第21話 紅蓮の騎士団

 否定しないところを見ると、ロイ・ノクス・フォーサイスという名は偽名だったらしい。正直、ロイの過去は気になった。どんな過去があって、ロイはどんな道を歩んできたのだろう。これから相棒として隣を歩くからには知っておきたかった。

 しかしエリスは口を開いた。

 

 「用事は済ませたんだ。いくぞロイ」


 その場の人間が皆エリスを見る。トーマスはロイに斧を向けたまま、言葉を紡いだ。

 

 「お前はこの男の過去を知りたいと思わないのか。どれだけ手を血で染めたのか」

 「別に。関係ないね。私からしたらロイはロイだ」

 

 エリスはトーマスを睨み据えながら言葉を発する。それを聞いたロイは目を見開く。こう言わなければならないと思った。ロイはきっといまだに過去に苛まれているのだ。

 救ってやりたいとは思わない。自分なんかがそれをできるとは思わないし、きっとロイは乗り越えられるほど強い奴だとエリスは何の根拠もなく信じていた。だからただ隣で支えてやりたかった。それがエリスに唯一できることなのだ。エリスにとってロイは、よき戦友で、かけがえのない相棒で、返しきれない恩のある恩人でもあった。だが何かロイのためにできることがあるとすれば、その背中を守ることぐらいしか思い浮かばない。

 

 この男の隣を歩きたかった。


 エリスを信頼しまっすぐこちらを射抜くその瞳が好ましいと感じていた。

 そうだ、過去のロイがどんな名前でどんな奴だったかなんて、どうでもいい話だ。今のロイのことさえ知っていたらいいのだ。高飛車で自分の実力に自信がある。ナルシストで、本が好きで、色で言うと青が好き。そしてエリスは最近気づいたのだが……実は甘いものが好き。もう十分ロイについてたくさんのことを知れた。エリスはそれさえあればこの男を信頼できると思った。

 戸惑うように瞳をゆらすロイを見てエリスは微笑む。

 トーマスは目を伏せると、もう一度こちらを見た。

 

 「そうか、しかしもう遅い。時期に騎士団がお前たちを襲うだろう。無事にこの国を出ることは叶わないと知れ」

 

 斧を下ろし、胸元から出したのは羊皮紙でできた一枚のカードのようなもの。魔法陣と複雑な模様が周りには描かれている。ロイは顔を歪めた。


 「魔法道具か。仲間に繋げていたな」


 そのカードの中心には耳が描かれていた。魔法道具はとても貴重だ。人間が魔法の力を探究し自分たちだけでも魔法が使えるように作り上げたもの。作る際にはもちろん魔法使いの力が必要なので、通常政府が作ることを許可し管理している。だから市場には滅多に出回らないのだ。

 再び、トーマスは斧を構えた。エリスも鯉口を切ったその時。


 「やめて!!」


 サラが走ってきたかと思うと、腕を広げてトーマスの前に立ち塞がった。その足は震えている。サラは今まで騎士である父を尊敬していたし、誇りに思っていた。その教えを疑ったことなんてなかった。……でも、初めて見た魔法使いは本で読むものよりもずっと……人間に近かった。同じ血が流れ、同じ言葉、同じ形、同じ体温。

 魔法使いは国に管理されるべきなのか、サラにはまだ分からない。でも、ロイは確かにサラを助けてくれたのだ。

 彼らを傷つけさせたくない。何より、父と殺し合って欲しくない。

 その目は決意に染まっていた。トーマスは斧を握ったまま言った。


 「サラ、退くんだ」


 その声は優しかったが、確かに困惑と苛立ちが滲んでいた。サラはそれには応えずに腕を広げたまま叫んだ。

 

 「行ってよ! 早く!」

 

 必死の声だった。エリスとロイは顔を見合わせると、同時に地面を蹴って走り出した。足を止めることなく来た道をまっすぐ走る。しばらくしてロイが口を開いた。


 「……あいつには借りができたな。全く忌々しいガキだと思っていたが、今度菓子でも送ってやるか」

 「やめとけ、サラが食べる前にゴミ箱行きだろ」


 色鮮やかなレンガの道に戻ってきた。あとはこの街を突っ切って門に出るだけだ。しかし、視線の先で赤いタペストリーがかかった屯所から赤いベストをきた騎士が出てきた。こちらを指差し叫ぶ。


