

 壁に掛けられている時計を見ると、八時をさしていた。ほとんど気を失うように眠っていたからか、よく寝たという心地はしなかった。

 仙崎は、空腹を満たすため、昨日くすねておいたインスタントラーメンとケトルを準備する。とは言ってもやることと言えば、保存水をケトルに注ぎお湯が沸くのを待つぐらいだが。

 天使は、まだ気持ちよさそうに眠っている。仙崎は、なるべく音をたてないように、隣に座りなおす。

ふと少女の腕に巻かれた、布切れが目に入る。──そういえば、昨日弾がかすったんだった。

 仙崎は、丁寧に布を外すと傷の状態を確認する。幸いにも、深い傷ではなかった。自分の服の一部を、破ると、傷口に巻く。──多分これも自己満足なのだろう。

「う、うぅん……」

「お、おはー」

「…………」

「……なんで無視すんだよ」

 仙崎は恥ずかしさを隠すために、まだ三分たっていない自分のために用意したカップラーメンを少女に渡す。

少女は、訝しげに受け取ると、「あっち、あっち」とネコみたいな反応しながら音を立てて麺をすすり始める。

 そんな無邪気な姿がこの場所のせいもあってか、──いや違うか。「どこか昔に似ている」そんな言葉を飲み込む。

 そこからの時間は、お互い干渉しない、自由な時間を過ごした。唯一の関りと言えば、数時間おきに行くトイレぐらいだった。

 もちろん男女別々などという、無警戒なことはしない。仙崎は、少女と共に、男子トイレに入ると、交代で用を足す。

 彼女は、例のごとく、羞恥心などないのか平然とやってのけた。

 つまり、そんなことを除けば、二人にはかなりの時間が与えられた。教室には鍵をかけることで、多少の安心感も得ることが出来た。

 周囲からは、休憩の度にバタバタと走り回る足音と悲鳴が上がり、不気味なほど一気に静かになる。誰しもが持つ懐かしさを仙崎も同じように感じていた。特に、この時期の記憶は強く残っていた。

 そこで、仙崎は暇な時を、思い出に浸ることで過ごす。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る