【一ノ章】 異世界はテンプレが盛り沢山
第二話 遭難者に救いを
「おおぉぉおおおお……!」
虹のトンネルを、頭から真っ
イレーネから事前に説明を聞いていなければ、パニックを起こして叫びまくっていたかもしれない。
しかし、なかなかに快適である。
なんというかこう、風になった気分だ。
下り坂を自転車で駆け下りる時よりも爽快感を感じる。
確かこのまま何事もなく落ちていけば無事に目的地に着くはずなので、それまで寝ていてもいいかもしれない。
……などと、そんなことを考えた矢先。
「……ん? なんだ?」
ビキリ、と。風を切る音に混じって、不安を煽るようなノイズが聞こえた。
それは周囲の虹にヒビが入り、徐々に範囲を広げていく音だった。
同時に地鳴りのような音も鳴り始め、空間を揺らしていく。
……嫌な予感がする。
なんというかこう、マンガやアニメのお約束展開みたいな、そんなものが起こる予感が……!
そう思った、次の瞬間。
虹は完全に砕け、突風のような衝撃が全身を襲った!
「なああああああああぁぁぁあああっ!?」
「──っ!」
虹の
「──あああああぁぁぁぁああああああ、ばっふぅううっ!?」
急に視界が
それが木の葉だとわかったのは、顔面から突っ込んだ後だった。
「あがっ!?」
木の枝に絡まり減速しながらも、なんとか地面に不時着した俺は、しばらくの間、痛みを
油断した……。まさか突然、あんなことになるなんて。
途中までは極めて順調だったのに、一体何が起きたんだ?
あの虹のトンネルは、余程のことがない限り壊れることはない。
イレーネがそう言っていたんだから、間違いないはず。
……つまり、余程のことがあったというわけか? あのトンネルを壊す程の、何かが……。
「くっそぉ、異世界初日は厄日だな……!」
いや、それを結論にするのはまだ早い。
そんなことより、今は他に確認すべきことがある。
イレーネによれば、確かこの世界のどこかの国に俺は送られるという話だった。
その後はイレーネがナビをする
「…………どこだよ、ここ」
目の前の光景に、呆然と呟く。
そこには雑草やツタ、背丈の大きな樹木といった、自然豊かなものが広がっている。
その細部に目を凝らしてみるが、とても人の手が加わっているようには見えない。
間抜けな顔で立ち尽くす俺を
嫌な汗が、頬を伝う。
陽光に照らされた若い緑が、視界の奥に延々と続いていた。
「……待て、待ってくれ」
落ち着け、落ち着くんだ暁黒斗。
大丈夫、ちょっとわけのわからない場所に落っこちただけだ。
しばらくすれば、イレーネの方から何か反応してくれるだろう。
それまで
そういえばあいつ、俺と連絡を取り合うための道具を渡すとか言ってたくせに、何も渡してくれなかったような……。
気になってポケットを漁るが、それらしきものはない。
あいつ、渡し忘れたのか?
ということは、最後の頼みの綱だった連絡手段が、手元に無い。
……つまり、今の俺は。
「…………ヤバい、出鼻を
何がいるかもわからない森の中で、たった一人、遭難しているということだ。
「……どうしよう」
楽しい楽しい異世界ライフのスタート地点は、あろうことか森の中でした。
しかも
人生山あり谷あり。若い子には旅をさせろ。とは言うものですが、俺は現在、地獄に落とされた気分です。
この世界に神様がいるなら、この哀れな子羊を救ってもらいたい。
「まあ、その神様からの連絡がまるで無いんだけどな。……ははっ」
体育座りで
お気楽異世界ライフが絶望的異世界ライフに変われば、誰だってこうなる。
……どうしようかな、本当に。
こんなところで立ち止まってても、何も進展しないのは分かりきっている。
しかし
逃げ足には自信有りだが、ちゃんと身体が動いてくれるかは別だ。
もし攻撃なんてくらってしまった場合は、間違いなく即死するだろう。
こんな状態で無駄な行動をして、襲われて死ぬ、なんてバッドエンドはごめんだ。
「せめて救難信号みたいなのが出せたらなぁ……」
寂しさを
一、位置を知らせるために森を燃やして狼煙をあげる→環境破壊者にでもなるつもりか?
