第九話 自重はしません、勝つまでは

「──聞いたか? 昨日の四万越えの話」


 学生特有の下がりに下がっているテンションをどこに置き去りにしたのか、ホームルーム前の教室は一段と騒がしい。

 猫耳を生やした女子や背が極端に低い男子。

 それぞれは猫人やドワーフと呼ばれる種族だ。

 他にもエルフに妖精族、人間ヒューマンも混ざっての様々な種族が机を囲み、会話に花を咲かせている。

 窓を開け放ち、その枠に座っているドワーフの男子は、デバイスを操作しながら昨日の決闘について声を掛けた。


「ああ。学園三大行事でもないのに、生放送で視聴者数が四万越えしたんだってな」

「しかもその内容が、悪名高いあのガルドを真っ向から叩き潰すっていうね」

「俺見てたけどよ、最初負けそうだったのによく勝てたよな。逆転劇ってやつだろ、あれは」

「けどあのトドメは……」

「…………まあ、痛そうだったけど、全部ガルドの行動から起きた自滅ということで」

「「ならしょうがないな!」」


 ノリのいい男子グループはまるで自分のことのように笑い合う。

 対して割と静かに会話を楽しむ女子グループは。


「昨日の男子の魔法……なんだったんだろうね?」

「そうそうあの魔法! すごかったよね〜! 血をあんな風に操ってたから、やっぱり特殊属性なのかな?」

「魔法だけじゃないよ。何かスキル名を叫んでたよね? しかも三回も」

「攻撃スキル持ちってこと!? 尚更すごいじゃない!」

「羨ましいな〜。それってシノノメさんと同じ、流派スキルかもしれないんでしょ?」

「そうでしょうか……。スキルを発動した時の干渉が無かったように感じました。もしかしたらあれは……」

「スキルではなく、純粋な技量で、あそこまで?」


 魔法やスキルについて熱く語っている生徒が多い。

 全員が突如として発表された、特待生の話題で持ちきりになっているようだ。

 収まることを知らない熱気は徐々にエスカレートしていく。

 しかし。


 キーンコーン、カーンコーン……。


 着席を告げる予鈴が学園中を響き渡る。

 まばらに集まりを作っていた生徒達は一斉に自らの席に着席し、それでもヒソヒソと隣席の生徒と話し出す。

 そこに。


「皆さん、おはようございます」

『おはようございます!』


 扉を開け、このクラスの担任であるミィナ・シルフィリアが入っていった。

 今日も変わらず不思議な帽子をかぶり、学園指定のスーツを着こなしている姿に、挨拶を返したうち数名の男子生徒はガタッと机から腰を上げて握り拳をつくり、隣の生徒に押さえつけられている。

 毎日のように目にする光景なのか、誰もリアクションしていない。

 先生もその様子に慣れたのか、何食わぬ顔で教壇の上に立ち、出席者の確認をしたところで。


「実は今日、皆さんに重大なお話があります。もうすでに知っている人もいるかもしれませんが──特待生のアカツキ・クロトさんを、このクラスで迎え入れるという話になりました」

『お〜〜っ!』


 そう言うと、一斉に拍手と歓声が起こる。

 隙間から各々の反応を見る限り、歓迎されているらしい。

 ふむ……ならば期待に添えるよう、少し派手な登場でもいいんじゃないか?

