第4話

「ご、ごめんなさい。鞄から出してもらえますか?」


「鞄?」


 明日美は床に放った鞄を拾い、中を覗いた。百円で買った例の人形が、手で頭を押さえている。


「あ、ありがとうございます」


 人形は明日美を見上げ、礼を云った。明日美は再び鞄を放り投げそうになる。


「ど、どうしてしゃべるの? しかも動くの?」


「えっと、一応、神様ですから」


 床に足をつけると、人形は明日美に深々とお辞儀じぎをした。


「はじめまして、ひめくりと申します」


「もしかして、本当に私の願いを叶えてくれるってこと?」


「ええっと……、」


 ひめくりはたもとから手帖てちょうを取り出して、おずおずと明日美に渡した。どうやって入れたのか、手帖は文庫本ほどの大きさだった。表紙には「できることちょう」と書いてある。


「そこに書かれてあることが、出来ます」


 ”ひめ が 出来ること


 の一 やさしい言葉を云う


 其の二 花や鳥たちとお喋りする


 其の三 歌をうたう”


 一ページ目にそれだけ記されていて、残りは白紙だった。


「これだけ?」


「……はい」


「本当に神様なの?」


「はい……。でも、出来ないことの方が多くて」


 はずかしそうに二つの握りこぶしをこすり合わせて、ひめくりは答える。その仕草しぐさが、いじらしかった。明日美は笑った。


「なんだ、私と同じじゃない。私も出来ないことの方が多いよ」


 ひめくりは頬を紅潮させて、伸び上がった。


「あなたはとってもやさしいんですね」


「そうかな、普通だよ」


「いいえ、とてもとてもやさしい方です」


「それは大げさ」


 明日美は苦笑する。


「あの、ひめはあなたのお役に立ちそうもありませんか。役立たずの神様は、返品ですか、」


 不安そうにひめくりはたずねる。


 どうもこの「神様」には期待は出来ないようだ。だが少なくとも一人暮らしの退屈をまぎらわす話し相手にはなってくれそうだった。


「ううん、返品はしない。これからよろしくね、ひめくり」

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