第14話 自由を求める者

 エリスは間髪入れずに切り掛かった。ルークは涼しい顔をしてそれを受け止める。刃が交差し火花が散る。ものすごい腕力だ。エリスはじわりと汗をかきながらも刀を握る。


 「ほお、夜の魔法使いにつるんでいる女がいると聞いたが、お前か」


 切れ長の瞳が興味なさげにエリスを一瞥する。


 「ロアの聖女か……フン、生意気そうでなかなか屈服させがいがある女だな」


 ”聖女”の言葉に身を強張らせるエリスだったが、思いがけない言葉に戦慄した。ロイは見てはならないものを見てしまったかのように顔歪めていった。

 

 「うーわ、粘着質な上、サディストなんて勘弁してくれ。これだから騎士団は」

 

 それに言葉を返さず、ピクリとも表情も変えずにエリスを見据えるルークは目を細めた。


 「あの街の事実は知っている。まあ、特に恨みもないが、邪魔をするなら死んでくれ」


 それは目にも止まらぬ一閃の突き。手元が伸びるような一撃だった。エリスは直感のままにそれを刀身で受け止めるが、衝撃は逃せずに背後に吹っ飛んだ。本棚にめり込むように叩きつけられ身体中が痛む。本が幾つも落ちてヒビの入った本棚に倒れたエリスはうめいた。そうしている間にルークはロイの方へ歩んでいく。ロイは険しい表情で、後ずさる。

 刀を地面に突き立て立ち上がろうとしていたエリスは、ロイに向かって手を伸ばした。

 すぐに黄金色の結界がルークとロイの間に現れる。ルークは振り返り、それを見たエリスは口端を上げてにっと笑った。ロイはハッとした顔でエリスを見る。


 「なんでその力を使った!! 使うなと言っただろう!!」

 「私はお前の護衛だ!!」


 エリスにだって譲れないものはある。エリスは悟っていた。私の力の使いどきは今、この瞬間なのだ。この男に私の命を、全てを賭ける。なぜそこまでしてこの男に肩入れするのか、エリスは自分でもわからなかった。ただ気に入っただけでここまでするのは明らかにおかしい。理屈じゃなかった。言葉では説明のつけようがない直感だ。エリスは今までアレスと別れてからは一人で生きてきた。誰も信用せずに一人で。それを今になってロイにこだわるなんて。

 この選択は間違いかどうかわからない、でも後悔はなかった。賭けてみたいのだ、こいつに。

 父さん、言われた通り躊躇わないよ。絶対に、守り抜く。


 ルークは指さきを結界に当てて、それが煙を出して焼けるのを見ると、くるりと背を向けた。ブーツの足音を響かせながら剣を携えてエリスの元へ。エリスは立ち上がり、刀を鞘に納め抜刀の構えを取ると、地面を蹴って駆けた。体を前傾に倒し、地面に鼻がつきそうになると床を蹴り付ける。そして驚くべき脚力で一気に距離をつめた。突然の急加速にルークは眉一つ動かさずに呟く。

 

 「ぬるいな」


 抜刀した必殺の刃をルークは受け流し、反撃へと転ずる。相変わらず重い攻撃だ。そして速さもある。自分の刃が受け流されたことを察したエリスは目を見開くと、背後に飛びさすり間合いから逃れ距離を取った。ルークは感心したよううに片眉を上げた。深い踏み込みは攻撃のスピードと威力を上げるが、回避の余地を削る。エリスは攻撃を繰り出した。しかし楽々と流されて虚空に消えゆく。洗練されて美しささえ感じる剣捌きだった。半端な攻撃は相手のカウンターの威力を上げてしまうが、エリスにはそれしか選択肢がないのも事実だった。ルークの反撃がエリスの頬を掠める。鼻先を通り過ぎる斬撃。いつルークの刃がこちらの腹を裂くか分からない。エリスは冷や汗を流した。

 その時だった。ルークが破壊した穴から、バタバタと足音が聞こえてきた。嫌な予感、それは的中した。騎士団たちだった。彼らはゾロゾロと現れる。


 「ルークさん、一人で行かないでくださいよー」


 鎧に身を包んだ茶髪の男がヘラヘラしながらこちらに歩んできた。見覚えのある顔。ウォルターだ。ルークを見て、エリスを見て、にぱっと笑うと穴のそばに控えた。ルークの邪魔をするまいと思ったのだろう。ルークは嫌な顔をすると心底苛立たしそうに舌打ちした。しかしただでさえピンチなのにこれ以上敵が増えるのは非常によろしくない。今はロイを守るように結界が張られているが、エリスもいつまで持つか。

 エリスは眉に皺を寄せながらチラリとロイを見た。どうしてもロイの力が必要だった。しかしロイは指輪のはまった手を穴の向こうから出てくる騎士団たちにかざすも、顔をこわばらせて小刻みに震えていた。


 エリスは黙ってロイから視線を逸らし、刃を交えながらも言葉を絞り出した。


 「お前が戦いたくないのはお前の勝手だ。私の知ったことじゃない。だがな、……自由になりたきゃ余計な躊躇いは捨てろ!」


 ロイは優しい男なのだろう。

 もうエリスはロイの苦しみを笑えなかった。だって、その苦しみが誰よりわかると思ったから。すでにエリスは、罪の味を知っていた。どんなに正当な道理を得たとしても、時に罪悪感は襲ってくる。それから逃げようとすればするほど重く苦しい人生になるだろう。だからあえてエリスはこの言葉を送る事にした。