 「いたぞ!!」


 ゾロゾロと赤を身に纏った男たちが現れる。エリスは舌打ちした。騎士たちが剣呑な表情で襲い掛かろうとそれぞれ剣を構えたその時。凛とした声が響いた。


 「待ちなさい。この相手はあなたたちでは荷が重い。僕が行きます」

 「エルリック隊長!」


 ザッと騎士たちの人集りが割れて、その中心から一人の男がコツコツと足音を響かせながら歩いてくる。象牙色の肌にややくすんだ薄茶色の癖毛。鋭く引き締まった顔には薄緑色の涼しい瞳がおさまっている。胸元を開けたシャツの首元には黒い薔薇のタトゥーが入っていた。この男はエルリック・フォン・クライスト。白色に鈍く輝く、まっすぐな両刃の剣を構えている。峰が非常に鋭利な騎士らしいロングソードだ。エルリックは口を開いた。


 「我が祖国で、あなたたちの好き勝手はさせません」


 ロイは吐き捨てる。


 「何が好き勝手だ。お前らが絡んできたんだろうが……逃げるぞエリス」


 しかしエルリックは落ち着き払って言った。


 「それは無理だと思いますよ」


 その手には手のひらサイズの小さな黒い鳥籠があった。エリスは怪訝そうに眉を顰め、それを視界に入れたロイは顔を歪める。


 「竜の鳥籠か。手軽に巨大で強力な結界を張ることができる古代の魔法道具だ。ドラゴンでさえもそれを破ることはできないと言う。こんなもんまで引っ張り出してきやがって」


 つまり竜の鳥籠を破壊するまでこの国からは出られないと言うわけだ。エルリックは鳥籠を腰のベルトに下げた。それを見たエリスは刀を抜きながら言う。


 「よく分からないが、どうやらやるしかないようだな」


 言うなり、エリスは前に倒れはじめる。そして前傾姿勢をとりながら少女とは思えない恐るべき脚力で地面を強く蹴り付けて走る。一気にエルリックとの距離をつめたエリスは、斬りかかった。

 先手必勝。狙うは相手の首ただひとつ。エリスは右から左へ「一」を書くように水平に斬った。しかし僅かな手応えに瞬時に理解する。避けられた。エリスの刃は相手の首を浅く裂いたのみだ。

 間髪入れずにエルリックは正面から頭を割るように振りかぶって踏み出す。その勢いに体が自然と防御の体制に移りかける。が、自然かつ鮮やかなフェイントだ。エルリックは上段の構えから手首を捻って刃の軌道を変えた。刹那の瞬間、思考が加速する。狙うはエリスの手首だ。エリスは歯を食いしばってその刃を受け止めた。


 剣を交えてわかったことがある。この男の剣は”上手い”と言うことだ。フェイントも交えて鮮やかに攻撃を繰り出す。その技の精度にはエリスも舌を巻いた。


 剣と刀の刃がぶつかり合う。


 自然とエリスは口角を上げていた。前のめりにエルリックの懐へ飛び込むと、刀を右上空に振り上げる。しかしエルリックは片足を引き、避けた。エリスの剣先は天に向けられる。ガラ空きになったエリスの懐へエルリックの剣が突きを放つが、しかしエリスは跳躍するとその剣先に乗った。

 曲芸師のような妙技だった。

 エルリックは目を見開いた。女とはいえ人一人分の重さに耐えきれずエルリックの剣が下に沈む。エリスは力強く剣先を蹴りつけると、高く跳躍し宙に踊り出した。柔軟にその体を操り、回し蹴りを放つ。


 エルリックの頬にブーツの先がめり込む。


 エルリックは吹っ飛ぶように地面に倒れた。予知できない動きに翻弄されエルリックは唇を噛み締め立ち上がる。このような小娘に、と信じられない気持ちもあった。しかし、今はももはや油断は少しもできない。エルリックは地面についた剣で体を支え起き上がった。 


 エリスはそれを嬉しそうに眺めていたが、やがて走り出した。


 エリスの強み。それは父アレスから受け継いだこのフィジカルの強さ。そして天性の戦闘センス。手段を選ばない勝利への貪欲さ。原始的な闘争本能。

  

 エリスが闘うのは”生きる”ためだ。エリスは”生きる”ために闘ってきた。しかし、エリスは戦いそのものものも嫌いじゃなかった。強者との戦いは素直に心が躍る。



 

 

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