 今までシミュレーションしてきた中でもトップを争うほどのかっこいい登場をするべきだな。

 よし、行こう。


「では、入ってきてください」

「はい」


 先生の声に従い、扉を開けるフリをして廊下にある窓から身を投げ出す。

 ちなみに、ここは三階である。

 下手をしたら、俺はこのまま落下して、潰れたトマトになってしまう。

 では、どうするか。


「こうするのさ!」


 右手の親指の付け根を少し嚙み切り、血をにじませる。

 直後。魔法により放出され、形成された血のロープは意思を持つように屋上の手すりに巻きつく。

 その細さからは考えられない丈夫さを見せつけながら体を引き上げる。

 勢いを乗せたまま屋上の空を飛び、反対側の壁へと飛び移った俺は、先ほど場所を確認したひらいた窓からダイナミックに入室した。


「とうっ!」


 カーテンを巻き上げ、掛け声と共にフローリングの床を滑り、急ブレーキで停止した。

 もちろん放出していたロープは回収して、膝立ちから立ち上がる。

 教室を見回すと仰天して目が点になった新しいクラスメイト達の姿があり、顔を俯かせてぷるぷると肩を震わせる先生の姿もあった。

 深呼吸して、一声。


「初めまして! この度、特待生としてこのクラスに編入することになったアカツキ・クロトです! 分からないことが多くて、みんなには迷惑かけるもしれないけど、精一杯頑張るからよろしくお願いします!!」

「アカツキさん、まずはそこに正座してください」


 背後から感じた鬼神のオーラと声に従い、迷うことなく土下座した。




「くそぅ、一体何がダメだったんだ……」


 HRホームルームという名の公開説教も終わり、各学科の授業を受ける教室へ移動していくクラスメイトを見ながら、指定された机に突っ伏し、ため息を落とす。

 わざわざ魔力強化を施してまでおこなった、俺としてはかなり頑張ったデモンストレーション。

 男子には過剰ともいえるくらいの反応を見せてもらったが、女子からは可哀想なものを見る目を向けられたり、目を背けられたりされてしまった。

 編入生特有の質問攻めも来ることは無く、誰も声をかけてくれない。

 それどころか女子のひそひそ話に耳を澄ますと、早くも“変人”とか“頭の痛い人”と呼称されているようだ。

 ……泣きたい。


「……いや、ダメだ」


 こんな事で落ち込んではいられない。

 俺はこの学園生活を謳歌したいんだ。

 スタートダッシュからフルアクセルかましてコースアウトしてるようなものだが、諦めてられない。

 これまで得た知識を最大限まで活用すればなんとかなるはずだ。


「よぉし……、あっ」


 意気込んでごそごそと机の中に手を入れるが、当然の如く机の中はからで、教科書も筆入れも入っていないことに気づいた。

 確か教科書は授業ごとのものを自分で用意するので、買いに行かなければならない。

 購買に行けば販売しているらしいが、そもそも学園中に点在している購買のどこで売られているかは先生も教えてくれなかった。

 聞かなかった俺もバカだが、教えてくれても良かったのに……。


「参ったな……」

「なんか困り事か?」

「ん?」


 どうしようかと頭を抱えていると、後ろの席から声をかけられた。

 応じて振り返ると、赤髪の快活そうな男子生徒が頬杖をついている。

 ボサボサの髪の毛をさらに跳ねさせたヘアスタイルが特徴的なイケメン少年だ。


「まあな。あまり学園に詳しくないから、教科書買おうにも、どこの購買で売られてるかわからなくてな」

「ふーん……。なら、案内してやるよ。俺も掲示板に目を通しておきたいしな」

「そりゃありがたいけど、いいのか?」

「おう。って、名前言ってなかったな」


 席を立ち、俺の隣まで移動した男子生徒は手を差し出し、


「俺はエリック・フロウ、魔科の国グリモワールの出身だ。よろしくな」

「おう、俺は……さっき紹介したけど、アカツキ・クロトだ。気軽にクロトって呼んでくれ」


 俺はその手を握り返した。

 長い間修練を重ねてきたと見られるゴツゴツとした右手は硬く、とても力強い。

 奇襲されそうな名前にしては柔い感じもしないし、制服の上から見てもわかるほど、その身体は鍛えられている。


「じゃあ俺もエリックでいいぜ。いやぁ面白かったぞ、さっきの登場の仕方」

「そ、そうか? 女子にはあまり受けてなかったみたいだけどな……」

「いやいや、あれは表に出してないだけで本音はかっこいいって思ってるさ。それに俺達男子は全員、お前の行動を賞賛してるぜ?」


 なんだろう、それはそれで恥ずかしい。


「そっか……半分はウケ狙いだったんだが、成功してたか」

「面白いヤツは歓迎するぜ? うちのクラスは色物ぞろいだしな。……ま、とりあえず報道クラブのヤツらが来る前に購買に行こうぜ。あいつら撒くの面倒だし、教科書用意すんだろ?」


 そうだ。この学園、報道クラブなんてものがあるんだっけ?

