第3章 強靭な治安機関

 三章 


 翌日、健康的な時間に目が覚める。隣を見ると、デブが豪快な寝息を立てている。──にしてもうるさいなコイツ

 目覚めのために、シャワーを浴びていると、

「おい、宗。学校行く時間だぞ!」

 遠慮という文字を忘れるほどの勢いで浴室の扉が開かれた。

「そんなこと言うためだけに、俺の裸を見てくんなっ!」

「あまりに遅いから急げと催促してやってるんだ」

「なんだよそれ……それに俺は行かねーよ」

「なんだ。まだ、そんな反抗期をしてるのか? もう親だって死んでんだから、いつまでもそんなことじゃ、生きていけないぞ」

「お前に関係ないだろ。つか、なんで俺の家にお前がいるんだよ!」

「はぁ、君は、まったく成長していないな」

 仙崎は、シャワーの水を止めると、用意されていたバスタオルを手に取り体をふく。

「はっはっはっ! それに僕と君の仲だろ。いるさ、いつも君のそばに」

 早朝にここの家に、侵入して来た音を聞いていた。

「気持ちわりーな。それで、何の用なんだ?」

 さすがに何の用もなくこんなことされたら、こいつと本気で縁を切ることを考えなければいけない。

「今日君の家に区画に、治関の奴らがくるみたいだけど。大丈夫そ?」

「なっ! どうしてそれを先に言わねぇんだっ!」

 仙崎は、急いで制服に着替える。

「だから学校に行こうと言ってるじゃないか」

 そういうことか。たしかに、今は、学校の方が安全だ。

「それで、こいつはどうすんだ?」

 仙崎は、隣でだらしなく腹を掻いている少女を指さす。

「あ、えっと、ここに置いとく、とか? 

それとも、どこか、託児所にでも預けるかい?」

「ま、連れて行くしかないわな」

「そ、そうか。……じゃあ、行こう!」


 

 三人はこうして、学校に向かう──

 道すがら、一人の若い男が、内務省に向かって喚き散らかしていた。

(ああ、これは、普通の人ではない)

 それは、誰が見ても思う感想であった。

「薬か」

 神木がつぶやく。少しでも、システムに関わっているものであれば知っている。

「かわいそうな犠牲者だ」

 警察は、この「薬」を躍起になって、規制しようとしているらしいが、この街には、禁制物が必要なのだ。──でたらめに芽を摘んではいけないよ。見極めるんだ。それが、成長する芽であるかどうかを。

 仙崎は、習った誰かの言葉を思い出していた。

 二人は、その男を眺めていた。神木も注意人物のリストに載っていたが、いまだそれが不出来な芽だと判断されているのだろう。自分が現役の時にした工作がうまくいっているのかもしれない。

