第3話 再会

 「いよいよ来た決勝戦ッ!! 今回は波乱の連続だーーー!! 突然彗星の如く現れたッ謎に包まれた優男、ウォルター!!フィッツパトリック!!! そしてまたもや今回初めて現れた新人、少女然とした姿からは想像もつかないような恐るべき強さッその名もルディアーー!!ブラットレイーーーー!!!」


 あっという間に決勝戦に進むことになった。階段状に円形に広がるスタジアムに詰め込まれた柄の悪い観客たちが、待ち切れないとばかりに歓声と野次、口笛を響き渡せる。ステージに立ち、向かいに佇むウォルターは肩に届くまでの茶髪で、タレ目。耳元にはシルバーのピアスが光っていた。エリスが言えることではないかもしれないが、とても決勝戦まで残るような姿には見えない。その柔和な雰囲気に似合わず立派な長剣を腰に下げているのが確認できる。目が合うと、何を思ったのかニコと微笑まれ、エリスは頬を引き攣らせた。


 「俺、女の子と戦うのは好きじゃないんだけどなー」


 ヘラっと笑ってウォルターは言う。しかし、その腕には必要最低限の筋肉がついているのをエリスは見逃さなかった。研ぎ澄まされているが、確かに戦う者の肉体だ。


 笛が鳴る。エリスは瞬間、駆けた。


 刀で一気に切り掛かるも、長剣で受け流され弾き返される。エリスは目を見開いた。

 ────こいつ、強い。

 ウォルターの剣先が右に傾く。が、フェイントだ。襲いかかる突きを、エリスは歯を食いしばって受け止めた。刃先で火花が散る。

 軟派な見かけに似合わず、その剣筋は慎重で綺麗だった。

 ジリジリとした鍔迫り合いの最中、ウォルターは囁いた。


 「君、エリスローレンスじゃない? ほら、街を一つ滅ぼしたっていう」


 思わずエリスは身を強張らせる。その姿はまさにその通りであると認めているようなものだった。


 「そういうアンタは騎士団か」

 「あれ、分かる?」


 ウォルターは気づかれてもケロッとした態度でエリスを見る。


 「剣筋が綺麗すぎるんだよ。チンピラやごろつきの剣じゃない。……私を捕まえないのか」

 「そうしたいところなんだけど、物事には優先順位ってのがあるんだ。今、君を捕まえるのは俺の仕事じゃない」


 ウォルターは余裕の笑みで言い放った。

 刃が交錯する。

 鋼音を散らし。火花が爆ぜる。これ以上の力比べはエリスの不利になるだろう。


 相手は一筋縄ではいかない強者だ。久しぶりのピンチ。……だと言うのに、自然と口角が上がっているのをエリスは自覚した。心臓が激しく脈打つ。血の匂うような闘争の香りだ。エリスは闘いが好きだった。血が滾るようなこのスリル、刹那にすぎる命のやり取りに自然と心が躍る。たとえどんなに部悪分が悪い相手だとしてもこれの前では関係ない。奥底にしまわれていた闘争の本能に火がつくような強烈な興奮にエリスは突き動かされていた。エリスはゆっくりと唇を舌で舐めた。そしてウォルターを見据える。


 ようやくエリスとウォルターは飛び退くようにお互いに距離をとり、相手の様子を伺う。均衡した展開に観客が飽き、野次が飛び交って来た頃。動いたのはほぼ同時。いや、僅かにウォルターの方が早い。真一文字を描いた長剣をエリスは目と鼻の先で避けた。すぐに上から切り掛かるも受け止められる。


 エリスは襲いかかってくる刃を潜り抜け、蹴り上げた。けれど手応えがない。またかわされたのが分かる。


 「ッ足癖が悪いよ、お嬢さん」

 「育ちが悪いもんでッ」


 邪道で何が悪い。生き汚くて上等。

 そうだ、エリスはそうやって生きてきた。泥臭くも、足掻いて足掻いて生きてきたのだ。生き抜くために強くなれ、どんな手段でも使って生き抜け。そう、胸に刻んで生きてきた。お手本のような剣で、お綺麗に生きてきた騎士なんかに私の剣が負けてたまるか。エリスは口角を上げて獰猛に笑った。


 「こいよ、アンタも私の糧にしてやる」


 それを聞いたウォルターは口角を上げるとゆっくりと剣を構えた。その時、エリスは背中に寒気が走った。

 一瞬だった。目にも止まらぬ速さで剣が突きを放ち、エリスは肩を狙った剣先をなんとか身を捩ることで回避する。生き延びるために今まで磨いてきた勘はエリスの助けになった。