 今こうしてる内に、教室を包囲されてもおかしくないのか。


「じゃあ、早く行った方がいいな」

「おう。そんじゃ適当に撒きながら行こうぜ。俺は特に受講したい教科もねぇし、時間かかってもいいからよ。それに、聞きたい事が山ほどあるんだ。話してくれよ?」

「……もしかして、案内するからその対価として洗いざらい話せ、ってオチか?」


 必ず裏に何かあるだろうなと思ってそう言うと、エリックは朗らかに笑った。




「──ってことは、あれは流派スキルじゃないってのか?」

「その流派スキルってのがどんなものか知らないけど、スキル欄にそれっぽいのは無いし、完全に自分の技量でやったんだ」

「さらっと言ってっけど、すげぇな……」


 緩やかな円形状に広がる廊下を歩きながら、次々とスキルや魔法について質問してくるエリックの隣で肩をすくめる。

 意外なことだが、あまり出身地とかそういうのは聞かれていない。

 まあ、答えに困るだけだから助かってはいるが。

 それでも一応、森で倒れていたところをミィナ先生に保護され、記憶が欠如しているから学園で様子を見るということで特待生になったとは話している。


「とはいえ、せっかく貸してもらった剣を折っちゃったしな……。でも結構気に入ってたから、こいつは俺が持つことにしたんだ」

「それ、いいのか? あの学園長のだろ?」

「交渉してみたら二つ返事で了承してくれたよ。昔、鍛冶をやっていた人から貰ったらしいんだけど、使い道がないからあげるって言われた」


 しかし……あの人、何者なんだろうな。

 父さん母さんと同じ雰囲気で、動きに隙がなさ過ぎる。

 とても純人間とは思えないが……。いや、こう考えるのは失礼だな、止めよう。

 エリックも人間ではなく、魔力として火の属性を持ちやすいサラマンダーという妖精族で、冒険者ランクはBランク。

 学園ランキングも二桁台と、かなりの実力者らしい。


「でも折れてるんだろ? それ、どうするんだ?」


 エリックは俺の腰に下げている折れた剣に指を向ける。

 刀身と柄が分離した剣は、滑らないように紐で押さえられていて、確かに武器としては使えない。

 だから。


「自分で直すよ」


 はっきりと、俺はそう答えた。


「壊したのは俺だ。俺のミスで壊しちまったこいつを、自分の力で直す」

「直すって……鍛冶スキルでも習得する気か?」


 エリックの問いかけに、俺は少し、無言になった。

 この世界の住人は皆、生まれにして必ず何かしらの才能を持っているという。

 魂に括り付けられた才能の枷を魔素マナによって解き放ち、それらを自らの力──スキルとして覚醒させる。

 経験や努力次第で習得したりもするが、そのほとんどは才能で決まるようで、極端に言ってしまえば、才能が無ければ鍛冶スキルを習得することも出来ないらしい。

 その才能を誰でも開花できるようにして、技術的に可視化させたのが冒険者の持つデバイスだ。

 モンスターを倒したり、依頼を達成することで得た経験がスキルポイントというものになり、それを振り分けることで、才能の無い者でも初期スキル程度なら取得できる。

 もちろん才能の後付けだから、元から該当するスキルの才能が無い者には成長限界があるという。

 誰も彼もが“なんにでもなれる”なんておいしい話はない、そういう事だ。

 けど、小さくても可能性があるなら、俺はそれに賭ける。


「どれだけ時間がかかろうと、こいつは必ず、俺の手で直す。絶対にな」

「──」


 下げた片手剣に手を添えて、拳を握る。

 その様子を見たエリックは驚いたように目を見開き、くぅ〜っ、と唸ると俺の背中をひっぱたいた。


「イイ……イイね! そういう熱い意志、すげぇカッコイイと思うぜ!」

「げほっ、そ、そうか……」

「おう! 俺はお前を応援するぜ!」


 豪快に笑い、肩を組んでくるエリックに自然と笑いがこぼれた。