 数十分後、スーツを着た警察が到着し、男の顔面と、腹を殴り、最後に警棒で背中を打つと、簡単に男は足から崩れ、警察にもたれかかるようにして、連れて行かれてしまった。

「……この街では生きていけない」

 思わず口からこぼれる。

「それじゃあ、どうするの?」

「俺は、帆風に会わなければいけない。──いや、会いたいんだ……」

「……うん。私も会いたい」

 天使は、優しくうなずく。

「宗。……もし、その子? の手掛かりをつかむなら団体に頼むべき……だと思う。

僕がいくつか知っているうちの一つを紹介するからさ……。きっと、何とかしてくれる……」

 それが一瞬で嘘だということは見抜けたが、断る理由もなかった。仙崎も頭を整理する時間が欲しいと思っていたところだ。どうせ、そんな奴らに頼る真似はしない。


 神木の仕事は存外早く、三日後には、指定の場所が書かれた紙を渡された。

 仙崎は、深夜になると制服を着てポケットには、しわくちゃになった紙を突っ込み、家を出る。制服を着たのはカモフラージュのためだ。自分の身分を隠すための。

「ほら、急げ」

 少女はこちらを一瞥すると、唇を一門字に結び表情を作る。

 波乱の多いこの街も、夜になれば静謐を取り戻す。それは、おそらく街の外より規則正しく繰り返されている。

「とりあえず何か食うか?」

 それには、はっきりと、こくりと頷く。

 二人は、近くのコンビニに入ると、少女が棚にあるだけのクリームパンを手に取り、仙崎は、栄養ドリンクを買う。どうやら少女はクリームパンがよほど気に入ったらしい。

「買うのはいいけど、そんなに食えるか?」

「うん。こんなに食べられるのは初めてだから……だから、ちょっと、うれしい」

 仙崎は、彼女の身の上には興味がなかったので、わざと聞こえないふりをした。

 仙崎は、歩きながら先ほど買ったものを開け、食べ始める。少女もそれに習い、クリームパンをほおばる。

「あ、あーそういえば、帆風とどこで出会ったんだ?」

 仙崎は、一つのパンを食べ終わり、水でのどを空にすると、さあ、と意気込んで尋ねる。

「気合い入れすぎね。まあいいけど。あそこ」

少女はそういうと、指で指し示す。

 その先には、この街の象徴いや、この国の心の支えの住む場所。仙崎にとっては、ただの城を視界にとらえる。

「ふうん。お前って本当にお嬢様なんだな」

「違う。天使だって言ってるでしょ。間違えないで」

 なぜか強い口調で言われた。

 この街で生きる、子供が生きる道は少ない。面積の限られたこの街での選択肢の話だ。もし、学生の身分にならないのならば、あとは一つ。もちろん天使なんてものはない。

 十二歳になると、一部の生徒は治安機関に志願できた。そこには、才能を持った多くの人々が集まる。入ってからは、生活は一変する。一般的な、習慣、夢、思想と呼ばれるものはなくなり、ある一つの──この街の統制の技術を教えられる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     

 仙崎も、十二歳になった時、才能を持っていた。周りより計算が早く、世の中に少しだけ詳しかった。クラスで一番の成績だったこともあり、当然のように治安機関に入ろうとした。


 ホノカ。本名 水崎帆風(ミズサキホノカ)とは、治安機関に入る前。まだ、仙崎が小学生の子供だった頃に出会った。

 

 彼女にも才能はあったが、仙崎からしたら何より、大人であるという印象を持った。

 その容姿ではなく、自分の能力をひけらかすことなく、一つの言葉、一つの所作で、一部の才能あるものだけに自分の才能を魅せていた。

 それだけの才覚を持ちながら、彼女はしばしばまるで何かに取り憑かれた子供のように、態度を一変させ本物の大人にも盾突いた。その中身は陳腐なもので、例えば制服を脱ぎ捨て、短いスカートなどの装いをすることや、教師に運ぶ給食を一つの皿に混ぜ合わせるなど。子供じみたものだった。

 同時にそれを批判する子どもも同じように徹底的に叩きつぶした。殴ってきたやつの名前を、授業中に叫んでみたり、突然そいつの隣に座ってみたりなど散々暴れていた。

 そして次の日には、大抵彼女だけが何食わぬ顔で、登校してきた。

 仙崎はそれを同級生たちに、彼女の鬱憤を晴らしたいがためにやっている癇癪だと気づき、彼女に意趣返しをしようとしたが、彼女は逆にそれを利用し、二人きりになった。

 当時の俺は、弱みを握られた心地だった。自分が奴隷のように思われ反発しようとしていたが、それはことごとく無駄な抵抗に終わり、何倍もの反撃にあった。

 その時期を境に彼女は、癇癪を起さなくなったが、その生贄たる自分は散々な目に合わされた。

 では、当時それだけ彼女と近くにいた自分は、彼女の才能に惹かれていたのだろうか。──多分そう。妬んでたし。

 しかし、彼女に行った攻撃は、そういう感情からではない。彼女がもて遊ぶ同級生を守るという正義感を発揮したのだ。冗談ではなく本気で。

 それが余計に彼女のからかいを助長させたのは、言うまでもない。

 そんな風変わりな日々は、少女が一足先に治安機関に入ることになり、本来の卒業の時期より早く終わりを迎えた。当然と言ったのは彼女が、入ったからもある。彼女に離されるわけにはいかなかった。


 懐かしい後悔(記憶)を思い出していると、目的の場所に近づいていた。

 白い塗装がされた、建物。正面には十字架が掲げられており、かろうじてここがどういった場所かはかり知ることが出来るが、囲む鉄柵には、茂った緑が絡みつき、とても人が通うような場所のようには見えなかった。

