第6話 魔法使いの戦い
完全にこちらを敵と認識したガラノスフィアに、エリスは刀を構える。しかしガラノスフィアの口から青い炎が強い勢いと共に吐き出された時、ロイが間に割り込み手を翳す。するとその手から勢いよく水でできた龍が現れ、空を泳ぎ炎を相殺した。エリスはポカンと口を開けるばかりだ。こちらに視線を向けずに、ロイは言い放つ。
「下がってろ」
ロイは一歩踏み出し、指を振る。するとどこからともなく数多の水弾が現れ、一斉にガラノスフィアに向かって投下される。しかしガラノスフィアは翼を広げるとそのまま空中を駆けて、軽々とかわしてしまう。そして地面に立つロイを見下ろし一瞥すると、ゆっくりと口を開けた。エリスはコオオ、と奇妙な音と共にガラノスフィアに光が集まるのをみた。これがとんでもなくまずいものなのは、エリスにだって分かる。
瞬間、突風がエリスの体の横を駆け抜けた。
ガラノスフィアの口から放たれたのは、眩しいくらいに強く光り青い炎を纏った熱線。それは何もかもを巻き込んで破壊の限りをし尽くす。エリスは唖然としていた。建物内だというのに手加減を知らないのか。崩れても構わないとでも? それとも……やはりここは魔法がかかっていて、熱線にも耐えられるほど、うんと丈夫なのかもしれない。
激しい風、そして飛び交う細かい瓦礫と共に前が見えなくなり、エリスはどうにか目を凝らしてロイの姿を探した。
視界が晴れた頃、ロイは悠々と空中に立っていた。目を疑うも、事実だ。そればかりか空中を、歩いている。
「ほら、こんなもんか?」
ロイは愉快そうに口端を上げると、まるで紐のような何かを摘み上げ下に引っ張る仕草をした。するとその動きに合わせていつの間にか生成されていたのか、大砲の球ほどある岩弾がいくつもガラノスフィアの頭上に現れ、飛んでいく。一個二個ならガラノスフィアもその前足で弾き返せただろうが、それは雪崩のように勢いは止まることを知らず、たちまちガラガラと岩の山に埋もれてしまった。ガラノスフィアのくぐもった悲鳴が聞こえていた。
そしてロイは、つまらなさそうな顔で開いていた右手を何かを握りつぶすようにギュッと握った。
今度は岩が何かに圧縮されたようにベコ、と潰れる。何か圧力がその岩の周りにかかっているようで、ミシミシと言わせながらその岩は空中で巨大な球体になった。
エリスが終わったかと息をついたその時。
巨大な岩球にミシ、と大きなヒビが入った。いくつも走り始めるそのヒビから青い光が漏れるのを、エリスは見た。一瞬何が起こったのかわからなかった。稲妻のように、光と音がほんの少し違和感をなしてずれる。視界が真っ白に光り、耳が痛くなるような爆音と爆風。岩の破片がその場を降りそそいだ。
爆発の中心地で再び姿を現したガラノスフィアは、目を血走らせてその美しい翼に血を流しながら、どうにか地面に着地した。息も絶え絶えな様子でロイを睨み据えている。そして三十メートルほど飛び上がり、空中を駆けてロイに向かっていく。どうやら遠戦は不利と見たらしい。
「ガアアッッ!!」
ギラリと光る牙と爪がロイに迫る。
ロイは逃げるそぶりすら見せずに、手を翳した。そして指を下に向ける。
「おすわり」
「ギャン!!」という悲鳴と共に、ガラノスフィアは地面に叩きつけられた。地面に潰れたガラノスフィアの周りの地面にピキピキと亀裂が入る。どうにか立ちあがろうとしているが、そこだけ重力が何倍にもなっているかのようにその動きは鈍い。ギシギシと音がしそうなほどの鈍さでガラノスフィアは顔を上げてロイを睨む。
「ッなぜそこまでの力を持ちながら!!」
ロイは無言で上から下へ指を下ろした。また地面にガラノスフィアが沈み、ミシミシと地面が軋む。
エリスはもはや唖然としていた。ロイが腕を振るうとそれに応えるように次々と魔法が起こり、鮮やかにガラノスフィアに襲いかかる。まるで指揮をするかのようだった。出来のいいショーを見ている気にすらなる。