 こいつはなかなか、良い奴なのかもしれない。

 例えるなら、ギャルゲに出てくる情報通の友人みたいな立ち位置に存在する奴みたいに思えた。


「じゃあ、応援のついでに一つ、聞きたい事があるんだけど」

「なんだ?」


 興味津々に顔を寄せるエリックに、ポケットから出したデバイスを差し出し。


「これ、どうやってポイント振り分けるんだ?」

「ああ、そうか。わかんねぇのか」


 し、仕方ないじゃん。初めてなんだから。


「あー……っと、スキル、振り分け……お? お前、もうすでにポイント貯まってるぞ?」

「え?」


 うっそだぁ、まだ何もしてないぜ。

 森で彷徨って、教師にケンカ売って、フレンに抱きつかれたくらいしか経験してないぞ。

 しかしエリックが持つ俺のデバイスを覗き込むと、確かにスキルポイントの下に二十という数字があった。

 ……なんで?


「たぶんあれだな、ガルドと戦ったからポイント貯まったんじゃねぇか? 一応あれも経験になるだろうからな」

「そうなのか……。俺はてっきり、あのゴリラがモンスターなのかと」

「いや、ポイント相当の経験を得たってことだろ。このスキルポイントって、実は魂の成長を数値で表してるって話もあるしな。つーかお前の言う通り、あいつがモンスターだったらどれだけ良かったことか……。でもお前のおかげで、ここ一ヶ月くらいは平和に暮らせそうだ。ガルドがいなくなるのを喜ぶのは俺だけじゃねぇ、ここの全生徒が望んでたことだからな」

「……エリックでも勝てたんじゃないのか? 同じBランクなんだから、こう……スキルとか魔法で、ばばばーって」


 ジェスチャー混じりの表現を見せるが、エリックは苦笑気味に首を横に振った。


「俺は攻撃より防御系のスキルを多く取っててな、近接の決め手が無くてよ……。魔法も元々扱いが苦手で、出力間違えたりでもしたら、辺り一面焼け野原になっちまうしな」

「な、なんじゃそりゃ……。え、初級魔法で?」

「ああ」

「……魔力量は?」

「Aランク」


 これが……、持つ者と持たざる者の違いなのか……ッ!

 まあ、そんなにショック受けてるわけじゃないけど。

 エリックよりすごい人なんていっぱいいるし。

 先生とかフレンとか……、これは比較対象が悪いか。


「とにかく俺の話は置いといて、まずはお前のポイントを振り分けようぜ」


 そうだった、二十もあるんだったか?

 多いかどうかもわからない数字だが、『ファンタジー・ハンター』だと初期スキル習得には五ポイントか十ポイントくらい要求された記憶がある。

 まあ、ゲームではないんだから必要なポイント量も違うだろうし、そんな簡単に習得できる訳が……。


「えーっと、だから……生産系習得すんのに必要な数が十五でぇ……おお、鍛冶スキル習得できるぞ!」

「へ?」


 え、早くね?

 もうちょっとこう、誰かに師事して鍛冶の腕を磨いて、そして汗と血と涙の末に剣を修復するみたいなサクセスストーリーは!?


「良かったな! 材料さえあれば、この学園の鍛冶場を借りてすぐにでも直せるぞ!」

「お、おう」


 なんともいえない気持ちになって、肩を叩いてくるエリックに引きつった笑みを浮かべる。

 ぬぐぐっ、そう来たか……。でも、直せるなら早い方がいいよな。

 ちゃんと使えるように、今以上に強化してやりたいし。

 こいつの為にもダラダラしてられない。

 何事もプラスに置き換えなきゃな。

 うんうんとうなずき、気を取り直してスキル取得欄を覗くと、ゲームなどでよく見るスキル名が並んでいた。


「《鍛冶師スミス》っていうスキル名か」

「だな。生産系の冒険者とか鍛冶職人なんかが覚えやすいスキルだ」


 生産系……懐かしい響きだ。

『ファンタジー・ハンター』で生産系ジョブ筆頭の錬金術師アルケミストのレベルを最大まで上げて、材料があったからパーティ全体を回復出来るように研究した自作エリクサーを最大所持数まで作ったな。