二、頑張って木を倒して上空への視界を確保する→頑張っても出来ねぇよ!
三、どうにもならないから諦める。現実は残酷である→いいな、その翼。俺にもくれよ。
一と二に関して言えば、この世界は四角い立方体で出来ているわけじゃないので無理だ。
道具すらないのに出来るわけがない。
消去法で考えると一番の理想は三だが……うん、ゲームオーバー不可避だ。
やはり俺の脳内選択肢は間違っている。
「はぁ……」
ため息と共に、真上を仰ぐ。
こんな所で死にたくはない。
フィクションの
寂しさと切なさと空腹で気分が沈んでいたとしても、俺はこんな所で死ぬわけにはいかない。
……そうだ。このまま蹲っていても、状況を打破する解決策が生まれるわけじゃないんだ。
やはりこういう時だからこそ、動かなければ。
たった一つのきっかけでもあれば、不利を
ならば、やることは簡単だ。
「試す価値はある、か……」
俺は
イレーネには言っていなかったが、俺にはゲームが上手い以外にもう一つ、自慢できることがある。
それは、目が良いということ。
他人が聞いたら疑問符を浮かべるだろうが、俺にとっては様々な体験を経て手に入れた大切なものだ。
先を見通し可能性を予測する洞察力。
一つ一つの
ゲームのみならず、この視る力は
今回も早速、それに助けてもらうことにしよう。
日頃のトレーニングで無駄に鍛えてきた身体で、幹から枝へ、枝から枝へと登っていく。
そして到達した最頂点にしがみつき、風で揺れる身体のバランスを取る。
こうして高い所から観察することで、何か新しい発見があるかもしれない。
「これが吉と出るか凶と出るか……。ま、やらないよりはマシだな、絶対」
太陽の光を右手で遮り、見やすいように視界を確保する。
周囲を改めて観察すると、後ろには大きな岩山、眼下には広大な森が確認できた。
なんともまあ、人と会わせる気が微塵も感じられない環境だ。
何か見つけるまで絶対
そして、ようやく見つけた。
「…………あれは」
視界の中央。
かなり遠い場所に、白んで見えたシルエットを発見した。
それは何の飾り気もない、重厚そうな巨壁。
どんな建材で造られているかはどうでもいいが、人工物であるのは確かだと言えるものだった。
「いやっほぉぉぉぉぉう! あそこ絶対誰かいる、希望はあったんだ!!」
しがみついた状態から、枝を足場にして飛び降りる。
あそこに行けば、きっと助かる!
そう確信して、俺はシルエットが見えた方向に全速力で走り出した。
木の根や落ち葉で足を取られたりしながらも、走り出してからどれくらい時間が経っただろう。
既に太陽は頂点へ達していて、走る前より森全体が明るくなっていた。
「……お?」
速度を維持しつつ爆走していた俺は、森の中にしては妙に視界の開けた場所に躍り出た。
丁度良いと思い、
何本か転がっている倒木から一番大きなものを見つけ、腰を下ろして呼吸を整え、──深くため息を吐いた。
「参ったなぁ。これだけ走ってるのに、本当にあの壁に近づいてるのか分からん。……これじゃ無駄に体力を消耗してるだけだ」
前方にうっすらと見える巨壁のシルエットは、今も変わらずその存在感を放ち続けている。
途中、木に登って巨壁との距離を目測で測ってみたが、どうも俺の計算よりも遠い場所に、あの巨壁は建てられているようだ。
辿り着けるかどうかも分からず、景色が変わらない森の中を一人で何時間も
もういっそのこと一人しりとりでもして、気を紛らわせるしかない。
そう思い、何かネタを探そうと周囲を見渡して。
「…………ん?」
不審なことに気がついた。
今まで見かけた光景には無かった、明らかにおかしな点。
……なんでここ、こんなに倒木が多いんだ?
