第15話 旅の終わりと始まり

 ルークは敵ながら目覚ましい活躍でロイの魔法を切り伏せている。エリスは胃が締め付けられる心地だった。あんな奴にどうやって勝てばいいのか。しかしロイは顎に手をやると呟く。


 「近づければなんとかなるかもしれないな」


 ロイが見つめる先を見て、エリスはハッとした。ルークが構える長剣にヒビが入っている。とんでもない威力のロイの魔法に、剣が耐えられないのだ。


 「私が結界でルークを囲おうか? その間に逃げよう」

 「いや……あいつは結構執念深いやつだ。すぐに追いかけてくる。それにお前もその能力に慣れてないだろ。遠距離で結界を張るのは難しいんじゃないか?」


 その通りだった。エリスは今までこの能力を使うことを避け続けていた。まだこの能力を使いこなせてないのだ。大きさや強度を遠距離からも自由に変えられたルディアとは雲泥の差だ。……エリスは覚悟を決めた。

 

 「そうだな……分かった、私が行く」


 そこで初めてロイはエリスを見た。


 「本気か?」

 「ロイは近距離が苦手なんだろ。私が近づいてやつの動きを封じるしかない」


 エリスは刀を抜いて言葉を放った。そして駆けて、ルークの元へ走る。

 足音を立てずに背後から切り掛かるも、察知し振り向き長剣で受け止められる。いつしか辺りは魔法が解けて、瓦礫が散らばる無惨な姿になっていた。至る所に本が散乱している。半壊した迷宮図書館はひどい有様でルークの背後には巨大な穴ができていた。ルークが捌ききれなかった隕石が落ちた跡だろう。深くまでその先が見通せない暗闇の広がる穴は続いている。

 ルークは力強く踏み込むと、切り掛かる。その猛攻をどうにかエリスは耐えた。攻撃を受け止めた勢いを利用して、攻撃の間合いの外へ移動する。腹部に放たれた斬撃を紙一重で交わす。しかし、流れるように次の攻撃に移行した鈍く光る刃が、エリスの心臓を思い切り殴打した。

 目を見開いてカハ、とエリスは咳き込む。すぐに心臓目掛けて目にも止まらぬ突きが襲いかかってくるが、エリスは咄嗟に身を捩るようにのけぞり手で庇う。

 その突きは掌を貫通するも止まらず目と鼻の先に血に濡れた刃が迫る。

 手の平に激痛が走る。しかしエリスは口端をあげると、痛みを堪えてグッと剣に手を押し込んだ。そして柄を握り込む。


 「捕まえた」


 下手したらもう刀を握れなくなるかもしれない。だがエリスは迷わなかった。考えるのは今のことだけだ。なんとしてでも勝たなくては。柄にエリスの血が滴った。ルークが眉に皺を寄せて貫いた剣を滑らしエリスの手を引き裂こうとした時。必要なのはその一瞬だった。


 「……ッグ」

 

 ルークの腹から短剣が突き出ていた。元は銀色の刃は血に濡れて鈍い光を放っている。ロイはルークの背後で苦い顔をして短剣を引き抜いた。


 「最悪だ、この感触。グロいのは嫌いなのに」

 

 ロイの手の中の短剣は光の粒になって消えた。その間にエリスは脂汗をかきながら奪った長剣から手を引き抜いた。苦痛に歪み血の気の失せた真っ青な顔で後ろに数歩下がるルークだったが、ロイをみた瞬間その瞳に力が宿った。彼にも何か執念があるのかもしれない。拳を握り殴りかかってくるが、エリスからしてみればハエが止まるようなパンチだ。エリスが素早くしゃがみこみ、片足で蹴るようにして足を掬うと簡単によろめき倒れていく。そして底の見えない穴に落ちゆく瞬間、地面に尻をつきしゃがみ込んでいたエリスの足を掴んだ。

 

 「ッ!!」

 「エリス!!」


 どうやら道連れにするつもりらしい。しっかり両手でエリスのふくらはぎを掴んでいた。エリスは引き摺り込まれるようにずりずりと落ちていく。エリスは歯を食いしばった。地面に爪を立てるが間に合わない。指が離れた瞬間。

 ロイがその手を掴む。エリスがどうにか見上げれば、ロイが身を乗り出して必死な顔をしてエリスの手を掴んでいた。

 

 「お前マジでしつこいんだよッ。さっさと一人で落ちろ!」


 ロイはゴミでも見るかのような顔で、ルークの端正な顔を蹴り付けた。

 

 「ッ……俺はこんなところで、死ぬわけにはッ」


 ブーツの跡がつくも、ルークも必死でエリスの足に掴み離さない。しかしロイが思いっきり腹を蹴り付けると、ルークの顔が歪みようやく手が離れる。そしてルークは穴に落ちていった。数秒後、ドサリと地面にぶつかった音がして、静寂に包まれた。


 エリスをどうにか引き上げたロイは、エリスと共に地面に倒れ込む。

 見上げれば、半壊した天井からは青空がのぞいていた。木々が見える。この広さだ、迷宮は国の外まで続いていたのかもしれない。エリスは頭の後ろで腕を組んで、流れる雲を眺めた。子供の頃、眺めていた空と変わらない。エリスはきっと外に出ればあの青空と違う景色があるのだと思っていた。でも違った。空はいつも同じだ。確かに外に出なければ出会えなかったたくさんの光景がある。それらを見ることができたのはあの街を出たからだ。だから後悔は微塵もない。が、エリスはあの頃と同じ、なんの変わり映えもない空が好きだったのを思い出した。

 ロイは隣で寝転びながら、口をひらく。

 

「お前って呪いを解くために旅してたんだよな」

「ああ、そうだけど」


 エリスはキョトンとして言った。しかしそれも呪いが解ければ終わりだ。長い長い旅だった。終わるとなると少し寂しい気もする。エリスは今までの苦難を思い出し、少し笑った。

 

「なあ、あー……もしよかったらなんだが」


 ロイは言いにくそうに口をモゴモゴさせると首に手をやりエリスを見た。それを見たエリスは首を傾げる。ロイはエリスを気に入っていた。本の一章を捲るような興味と期待を、いつしかロイはエリスに抱いていた。


「俺とくるか?」


 エリスは思いがけない言葉に目を見開く。ロイは慌てたように言葉を滑らせる。


「ああいや、呪いを解くためにお前が隣国までついてくるのは確定なんだが。……その、……これからも、俺と組まないか?」


 ロイは首に手をやり気まずげに視線を逸らしたままだ。ジャケットはエリスと同じように擦り傷や汚れだらけで、ナルシストのロイらしくない格好だ。少し耳が赤かった。その心情を察して、エリスは思わず笑った。明るい笑みだった。


「うん!」



 

────これは二人が歩む冒険譚。エリスの人生を変えた出会いと冒険の物語だ。

 


 


 


 

 

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