 ……一緒に組んでくれるパーティなんてほとんどいないのにさ、なんであんなに作っちゃったんだろう。

 この世界にも錬金術師あるのかな? もしあったら取得しよう。


『スキル』

 《鍛冶師スミス:初級》

 《出血耐性》

 《魔力操作》

 《異想顕現アナザー・グレイス

 ・未完たる器に異元の力を宿す。

 ・想像せよ、位相たる汝の身を。

 ・創造せよ、確固たる我が身を。


 んー……もしかしてパッシブだと説明がなくて、詠唱系──というかユニークスキルだと説明があるのか。

 出血耐性とかをすでに取得してるってことは、昨日の決闘が原因かな。

 それで……魔力操作ってあの強化のことか。

 あれはスキルっていうよりかは、常識的な技能だとか言われてたけど、一応スキルっていう認識で習得されてるんだな。

 ちなみにこの《異想顕現アナザー・グレイス》というスキル、先生が言うにはユニークアクティブという系列に区別されるそうだ。


「──おっ、着いたぜ。あー、今日も賑わってんな」


 鍛冶師を取得して、余ったポイントで取得可能なスキルに目を通していると、ざわざわと騒がしい喧騒が聞こえてきた。

 それと同時に、到着を知らせるエリックの声で顔を上げる。

 購買部の看板が下げられた場所は、大勢の生徒によって長蛇の列が出来上がっていた。


「……なんでこんなに人がいるんだ?」

「朝は依頼掲示板を見たり朝飯買ったり、ダンジョンに行くための準備をしたりするヤツがほとんどだから自然とこうなんだよ。学園のどの購買もこんな感じだぜ?」


 うわぁ、マジか。


「といっても、もう少し経てば人もけるし、教科書買えるだろ」

「エリックは急がなくていいのか?」

「Bランク用の依頼は、Bランクから上の連中しか受けられねぇからな。そんなに慌てる必要もない。……そういや、余ったポイントで何取得したんだ?」


 腕を組んで壁に寄りかかったエリックの疑問に、俺はデバイスの操作に悪戦苦闘しながら答えた。


「えーと……一ポイントで《鑑定:初級》、二ポイントずつで《俊足》と《強靭》を取った」

「へぇ、いい判断じゃねえか。鍛冶するんなら何の鉱石かを調べるために《鑑定》は必須だし、《俊足》は足の速さを底上げしてくれるから戦線離脱したりするのに助かる。《強靭》に関しちゃ、近接を得意とするヤツにはありがたい恩恵をくれるぜ? なんせ攻撃をくらってもひるまなくなるからな」


 盾役には必要不可欠なんだ、とエリックは笑う。


「クロトってかなり動くだろうし、攻撃で動き止められたらつらいだろ? 重要だと思うぜ」

「ふむふむ……」


 半ば直感に従って振り分けたが、最適解だったようだ。


「しかし鑑定スキル習得に一ポイントって、何かを観察することに関しちゃ、かなり才能があるんだな……。っと、そうこうしてる内にだいぶ空いてきたか。俺は掲示板の方を見てくるけど、お前はカウンターの方に行けよ?」