俺の座っている倒木も無造作に置かれてるし、これだけ森を走ってきてこの場所だけ、ってのもおかしい。
それに。
「なんじゃこりゃ?」
倒木の断面が、強引に
その側には、砕けた木屑を飛び散らせた中心に佇む、大きな切り株があった。
切り株と断面を見比べても、とても斧や刃物で伐採されたというようには見えない。
瑞々しく綺麗な木目だったと思われるそれは、刺々しく裂けていてまともな形を失っている。
その様を一言で表すなら、
「ふむ……」
一瞬、ここが動物かモンスターの縄張りなのかと考えたが、周囲にそれらしいものの形跡は無かったはずだ。
見渡した光景に、頭の隅に引っかかる違和感が、どうしても拭いきれない。
「でも、こんなこと考えても何の意味もないよなぁ」
腹の足しになるわけでもないし、そろそろ休憩も終わりに……。
──しようとして、突然、背筋に冷たい金属が触れたような怖気を感じた。
いや、金属というにはあまりにも肉感がある。
柔らかく、されど確実にこちらを狙っているような、粘ついた冷酷な殺気。
思わず、息が止まる。胸の鼓動が早まった。
大抵こういうものを感じる時は、ろくな目に合わないことを、俺は誰よりも理解している。
だからこそ。
「──っ!!」
背後から急接近してきた
その直後、けたたましい破砕音と衝撃が全身を貫いた。
「うぐっ!?」
背後で何が起こったかを確認できないまま、痛む身体に
おかげで予想より大幅にズレた場所に着地することになった。
……無駄にいい角度で頭を打ったから地味に痛い。
(危なかった……。くらってたら確実に死んでたな、今のは。というかさっきの気配、あの行動。間違いなく、俺を殺そうとしていた)
着地してすぐにその場に
(どうやら話が出来る相手じゃないみたいだな。こんな所で一人寂しく
立ち込める土煙を
休憩中とはいえ、いつ襲われてもおかしくない環境下であそこまで接近を許すなんて、危機感が足りていない証拠だ。
さっきは偶然にも
(だったら……)
だったらこの場からすぐに離れて、遠くへ逃げるべきだ。
それが正体不明の相手にできる、唯一の最善手なのだから。
どこかの偉い人だって、『生きるための逃げはアリだ』と言っていた。
この状況に、合い過ぎていると言っても過言ではない言葉。
その言葉に従い、一瞬でも立ち向かうなどと考えない思考を持って、逃走経路を確認する
──気づいてしまった。
辺りを充満する土の匂いと、思わず
まるで
光に照らされ、煙に浮かび上がる巨大なシルエットに。
そして──煙の中で
もうこの時点で、普通の相手じゃないことが判明してしまっていた。
…………俺は少し息を吸い、すぐに吐き捨てて。
「サラバダーッ!!」
そのシルエットに背を向けて、スタコラサッサと逃げだした。
「いやあああああああああああああああああああっ!?!?!?」
絶叫しながら、全力で走る。
そりゃ得体の知れないヤツが後ろから木を薙ぎ倒してでも追いかけてきてれば誰だって叫ぶ。俺だって叫んでる。
「なんで、なんでなの!? どうしてそんなに追いかけてくるの! おおおお前この森のヌシか何かなのか? もしそうだとしたら許可なく立ち入ってごめんなさい!! この何も詰まってないスッカスカの頭を下げるからそれで許して! ほほほほほ本当に後でいくらでも下げてやるから、頼むから来ないでぇ!!」
後ろを振り返る暇すら無く、大声で呼びかけるも反応はない。
しかも心無しか、相手の追いかけてくるスピードが上がった気がする。
……いや、違う。俺の足が限界を迎えてきているのだ。
いくら逃げ足に自信があっても、疲れが溜まらないわけではない。
そしてそれが、相手も同じであるとは限らないのだ。
ズシン、ズシン、と。大きな足音が鳴る
全身から、ホラー映画の鑑賞中と同じくらい鳥肌が立っているのを自覚していた。
もう勘弁してくれぇ!