 二人は、木造の扉を慎重に開ける。

 まず目に飛び込んできたのは、左右にはめられたステンドグラス。ここに訪れる者の外気を吸収し変化した色は、余分な光を遮断し、足元だけを照らしだしていた。

「わあー。あっー。あっー!」

 少女が、この静寂さを打ち破るように、奇声を上げ始める。

「おい、やめろ!」

 仙崎が止めようとした時、何者かが代わってそれを止める。声からして、まだ若そうな声だった。

「そこにあるのを取ってくるのよ」

 今度は、優しそうな女性の声が聞こえる。

「はい」

 仙崎は、机に置かれていた黒い鞄がそうだと理解した。中には、舞踏会で付けられるような仮面と、拳銃、そして三つのマガジンが、捨てられるように入っていた。

 少女は、楽しそうに仮面をつける。仙崎は、拳銃を腰に差すと、マガジンを反対の、ポケットに入れた。

 声のしたほうに向かうと、円形に並べられた椅子に、同様に仮面をつける女が四人、男が一人。素顔をさらした男が三人座っていた。

 簡単な話だ。ここにいる人は、国、政府、制度、治安機関に何らかの恨みを持つ、思想家や、宗教家の集会だったのだ。

 初めに声を出した、腕に入れ墨のある男は、立ち上がると治安機関に対する不平を語りだす。

 しばらくすると奇妙なことが起こる。この教会という場所だからだろうか、男の言葉に不思議な愛を持たせ、小さく鋭い眼光は、純粋な十七、八の青年のような、情熱に満ちた目に変えていった。

 彼の演説は、まるで、この社会の性格を言い当てているような心地にさせた。

ここにいるものの多くは、快く演説を聞いていたように思う。

 仙崎も、元々あのような場所に通うような性格だ。不愉快とも思わず、冷静に彼の長い話の要点をまとめて吟味をしていた。

 しかし、どうにもその演説をするのは『彼の、太い腕や、眉間に入ったしわ、その腕に刻まれた刺繍=人生』を見るに隣に座る、白髪の見える男性の方がふさわしい人物に思えた。

 それが、仙崎の心にひっかかりを覚え言葉が嘘っぱちにしか思えなかった。

 男は、気に掛けることなく、徐々に体の動きは大きくなり、目を見開き、唇には鋭い亀裂が入り、とこどころ息切れを起こすほどであった。

「──いいか、俺は治安機関(あいつら)の暴挙をゆるさねえ。子供には将来がある。大人には、自由がある。それは誰にも妨げる権利はねえんだよ!

 この街に蔓延している病を治せるのは、『夢』だ。誰もが、今のことしか考えてないんだ!

 十年、二十年先まで続く人生を考えているものなんていねえ! だから、宗教なんてものが流行る。ヤクがはびこる。それなのに、……──それをアイツらは、観察者として楽しんでんだよ……。俺たちの苦しんでいるのを見て、せせら笑っているんだ」

 男は、システムについて、片足だけ知っているようだ。

 仙崎はある程度の資料を脳内で書き上げると、残りの時間を少女の、太ももを見て過ぎるのを待った。

 椅子が床をこする高い音が鳴り、男の演説の終わりを告げる

 仙崎もしばらくの間、目すら開けないほどの疲れを感じていた。彼の話に共鳴したわけがない。が、爪を噛んで話を聞くような気疲れがあるのだ。

「じゃあ、次私が。」 

 (まだあるのか……)

 手を挙げていたのは、小学生の女の子だった。

「どうして成人もしていない子がここにいるのかね」

 仮面をつけた男がしゃがれた声で、半ば怒りにも近い口調で尋ねた。石畳を杖で突いた音が、足音のように響いていた。

「そうだぜ! あんたが言うかとは思うが、俺も同意見だ」

 先ほどの男もそれに賛同する。

 仙崎は、容姿の特徴について考えないことにしていた。

 仙崎のように受け入れている人達もいるようで、そのようなものは、自分たちの思想の正確さを悟っているようで、黙って静観していた。岩に囲まれるようにして始まった演説は、波瀾を持って終わる。