「結構しつこいな。さすが初代が創造した魔法生物だ」
ロイは呟くと、なだらかに空中を奥から手前へ撫でるようにスライドさせた。するとロイの足先から地響きを上げて地面が捲れ上がり、巨大な壁となってガラノスフィアに倒れてくる。これにはガラノスフィアも驚いて目を見開き、空中を駆けてどうにか逃れようとする。しかしその壁は天井いっぱいまで高く高く聳え立っていた。
「ガアアアアアアッッ!!」
断絶真の叫びと共に今度こそ瓦礫に押しつぶされてガラノスフィアは見えなくなった。
「終わったぞ」
エリスは引き気味に感心した。あれでもロイは実力を全て出し切ってはいないのだろう。ご丁寧にちゃんと奥の通路まで通れるように、瓦礫が避けて落ちている。
「攻撃魔法が使えないんじゃなかったのか?」
「使えないんじゃなくて使いたくないんだ。……ま、これはケジメみたいなもんさ」
先の道は迷路のように、同じような道が左右前後に広がっている。またか、とエリスは思った。ずっと彷徨っていると方向感覚を失う道だ。薄暗く、壁にかかった松明が足元を薄く照らしている。ロイは地図を見てもいないのに迷うそぶりもない。全くエリスは警戒を怠らずに、ロイの半歩後ろを歩いていた。その時、男たちの怒号が聞こえた。ハッと振り向くと右手の道にいたのは松明を掲げた騎士団たちだ。
「見つけたぞ!!」
前を歩いていた男が松明を持った手でこちらを指す。五人ほどのグループだった。不幸中の幸いだが、あの騎士団長ルークはいないらしい。下っ端たちだろうとエリスはあたりをつけた。
「どうする?」
エリスは刀を構えて、ロイを伺う。ロイは走ってくる騎士たちを一瞥すると、めんどくさそうな顔で「まずいな……逃げるぞ」と口に出した。そして次の瞬間には、地面を蹴り前の道へと駆け出していた。エリスはそれに瞑目しながらも一歩遅れて後を追う。
ロイは時折、いくつも道を前触れなく曲がる。この迷路のような道でそれをするとこちらが本当に迷ってしまいそうだが、ロイは何か確信があるように迷わず足を走らせる。走り慣れているエリスをも驚愕させるほどの速さで澱みなくペースを保ったままだ。魔法使いだというのに体力もあるらしい。エリスは感心した。
「なあ、あの扉があれば図書館に一気に辿り着けるんじゃないのか?」
走りながらもエリスは疑問を投げかける。あの扉は入ってまた出る時にロイの望むところへ空間を繋げているようだった。それならば理論上瞬間移動が可能だ。しかしロイは息を切らさずに答えた。
「いや、あれはここでは使えない。色々制約があるんだ」
そしてどれほど走っただろうか、エリスたちは騎士団たちを振り切った。少し息を切らしたエリスは壁に手をつき息を整える。隣のロイも少し息が上がっているようで、額に張り付いた髪を払っていた。エリスはふと疑問に思ったことを何気なく聞いた。
「そんな力を持っているのに、なんで戦わないんだ?」
純粋な疑問だった。それほどの力があれば並の相手なら相手にすることもないだろう。逃げるという選択肢だって必須ではなくなる。正直エリスにとっては、ない者ねだりとは分かってはいるものの、喉から手が出るほど欲しい力だ。ロイは髪をかきあげ、息を吐くと、冷たく言葉を放った。
「誰が好き好んで人殺しになりたいと思うんだ」
「なっ……」
「それを、よりにもよって人殺しの自分に言うのか」とエリスは思った。
そうだ、エリスは人殺しだ。殺さねば殺される。そういう世界で生きてきた。仕方のないことだったとは言わない。自分で選んだ道だ。後悔もない。しかし、その言葉はエリスの胸奥にタールのように黒くどろりとしたものを溢した。
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