「あいよー」


 ぼそぼそと小声で呟いていたエリックは、騒がしさが和らいだ掲示板へと歩いて行き、俺もフレンから貰った財布を左手にカウンターへと向かった。




「重い……。なんで一冊一冊が辞書並みの分厚さなんだよ……」


 教科書を入れたダンボール──ダンボールが異世界にある事に驚いた──を廊下に置き、カウンターに置かれていたコッペパンを買い込んだ俺は、そそくさと紙袋を開ける。

 焼き立ての芳醇な香りが漂うホカホカのパンを一瞥いちべつし、口に運ぶ。

 口いっぱいに広がるパンとイチゴジャムの味に。


「うん、これだよこれ。こういうのでいいんだよ」


 などといった感想が出るが、普通に美味しい。

 というか、周りに自動販売機みたいな機械が置かれている異世界でゲテモノ料理が出る方がおかしいだろう。

 昔作った、名状しがたいコズミック料理みたいなのよりマシだと思い、また一口。

 ……うん、美味い。


「おーい、教科書買ったかー……って、なんだよ、お前もコッペパンの魅力に取り憑かれたのか? 購買のパンは美味いからな。出来たてホヤホヤだし」

「んぐ……。まあ、パンは好きだ。ほんの少し手を加えるだけで、どんなメシマズでも美味しくできる所がいい」

「お前はメシに対してトラウマでも持ってんのか……」

「そういうわけではないと思うけど……。エリックも食うか? 余ってるし」

「おっ、じゃあ有り難く」


 片手に依頼の紙を持ったエリックに、残りのコッペパンを分け与える。


「それで、なんかいい依頼でもあった?」

「ああ、ダンジョンの間引き依頼があった。中級ダンジョンのモンスターなら俺一人でも余裕だし、大体三時間くらいで終わるかな」


 そう言うと、エリックは口を大きく開けて、パンを頬張る。

 間引き依頼というのは、潤沢な鉱山資源などが埋まっているダンジョンのモンスターを一匹残らず駆逐……とまではやらないが、資源収集を安全に行えるように、ダンジョンに現れるモンスターを一定量討伐する依頼だ。

 中級ダンジョンくらいだと、推奨冒険者ランクはC〜Bと比較的高めの設定。

 俺程度の強さなら、一瞬で消される難易度だ。

 どうせこの後授業を受ける気もないからエリックについて行こうかと思ったが、Bランクの依頼なら受けるのは無理だろう。

 何より、命を危険にさらしたくないでござる。


「とはいえ一人で行くとトラップに気づかないでやられる可能性があるからな。少なくともあと二人はメンバーが欲しい──なあクロト、一緒に行かないか?」


 人の話を聞いてたかい? いや、声に出してないけどさ。


「俺? ……言っておくけど、あまり使い物にならないと思うぞ。覚えてるスキルの量も少ないし、足手まといになるだけだって。それにDランクだから、その依頼にはついていけない」

「受けるヤツがBランクだけって話で、一緒に行くパーティのランクは関係ないぜ。つーか、Bランクの教師に勝ってるのに何言ってんだ?」


 ぐっ……、黒歴史確定の事件を思い出させおって。


「安心しろ。防御に自信がないなら攻撃は全部……とは言えないが、ほとんどは俺が防ぐ。お前は普通にモンスターと戦ってくれればいい」

「つってもなぁ……」


 モンスターと初の実戦に興味はあるが、果たして俺がどこまでいけるか……。


「──あら? エリックさんに、アカツキさんではありませんか」


 目をつむってうんうんと唸っていると、気になる視線を感じて目を開ける。

 するとそこには、美少女が立っていた。

 腰まで伸びた黒髪を、ポニーテールで留めている凝った装飾のかんざしに付いた鈴を鳴らし、穏やかに微笑んでいる女生徒は、俺達を見て首を傾げている。

 一見すれば可愛らしい動作だが、俺はそれよりも少女が持つ圧倒的な戦闘力に驚いていた。


(ば、バカな……。この戦闘力……フレンを超えて、先生と同等、だと!?)


 見開いた両目で捉えた胸部は、何かで抑えられているのか平均並みに見えるが、それは違う。

 この戦闘力は、間違いなく先生並みの力を保持している。

 直感までもがそう告げていた。

 しかし、俺がこれほどの戦闘力を持った彼女を見逃すだろうか。

 彼女が俺の名前を知っていることに疑問は抱かないが、お近づきになるには彼女の名前を知らなければならない。


「クロトは知らないよな。こいつは同じクラスのシノノメ・カグヤ。日輪の国アマテラス出身のBランク冒険者で、お前が想像している通り、かなりの美少女だ」

「ふふっ、そのような紹介をされると、少々照れてしまいますね。初めまして、シノノメ・カグヤと申します。よろしくお願いしますね」

「あ、ああ。俺はアカツキ・クロト。よろしく」


 丁寧にお辞儀をされて、俺も慌ててお辞儀で返す。

 シノノメ・カグヤね。よし、覚えた。


「それで、何かお困りのようでしたが、どうかしましたか?」

「ああ。今からダンジョンの間引き依頼に行くんだけどさ、俺とクロトとあと一人、パーティ組んでくれる人を探そうとしてたんだ」


 あれ、なんかナチュラルに俺、強制参加させられてないか?