 少女がしゃべりの題にしたのは、社会に関係のないことだった。

〝よくある〟いじめについて語りだしていた。

 ここに馴染めていない仙崎ですら、少女の言葉がふさわしくないことを感じていた。小学生は、勘違いを起こしているのか、ごくごく私的な悩みや体験を打ち明けだしたのだ。

 教会は、不穏な空気に包まれていく。おそらく、多くの者が、「ああ、子どもの、幼稚な考えか」と嘲笑し、中には、聞こえる声で非難するものもいた。

 彼女は、はじめは無理やりにでも続けようとした。

 それがまた、周囲を苛立たせたのは言うまでもあるまい。

 耐えられなくなった一人が、彼女のふくらはぎを蹴った。瞬間。場では、歓声が上がった。

「もうやめにしなさい」

 小学生の声は徐々に小さくなり、すべてを話し終える前に、座ってしまった。ここに彼女の気持ちのこもった熱弁を感じ取れるものは誰一人いなかった。

 仙崎はというと。話を終える中、野次馬的好奇心で観察していた。

小学生が泣き出してしまわないかに興味があったのだ。泣かなかったら「えらいえらい」と頭でもなでて上げようか。そんな場違いなことを考えていた。

 数時間後ようやく自分の順番が回ってくる。仙崎の座っている場所は、時計の九くらいの場所だからもう終わりも近い。

 仙崎は予め考えていた通り、しゃべらず、座ったまま、周りを睨み付けた。それは、小学生よりはましだったようで、称賛する者、暴言を吐くものそれぞれだったが、とりあえずはやり過ごした。

 ようやく集会は終わる。青年たちは席を立ち帰っていったが、仙崎は、座ったまま改めて、教会を見渡していた。

 おそらくこの集会すら監視されていて、名前も、会話も、すべて把握されているのだろう。そこに自分の名前があること。それを、かつての同志が見たらどう思うだろうか。落ちたと思うだろうか。それとも、システムの一部だと思うだろうか。仙崎は後者であることを、願うことにした。

「帰るか」

 天使に聞かすように言う。しかし返事が返ってこないばかりか、姿も見えなかった。

「おーい、帰るぞ」

「──ねえ、私のこと助けてくれない?」

「は?」

 仙崎は思わず二度見した。

「どうしてお前は、そんなやつ連れてんだ?」

 現れた天使の右手に握られていたのは、先ほどバカげたことを話していた小学生だ。

「この人がついてきたいって……」

「駄目にきまってんだろ! そんなやつからさっさと離れろ。変なモン感染(うつ)されても知らねーぞ」

「ねぇ、お願いっ! ………します」

 小学生は、深く頭を下げて見せた。

「こっちは、いじめなんて解決してるほど暇じゃないんだ」

 少女はスキー、スキーと、歯の隙間から音をさせていた。きっと、いま彼女は呼吸さえ苦しくて、この音も成長途上における歯並びの悪さが原因なのだろうが、仙崎には、それが警戒音にも思えてきて、今すぐにでも目の前の小学生を押しのけてしまいたい衝動に駆られる。

 仙崎は、わざと声を低め携帯の画面を小学生の前に見せる。

「ほら、通報しておいてあげたから。捕まりたくないならさっさと家に帰ったほうがいい」

 悪態は脳内に留め、もっと有効な方法をとった。

「はぁ⁉ ちょっと、なに、勝手に!」

 少女はわかりやすく慌てた表情を見せる。もちろん嘘なのだが。通報すれば、こちらも天使を危険にさらすことになる。そんな事情を知らなくても、ここに集まるような奴が、そんなことできないのは、少し考えればわかりそうなものだが、しかし、そんな偽装で、騙せてしまえるほど、この小学生は未熟なのだ

「わかったわ。だったら、交換条件で、私の体を触らせてあげるっていうのはどう?」

「勘弁してくれ。お前は、そんなことをするためにここにいるのか? そんなことしたところで、君の弱さも、状況だって一向に変わらないし、君はもっと別の何かに変わり果てていくよ」