 「自由は強者だけの特権だ」


 そうだ。踏み躙られるだけの弱者に自由などない。自由とは、自分で勝ち取らなければならないものだ。

 

 「あんたは自由になりたいんだろう。私にはわかる。……自由でありたいんだったらッ! この世界に示せ! 己が、誰にも踏み躙られない強者だと!!」


 それはエリスがこれまで生きてきてたどり着いた真理だった。この世界で生きるには我を通す強さが必要なのだ。ロイは間違いなくそれを持っている。エリスは歯痒かった。まるで、少し前の自分を見ているようで。そうだ、人は皆持っているカードで戦わなくてはならない。迷っている暇はない。


 「ロイ!! 躊躇うな!! 自分の力だろ!!」

 

 必死になってエリスは叫んだ。ただロイが罪悪感に囚われずに、前を向いていけたらと思った。きっとエリスはその姿が見たかった。ロイは目を見開く。そして少しの沈黙の後、口をひらいた。


 「……勘違いしないでくれよ」


 エリスはその声を聞いて自然と微笑んでいた。前を見据えるロイの瞳は、キラキラと力強く輝く。


 「俺だってやればできるんだ、やろうとしないだけでな」

 「はいはい」

 

 エリスは言いながらおかしそうに笑った。ロイは腕を捲ると指揮をするように両手を振る。ルークとエリスの間に鮮やかな爆発が起き、両者は跳ねるように距離を取った。

 

 「こっちへ」


 ロイに腕を掴まれ促されるままエリスはロイのそばに下がる。穴の向こうで魔法が炸裂する音が響き、幾重もの悲鳴が聞こえた。

 ロイは空中で滑らすように手を払った。するとロイの背後にギラリと鈍い輝きを放つ長剣、短剣がずらりと空中に浮かんだ。そしてそれらが一斉に騎士団たちに投下される。しかしルークは素早く、地面を蹴って距離を取ると残りは長剣で弾き飛ばした。


 「やはりダメか」

 

 ロイの白銀の髪がふわりと靡き、瞳が怪しく輝く。あたりが日没したかのように一気に暗くなった。濃密な夜の気配が鼻先に香る。エリスはすん、と鼻を鳴らした。これは……草の匂い?

 エリスは暗闇の中目を凝らして辺りを見回した。そこは星空が瞬く、草原だった。冷たく心地いい風が吹き、草がサワサワと揺れる。髪を靡かせながらロイは月を取ろうとするかのようにゆっくりと手を上げた。

 

 「星の奇跡トロテア・サブマ


 ロイが落ち着き払って手を下ろすと、天で小さく輝いていた星々がぐんぐん大きくなる。エリスはロイの傍で息を呑んで見つめていた。ギラギラと燃え盛るそれは目に痛いほどの輝きを持ってまっすぐルークの元へ。恐ろしい光景だった。次々と星々が、落ちてゆく。

 エリスが見つめる中、隕石がルークに迫る瞬間。ギラリと刃が光った。ルークは長剣を構えると、刃を滑らせ次々隕石を切り伏せたのだ。エリスは信じられない気持ちでいっぱいだった。ロイは呟く。


 「ふん、やるなあいつ。……エリス、よく見とけよ。あれこそがお前の到達点だ」

 「はあ? あんな化け物が?」


 それこそ信じられなかった。しかしエリスの言葉にロイは答えず、指先を空中で滑らせ何か陣を描いた。ロイの唇が動く。

 その瞬間、グッとルークの体が傾き、その下の地面にヒビが入った。ギギギ、と音がしそうな動作でルークはこちらを睨みつける。しかし多少動作が重くなった程度で、己に落ちてくる隕石を捌いている。エリスは言葉を漏らした。


 「何したんだ?」

 「あいつの重力だけを何倍にもしたんだがな。やっぱ化け物かあいつ」

 

 ロイは手を地面に向ける。そして円を描くように手を回した。

 紫色に光り輝く円が現れ、銀色に輝く巨大な狼が姿を現す。それは次々と円の中から出てきた。牙を剥いた狼たちはまっすぐルークに向かって飛びかかってくる。


 「フェンリルだ」

 

 ルークは飛びかかってきたフェンリルに向かって剣を滑らす。一文字に切り裂かれて悲鳴を上げたフェンリルはサラサラと消えていった。しかしロイは落ち着き払って言葉を紡ぐ。


 「永遠の夜ノクス・アエテルヌム


 残されたフェンリルたちの姿がブレた。どんどん大きくなっていく。剣の切先のような鋭い牙。怪しく瞳は真っ赤に輝き、凶悪な姿に。


 「夜のエネルギーを使って魔物を支配下におき強化する魔法だ。強化されたフェンリルに勝てる奴はなかなかいない」


 次々とフェンリルは飛びかかっていく。

 さらにロイは手のひらをかざすとその手のひらの中に光り輝く球体が現れた。それは真っ赤に燃え盛る太陽だ。夜で満ちていた草原が光を放ってゆく。黄色がかった淡紅色に世界が染まる。それは息を呑むほど美しい、あけぼのの色だとエリスは思った。


 「夜明けの魔法オルトロス・マギア


 目を開けていられないほど眩しい光が放たれる。太陽が爆発するかのように光と熱を放ち、エネルギーが放出される。そしてその太陽はルークの元へ。焼け付くような熱風にエリスは腕で庇った。

 目を開けた時、ロイは舌打ちし、エリスは目を見開いた。


 ルークは多少服や髪が焼け付き剣を握る腕には火傷を、足には血の滲んだ傷を負っていたが、ギラギラと闘志に目を輝かせてそこにいた。

 


 

 

 

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