 しかし少し掠ってしまい、切れた服と共に血がたらりと流れる。

 

 エリスは乾いた笑みをこぼす。

 そして、何を思ったのかエリスは刀を鞘に納めてしまった。ウォルターは言う。


 「どうしたの? もしかして負けを認めたのかな」


 しかしエリスは答えない。そして目を閉じると、右手は刀の柄を握ったまま、足を肩幅に開いて前傾姿勢をとった。ウォルターはその構えに何かを感じたのかピクリと眉を動かす。


 歓声さえも聞こえないしんとした静寂。

 危険を察知したウォルターが切り掛かるのと同時に、ギラリと一閃の光が走る。


 ウォルターの懐にはもう抜刀しそうなエリスが迫っていた。ウォルターは身を守るため体の前に剣を構えるがエリスの方が早かった。受け止めるための構えが終わる前にエリスの居合が放たれる。

 

 エリスは極限の集中のあまり、キンとした耳に痛いような静けさを感じた。そして背後でウォルターが倒れ込む音が聞こえ、次に聞こえてきたのはドッと湧き起こる割れるような歓声。それは『ルディア』と繰り返し叫んでいるようだった。エリスはやっと息を吐いて刀を納めた。



 ◇

  

 

 スタジアムから降りると、待機していた黒服の男がエリスの元に歩いてきた。

 

 「魔法使い様の元へ案内する。ついてこい」

 

 それだけ言うと背を向けて、歩いて行ってしまう。エリスは慌てて追いかけた。観客の詰め込まれた席の後ろを歩いて、壁に設置されたスタッフ専用扉を潜った。松明の明かりが微かに届くだけの暗く曲がりくねった通路をひたすら歩く。そしてある古ぼけた扉の前で男は立ち止まった。男はこちらを振り返ると、ドアノブを指し「さあ」と言う。そして扉の横に佇んだ。

 エリスが覚悟を決め、その扉を開くと……目に飛び込んできたのは。


 狭いも広くもない大きさで、窓もない部屋だった。煌々とした灯りの下、白い壁、そして薄いブルーの幾何学模様の絨毯がひかれている。しかしその場にいる男はどこにでもいるような風貌ではない。キラキラと光を反射する白髪のウェーブがかった長髪。彫刻のように整った顔をした男が、装飾の施された青いクッションの椅子に腰掛け、レースクロスのひかれたテーブルの上で優雅にナイフとフォークを使ってディナーを食べている。テーブルの上にはステーキ、パンなど豪勢な食事が並んでいた。

 彼の手元にある鏡にはスタジアムの様子が映っている。


 「あ、あの時の!!」


 エリスは叫ぶ。

 男はケーキの最後の一欠片をフォークで刺して口に運ぶところだった。美味しそうに咀嚼し、そしてゆっくりと口をハンカチで拭うと、初めてエリスを見た。


 「また会ったな。お前の試合はなかなか面白かったぞ、あのいけすかない騎士をやった時なんて……」


 エリスを見ても驚いた様子はない。ペラペラと語る男に、エリスは思わず駆け寄り腕を両手でがっしり掴んでいた。男は片眉をあげて、掴まれた腕を持ち上げる。

 

 「……なんだ? これは」

 「あの時はよくも追い出してくれたな!! 絶対逃さないぞ!!」

 

 無我夢中だった。エリスはヒシと掴んで離さない。しばらくの沈黙の後、男は呆れたように大きなため息をついた。


 「そうせっつくな。……呪いを解いてやると言ってるんだ」

 「ッその言葉嘘じゃないだろうな!」

 

 エリスは息を呑んで叫ぶ。

 ふとその時、男が視線を落として眉を顰める。鏡の中ではスタジアムに騎士団がなだれ込んでいる様子が映し出されていた。


 「まずいな、場所を変えるぞ」

 

 男は壁に向かって指を一振りする。すると何もなかったはずの壁にはあの青い扉がいつしか現れていた。男は迷いなく歩み寄り、慣れたように扉を開けて入っていく。そしてエリスが足を踏み入れる瞬間、背後で騎士団たちがなだれ込んできたのが見えた。そのまま扉が閉まる。


 騎士の男が手を伸ばして扉に触れようとした瞬間、確かにあったその青い扉は跡形もなく消えてしまったのだった。

 

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