「うっさい。アナタに凛香(りんか)の何がわかるのっ! 凜香が殺したいのは、教師なの。あいつ……友達のことを……」

 小学生は甲高い声を張り上げて叫ぶ。よほど、怒り心頭しているのか、自ら名前を明かしてしまってもお構いなしだった。それが余計に仙崎の心を冷たくさせる。 

 仙崎が「もういい」と、彼女の頬に拳を伸ばしかけた瞬間、頭に冷たい何かが当てられた。

「動くな。治安機関だ」

 彼女よりはるかに賢く、名前を語る存在。

 話しかけてきた隊員の方を振り向こうとすると、腕に痛みが走り、体は地面にめり込むように押さえつけられる。

 声からするに、まだ自分と同じか、年下のようにも思えた。そんな少年に、体を取り押さえられ、地面に這いつくばらされていると思うと、怒りなどなく、虚しさがわいてきた。 

「別に、君たちのお遊戯について、私たちは取り締まる気も、何か危害を加える気もなが、私たちの目的は君だ。君の存在は、かなり、重要になってしまった」

「……」

 わけのわからないことを、呟く男に何とか上体だけでも起こして地面に座る態勢まで立て直させてもらった。

 仙崎は少し考え納得する。

 男の持つライトに照らし出される光の先には、地面に、体育座りに座る少女がいた。

 ──そうだ。彼女は、この街に記録さえされていない人間なのだ。つまり、少女を見捨てて正直に話してしまえば、俺は簡単にこの場から解放されるだろう。元とはいえ、彼らの仲間だったんだ。

 そうするのが自分の義務だということも、よく理解できる。

だから仙崎が行動した原理について説明するのは難しい。例えば、捕まったのが、治安機関だったこと、例えば、座る少女の可愛さ、たまたまポケットに入っていた拳銃。そして、彼女から「帆風」について、まだ語られていないこと。複雑に絡み合った理由が彼を行動に駆り立てた。

 仙崎は、拳銃を取り出すと、ゆっくりと立ち上がり親しげな男に向ける。

 どういうわけか、捕まれていた腕が緩んだ気がした。仙崎の反乱はスムーズに行われる。

「動かないでください」

 そこで初めて、取り押さえていた男以外も仙崎の持つ狂気に気づいたようだ。1歩、2歩とじりじり距離を取る。そのおかげで、隊員の顔を見る余裕もできた。怯えからから、はたまた自尊心を傷つけられたことからか、口を歪め〝笑み〟を浮かべていた。

 仙崎は、そこに芸術を見た。あろうことか、部隊の一人の目から涙を流し始めた。彼の拳銃を持つ両腕は下げられていたが、それでも踏ん張るように構えは崩さず、口元は、食いしばるように〝笑み〟を保とうとしていた。

 仙崎は、しばらく見とれていたが、「おい、もうヤッてしまっていいのか」と声がして、急いで座り込む少女の腕を取ると立ち上がらせる。

「すいません」

 そう。彼らは馬鹿ではない。むしろその逆。彼らは特別な才能を持った人間なのだ。そして、それを自認している。そういう人間は自分を損失する被害がこの社会に影響を与えると本気で思っているのだ。だから、こうした場面で勇猛さや無謀な自己犠牲など払わない。今は、それに救われている……。

「よくこんな、状況でも堂々としていられますね。どうしてそれほどの覚悟を持ちながら、こんな連中とつるんでいたんですか?」

 仙崎の両腕を後ろに組んでいた男が言う。

 仙崎は、はっきりと苦痛を感じていた。その証拠に今までかかっていた安全装置を外し、わざとその音を聞かせていたのだ。そうすると、彼はそれきり黙ってしまった。

 仙崎は、その隙に後ずさりをするように暗闇へと姿を消す。そして、見えなくなるところまで行くと一度、治安機関の連中を振り返り暗闇に駆け出した。

 少女を、引き連れ走ったので、全力とはいえないが胸はいまにも張り裂けそうで、けもの道を走っている心地だった。

 後方から、一つ「バンッ‼」と、衝撃音が聞こえたかと思うと、左腕が燃えるような熱さに包まれた。それは、頭を支配していた熱をも簡単に上回り、左腕に吸収されるように感覚を研ぎ澄ます。

「ひっはっはっー‼ 当たったぜ。やっぱりうめぇーな俺!」

 暗闇に男の、愉快な叫び声が響き渡る。

 続けて、2発3発と、射撃音が続き、仙崎達を煽り立てた。

 それでも二人は前を向き、下り坂を滑り落ちるように走る。ツタが腿を引っ掻き、足首を木の棒が打ち付けた。逃げろ、逃げろ、奴らが背中まで迫っているぞ。と、恐怖心を駆り立て峠を下った。

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