「それでしたら、私を混ぜてくれませんか? ちょうど暇を持て余していた所でしたから」

「いいのか?」

「もちろんです。それに、ガルド先生を正面から斬り伏せた剣技──私も近くで拝見したいので」


 おっとりとした顔つきからは想像できないほど鋭い視線を向けられ、俺は引きつった苦笑を返す。

 ……あれぇ、ハードル上がってないか?

 くぐった方が楽なくらい高いハードルになってないか?

 しかもこの視線、どっかで感じたことあるなと思ったけど、昨日の校舎に連れて行かれた時に感じた視線だ。

 俺は昨日からすでに目をつけられていたってことか。

 おおぅ、なんかこそばゆいな。


「行こうぜクロト。ある意味、初ダンジョン攻略になるんだろ? ここで経験しておくのも悪くないと思うぜ」


 お前、妙にいい笑顔で言うなよ。

 こちとらNOと言えない日本人だぞ。

 断れないだろ。


「んー、そうか……。じゃあ、頑張ってみるよ」

「私も尽力させていただきますね」

「よっし! じゃあ、十時に大通りメインストリートのギルド前で集合だ。準備はしっかりしておいてくれよ!」

「うい」

「はい」


 小話を交わしたあと散らばっていく二人を見ながら、俺は購買へと歩み。


「すみません、体力回復ポーションと魔力回復ポーション、あと状態回復ポーションを三つずつください」

「まいどぉ!」


 必要なアイテム総じて十五万メル──一メルは日本円換算で一円くらいの価値──を支払い、購買を後にした。




「──さて、集まったから早速……、と行きたい所だが。クロトお前、クラス選択してないだろ?」

「クラス?」


 十時の鐘の音が鳴る、冒険者ギルドの前で。

 少しでも特待生っぽい待遇という事で与えられた、小さな家屋に教科書を置いて、割れないように皮で保護された各ポーションをポケットに入れた俺は、三十分前行動で待ち合わせ場所に到着していた。

 そのあとシノノメが来て、戦闘の立ち位置なんかを確認し合うことに。

 一番遅かったエリックは、時間ぴったりにやって来た。

 合流したところでいざダンジョンへ、と意気込んでいると、エリックに呼び止められ、クラスについて説明される。


「冒険者はスキルを効率良く覚える為に、魔法みたいに適性のあるクラスを設定するんだ。俺だとファイターっていうので、近接戦を得意とするスキルを覚えやすくなるクラスだ」

「私はサムライです。防御は薄いですが、攻撃は鋭く、速さや精神を補助するスキルを覚えやすくなります」

「サムライはファイターの派生上位クラスでな、日輪の国だと割とメジャーなクラスだ。あ、上位クラスってのは、下位クラスから成長したクラスのことだ。スキルを大量に習得したBランクくらいで、上位クラスの証であるユニークスキルを覚えるようになる。俺はまだファイターだけど、いつかガーディアンになる事を目指してんだ」


 次々と語られるクラス説明を、なんとか処理しきることに成功した俺はコクコクと頷く。


「……だとすれば、俺は何の適性を持ってるんだ?」


 ゲームだと、こういったものは自由に選べたりするが、この世界だと適性を持ったクラスにしかなれないそうだ。

 人には二つから三つほどのクラス候補があり、その中から選択する事によって、自らのデバイスと自身のスキル構成を適性クラスへと変化させるのだが、今の俺はクラスを選択していないため、覚えるスキルがバラバラかつ少ないらしい。

