第3話

「いらっしゃい」


 視線を上げると、青と黒の市松模様の着物を着た若い男がすわっている。なかなかの男前だった。テーブルの上には手のひらに乗るほどの人形が二体置かれているだけで、こちらも雛人形のようないろ鮮やかな着物をまとっている。


「足を止めたとうことは、君には願いがあると云うことだ。それならつべこべ云わずに買っていったら良い。今日はこの二人しかいないが、幸いなことにどちらも安い。俺としても計算がしやすくて助かる」


 いきなりべらべらとしゃべられて、明日美はたじろいだ。しかし願いを叶えるとはどう云うことだろうかと、気になる。


「願いが叶うって、達磨だるまとか、招き猫みたいなものですか、」


 はははと、男は腕を組んで笑った。「神と紙に書いてあるだろう。だから神だよ」


「……はあ、」


 七福神みたいなものだろうかと、明日美は思った。


「安心しな。達磨だるまや招き猫なんかよりも、ずっと効果は覿面てきめんだ。何しろ神だからな。で、どっちにする、」


 男は二つの人形を右と左に持って、明日美の顔の前にずいと出す。どちらも精巧で百円とは思えないほど美しい作りだったが、やさしい顔立ちの方が気に入った。


「こっち……かな」


「毎度あり」男が目をほそめる。


 勢いに呑まれて買うことになってしまったが、百円ならたいした痛手ではないと思って支払った。それに人形や置物の類は、昔から嫌いではない。


「明日美、」


 梨花が背後から名前を呼ぶ。両手にパンのいっぱい詰まったビニール袋を持っていた。「買えて良かった。ここのパン、おいしいって有名なんだ。明日美は何か買ったの?」


 まだか百円で得体の知れない人形を買ったなんて云えなかった。


「あ、ううん……」


 明日美は振り返って人形売りの店を見た。だがそこには着物の男はおらず、中年の女性が手作りのクッキーを売っていた。


 家に帰ると、明日美はいつもの癖で鞄を床に放った。「いたっ」と云う声がして、びっくりして肩が跳ね上がる。「誰?」

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