番外編 陽だまりの中で 後編

 今日は、二人で紅葉狩りをする約束をしていた。ちょうど今が見頃になっているようで、朝食を終えると、悪樓の言う『秋を感じるには絶好の場所』へと向かった。

 田畑の脇に続く整備された林道には、赤い絨毯のように、紅葉の葉が落ちていてとても美しい。

 黄色と赤色の葉が、澄んだ空に映えて鮮やかで絵になる。美雨と悪樓は指を絡ませ、手を繋ぎながら、紅葉に目を奪われていた。美雨の通う専門学校の近くに並木道があったが、やはり山の紅葉とは比べ物にならない。


「悪樓さん、本当に綺麗ですね。栗拾いしたのも楽しかったけど、紅葉も素敵。これ、押し花にして残したいな。飾れそうだもの」

「嗚呼。綺麗な物を選んで栞にするのも良い。美雨、貴女は絵を描くのが好きだから紅葉の葉を描くのはどうだろう? 以前書いた椿の花も美しかった」

「うんっ……描きたいな。葉っぱの色って不思議なんですよね。遠目で見ると単純な赤でも、近くで見ると色んな色が混じってて。細かい部分まで色を書き込むの、楽しいです」


 美雨は目を輝かせて、悪樓に語る。

 悪樓が島で、吉備穴渡神や網元として役割を果たしている時、美雨は屋敷で穂香たちと談笑しているか、絵を描いていることが多かった。妙子や八重の絵を描いたり、時には島民たちや穂香たちに絵を描いて、プレゼントすることもある。

 小嶌の人々にとって、美雨も悪樓と同じく『嫁御寮』として信仰されているので、彼らに絵を渡すと、大変縁起が良いと喜ばれた。

 金銭は貰わないが、美雨にとってそれが半ば生業なりわいのようにもなっている。


「ふふ……また、美雨の作品が増えるな。私は貴女の絵が好きだ。どれも大事な宝物だからね」

「悪樓さん……嬉しいです。私、何を描くのも楽しいけど、一番好きなのは悪樓さんなの。描き出したら止まらないから、蔵も悪樓さんの絵で一杯になっちゃいそう」


 そう言うと、美雨はクスクスと笑う。そんな彼女に愛しさが募り、悪樓は立ち止まると不意に美雨の体を優しく抱きしめた。

 悪樓の抱擁は暖かく、高貴な香りが鼻腔に届くと、これ以上ない安心感を感じて、広い背中に両手を回す。悪樓に巡り会えなかったら、こうして誰かと抱き合って心地よくなれるという感情も、おそらく体験することはなかっただろう。

 それくらい、恋愛に対して美雨は消極的だった。


「…………誰もいなくて良かったです」

「誰かがこの場に居ても、構わぬ。彼らはご利益だと言って、私たちに手を合わせて拝むだろう」

「ふふっ……。それはちょっと面白いですね」


 悪樓の冗談に、美雨は顔を上げるとクスクスと笑った。そんな無邪気な様子を悪樓は優しく眺めて、愛しそうに冷たい指で頬に触れる。美雨はゆっくりとその指に触れると、太陽の光で銀色に見える美しい瞳を見た。

 本当の姿は、妻である自分だけが知っている。そんな優越感が美雨の頭に浮かんで鼓動が早くなった。


「美雨、頬が冷たい。体が冷えてきたね」

「悪樓さんの指も冷たいですよ。……暖めなくちゃ」


 悪樓と美雨の視線が絡み合って、やんわりとどちらともなく口付ける。背の高い悪樓に届くように美雨が背伸びをした。

 悪樓が美雨の腰を支え、やんわりと舌を挿入する。美雨は瞳を閉じ、彼の柔らかな舌先は巧みに美雨の舌をなぞって蠢く。

 美雨はそのまま、うっとりと快感に身を任せた。呼吸を奪い合うようにして、何度か啄むように口付け、深く舌を絡ませると、悪樓はゆっくりと糸を引きながら離れた。二人の体は僅かに火照り、呼吸が乱れている。

 安易に夜の営みをできない分、こうして二人のスキンシップは多くなっていた。


「美雨、少し体が暖まったようだな」

「はい……悪樓さんも暖かくなりましたか?」

「貴女に触れると、私の体は直ぐに熱を持つ。それは、美雨が一番知っているだろう? だが冷えてきたな。綺麗な紅葉を何枚か拾って、屋敷に戻ろう」


 悪樓がそう言って、自分の羽織りを彼女の背中にかけた。悪樓の綺麗な声で甘く耳元で囁かれると、美雨は目を伏せ赤くなって頷いた。

 ほんの些細ささいな彼の言葉が美雨の心を温かくさけるのだった。


 番外編 了

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水底から君に、愛を込めて花束を〜悪神に捧げられた贄は永遠に溺愛される〜 蒼琉璃 @aoiruri7

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