 なんという死活問題。早くクラスを選択しないと悲惨なことになる。


「クロトは……そうだな、無難にファイターかシーフくらいじゃねぇか? その人の特性に合ったクラスが候補に上がりやすいからな」

「私も同意見ですね。速さを活かした速剣や片手剣などの関連スキルを覚えられますから、アカツキさんの長所に合ったクラスだと思いますよ」


 むむむ……。


「ま、さっさとギルドの方で確認したほうが早いし、その方が理解しやすいだろ。入ろうぜ」

「そうだな」


 俺達はそれだけ話すと、ギルドへと入った。

 かなり明るい照明で照らされた店内は酒場が併設されているようで、冒険者などで溢れかえっている。

 カウンターの受付嬢は忙しそうに事務処理に追われていて、酒場のウェイトレスは注文を聞いて走り回っていた。

 重厚な鎧を装着する者や、マントに杖を持つ者などが丸テーブルの上に載せられた料理に舌鼓を打っている。

 文明がほぼ現代レベルなのに、なんというミスマッチな空間だ。

 いいぞもっとやれ。

 興味深く観察していると、シノノメに腕を引かれた。

 そのままエリックを先頭にして、ギルドの隅にある水晶の前へ案内される。

 淡く光を放つ半透明の水晶は手の平サイズで、反対側のイスには、怪しさ満点のフードを目深に被った女性が座っていた。


「こんちわーっす。こいつのクラス適性を鑑定してもらっていいですか?」

「ええ。もちろん構いま、せん……が……」


 気軽に声をかけたエリックの声で、視線をこちらに向けた女性は俺の方を見ると、まるで氷のように固まった。


「……あ、あの、もしかしてアカツキ・クロトさんですか!?」


 かなり大きな声で名前を呼ばれ、一瞬酒場がしーん……と静まったが、すぐに熱気を取り戻していく。


「……え? そ、そうですけど……」


 この人なんで俺の名前知ってるんだ?

 まったくもって見覚えがないんだが……。

 しかもいきなり身を乗り出してきた女性は、被っていたフードを取り払い握手を求めてきた。

 え? この人めっちゃ美人じゃん。


「は、初めまして! 私、このギルドでクラス適性の鑑定をしているシエラと申します!」

「は、はぁ、どうも。……あの、なんで急にこんな……?」

「あなたの事は動画で知ってファンになったんです! あの悪名高いガルドをボコボコにした、期待のルーキーだ! って」


 俺ってそんな風に言われてるの!?


「ってか、動画って?」

「魔科の国で運営してる企業がそういうサービスをしてんだよ。お前がいろいろ噂になってるのは、報道クラブの生徒が生放送したからだな」

「嬉しいです! まさかこんなに早く出会えるなんて……。世の中何があるかわかりませんね!」

「そ、そうですね……」


 ぶんぶんと腕を振って嬉しさを表現するシエラに、苦笑いを浮かべる。

 この人テンション超高いな。


「今日はついてるな〜! セクハラまがいのことをしてくるあのガルドもいませんし、超絶楽しいですよ仕事が!」

「「あいつそんなことしてたのか……」」


 俺とエリックは揃った感想を述べる。

 やっぱりもっと蹴っておけばよかったな。


「舞い上がっているところ申し訳ありませんが、アカツキさんのクラス適性を見てもらってもよろしいですか?」

「あっ、そうでした。私としたことが、つい我を忘れてしまいました……!」


 微笑ましくこの光景を眺めていたシノノメの一声で、なだめられたシエラは再びイスに座り直した。


「ううん! ではアカツキさん。ここに手を乗せてください」

「あ、はい」


 仕事モードに移行したシエラの指示に素直に従い、水晶に手を乗せる。

 それを見て、シエラは祈るように手を合わせると小さく何かをつぶやいた。

 すると淡い光を放っていた水晶が輝き出し、その光量を増していく。

 そして浮かび上がる表示枠を見やすい位置に置いたシエラはそれを見て、


「ふむふむ……。…………あれ? あれぇ……?」

「どうかしたのか?」


 形の良い眉を困ったように曲げた。

 そんな様子のシエラにエリックが声をかける。


「それが……、アカツキさんのクラス候補が一つしかなくて……。しかも初めて見るクラスなんですよ」

「「「えっ?」」」

「こちらなんですが……」


 初めて見るクラスって、どんなのだ?

 そう思い、空間を浮かぶ表示枠を見ると、空白であるそこには確かにクラス名が書かれていた。




 ──“異世界人”という、クラス名が。

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