第八話 陰謀

「──クソッ! あの忌々しいガキめ……」


 俺は荒々しくテーブルを叩く。

 夜も深く、深夜零時を過ぎたころ。

 この時間帯になれば夜店を開く街の喧騒もようやく静まり、明日の為に闇夜へと眠る。

 公式決闘のペナルティで自宅謹慎を言いつけられた俺は、左手に持っていた酒瓶を豪快にあおってはテーブルの向かいへと愚痴を吐き捨てる。

 もちろん、愚痴の原因はあの生徒──アカツキ・クロトというヤツのせいだ。

 記憶喪失で行く当てもないヤツのために、学園長自らが入学を推薦したという男。

 へらへらとしたように見えて、その根底に隠れた潜在的な闘志は、歴戦の冒険者も驚くほど洗練されたものだった。

 決闘の最中ですら一点のみならずすべてを見抜こうとする観察眼。

 あの短時間で、奴は鎧から自分の弱点まで、何もかもを確実に捉えていた。

 実力はあったのだ。確かめるまでもなく、奴の剣術の腕は一流の域に到達している事は認めなければならない。

 悔しいが、その事実に気づくのがあまりにも遅すぎた。


「あのガキがいなくなれば、教師の奴らに学園長の見る目が無かったと信じこませる事が出来たのに……!」


 野望の為に、極限まで高めた支持があっという間に崩れてしまった。

 学園長を慕う教師は多い。生徒もだ。

 彼女をあの玉座から引きずり下ろし、自らがその座に居座りこの学園から街まで、何もかもを統治しようと企みを重ねていた。

 わざと学園長の悪い噂を流したり、弱い芽を摘み取る事に時間を積んだ。

 そんな大事な計画の途中で、たった一人のイレギュラーが見事に計画を打ち破り、俺をどん底まで叩き落とした。

 おかげで自分を支持していた教師全員は離れていき、折角の地位も名誉も、男の尊厳まで失いかけたなど誰が予測できただろう。


「チッ……。あの教師も教師だ、やたら美人だからちやほやしてやったのにあの態度だ……、気に食わん」


 空になった瓶を床に転がし、木椅子の背に寄りかかる。


「あの体つきに、手入れの良い髪。なぜあんな帽子を被ってるかは知らないが、あれをこの手にすれば──さぞかし夢見がいいんだろうな」


 酒が回って上気した顔で、ゲスな笑みを浮かべ、唇を舐める。


「だが、それだとあのガキが突っかかってきて邪魔だな……どうするか」


 思案した顔で天井を見上げ、ぼんやりと室内を照らす結晶灯を眺める。

 そこに。




『キシシッ! なんだなんだ? もしかしてオレの力が必要か? ん?』




 カタカタと音を鳴らすが、軽薄そうな声を出す。

 それは禍々しく、強烈な見た目というわけではない。

 しかし呪いの残滓を僅かに放出するその様は、正に異形の一言に尽きる銀細工の仮面。

 “邪凶ノ傀儡くぐつ”。

 それが数ヶ月前に手に入れた、意思が宿った仮面の名前だ。


「……近々、必要になるやもしれんな。貴様の手を借りれば、剣術だけが取り柄のガキなど一瞬で消せるはずだ。……まだ力を溜めている最中だと聞いたが、いけるか?」

『ハッ! 問題ねぇよ。この前の“捕食”でだいぶ力が強まった。新しい“落し子”を試すのも悪くねぇ。だがどこでオレを使う?』


 息を吸う。


「それについては案がある。貴様が考える必要は無い」

『ほぉ……、随分と本気なんだな。普段そんな事しないくせによ。ま、オレは契約さえ守ってくれりゃあそれでいいがな』


 しかし、と。仮面は言った。


『ここには懐かしい匂いが多い……オレの目的も果たせるかもしれねぇ』

「大昔に襲った、エルフの女を探してるんだったか?」

『ああ。──オレにあのうざったい封印をかけた奴と同じ匂いだ。もし見つけられたら……』


 ──その時は、殺してやる。

 長い時を経て熟成された怨念が、家屋を軋ませる。

 言葉の裏でうごめく大量の邪気が周囲に転がる酒瓶を次々と粉々にした。


「家は壊すなよ。まだローンがある」

『気にするこたぁねぇさ。何かあったら、俺が証拠も残らず喰い尽くしてやるよ……!』

「やめろ……」


 こいつは短気なのが唯一の欠点だ。

 今も頭を悩ませる。


「なんにせよ、確実にこの国にいるんだろう? そちらに興味は微塵もないが、貴様が乗り気なら俺も動かねばなるまい。新しい契約主としてな」

『まったくだ。……契約者の適性があったお前がいなけりゃ、オレはずっと露店で雨風に晒され続けるところだったからな。感謝してるぜ』

「ならば相応の対価を払ってくれよ。貴様の捕食で、こちらの立場が危ぶまれた時も少なくなかったからな」

『わかってるさ』


 月光が映し出す一室で。

 俺と仮面による、不気味な談笑が交わされた。

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