「ねえ! ちょ、マジでお願いだから追いかけてこないでよ! ただこの世界に来る途中でおかしなことになって、この森で遭難してただけの俺が何をしたっていうんだ! なんも悪いことしてないじゃん! 無実じゃん! 追いかけてくる意味ないじゃん!?」
そんな俺の必死の説得を
しまったと思うよりも早く、身体は豪快に転がる。
「ぎゃふっ!?」
木の幹に叩きつけられて、ようやく回転が止まった。
すぐにでも立ち上がろうとするが、身体が思ったように動かない。
「……っ、くぁ……」
全身を巡る血液が溶岩のように熱くなっていた。
身体を一巡する
経験したことのない苦痛が、全身を支配する。
疲労しきった身体は徐々にしびれ始めていて、視界も徐々に明るさを失っていく。
もうすでに、身体は体力の限界を迎えていた。
悪態を吐くこともできず、近づいてくる足音に目を向けることもできず、這って逃げようにも這いつくばることしかできない。
ズシン、ズシンと。やがて足音は間近で止まった。
見下ろされている感覚と、不規則に響く呼吸のような音。
恐怖心を煽るには十分過ぎるほどに、その二つはずっと続いていた。
(終わり、なのか……? こんな、こんなお粗末な終わり方でいいのか?)
荒い呼吸を繰り返す中、歯を食いしばりながら、全身に力を入れる。
やはり身体は上手く動かない。それでも、しびれや痛みは無くなり、身体の底にある何かを感じ取れた。
(い、やだ……!)
黒ずんでいく視界に、立ち向かうように目を見開く。
やはり明るさは無い。それでも、頼れるものが一つ増えた。
「……っ」
立ち上がる。疲労感は拭えないし、頭痛も消えてはいない。
それでも、立つことができた。
しかし、立っているだけでも精一杯な身体で何ができると言わんばかりに、眼前に
避けられない。当たれば、死。
そんな最悪の展開が脳裏をよぎる中。
「“吹き
謎の叫び声と共にシルエットの背後から突風が
突然の事態に思考が追いつかず、ただ呆然と吹き飛ばされた跡を眺める。
「森が騒いでいたので、良からぬことが起きていると思って来てみましたが、どうやら正解だったようですね。……あなたが無事で、よかった」
俺はふらついた意識で、声が掛けられた方へと目を向け、言葉を失った。
微笑みながら歩み寄ってくる、焦げ茶色の外套を身に
外套に隠れていても、その身体は女性的な特徴を前面に押し出しており、艶やかさを醸しだしている。
彼女が動く度に曲線を描く翡翠の長髪が周囲を華やかに色づかせていて、漂わせている隙の無さと身のこなしには目を見張るものがあった。
女性に対し心中で感想を述べ、引き寄せられたように自然と動かした視線の先で──。
(えっ……)
その
日常的に見ることはなく、伝承や二次元の産物でしか見たことのない種族の持つ特徴と合致しているそれは、陽光を一巡させる。
自然と共に生き、長命でありながら瑞々しい美しさを保ち続ける“森の妖精”とも呼ばれる種族。
かの有名なエルフのものと、とても良く似ていた。
俺がこうも簡単に
彼女の放つ魅力は、俺の持っていた美女・美少女の固定観念を打ち砕き、根本的に覆してしまうようなものだったからだ。
というかぶっちゃけた話、エルフ(仮定)美女とかストライクコース一直線だった。
「あの、どうかしましたか?」
女性が首を傾げて、心配そうに手を伸ばそうとしてくるが、すぐに引っ込めた。
その不可解な行動の意図は分からないが、とりあえず……。
「エルフ美女、サイコー……」
「え? わあ、ちょ、ちょっと!?」
最後まで残っていた気力を使い果たした俺は、女性の前で倒れ込む。
もう無理、もう限界です……。
ぼかしをかけた絵画を見ているような錯覚と、人と会えたことによる安心感のせいで、急に身体が機能しなくなっていった。
立ち上がる気力すら、今の俺には無い。
俺は、またもや暗がりに沈んでいく視界に現れた白い手を見納めると、力無くその瞼を閉じた。
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