第15話

これは大変なことになった。

こんなところ…こんな時代?…で私は殺し合いに巻き込まれるのか?

そう思うと体が震えた。

「私の時代」がいかに平和な時代か思い知った、が、今更気付いたところでもう遅い。

「山をよく知るもの来てくれ。それと、客人殿も近こうに」

なんだ? 私に何をしろって?

山に詳しいと言う老人、女、子供、そして私が、広之進の近くに集合した。

広之進は、紙に筆で丸を書き、円周上の一点から円の外へ向かって一本の線を引いた。

「これは今いる山の頂だ。この線がこの道だ。」

伝令が来た道を指した。

「この周りに目印になるものがあれば教えてくれ」

広之進は順番に聞いていった。

「こことここにでっかい木があるよ」

「この辺りに少し開けたところがある」

「ここは去年倒れた大木がそのままになってて、この辺は通れねぇ」

「この辺かなぁ、朽ちたようなお堂があるよ」

皆、それぞれ知っている事を話し、広之進はその紙に書き入れて行った。

もちろん私が口を挟む余地はない。じっと見ていた。

「よし、分かった。ありがとう、下がってくれ」

そう言い、彼らを下がらせると言った。

「客人殿、すまぬが少し手をお貸しいただきたい」

「はい」

前世の私から頼まれ事とは何とも不思議な気分だ。

「ご承知の通りここにいるもので満足に動ける者は少数。その者らだけで皆を守らなければなりません。」

「そうですね。分かります。出来る事は何でもします」

「かたじけない」

広之進は信吉に世話役衆を集めさせた。

この「世話役衆」と言うのは、隠居した元侍だったり大農家の当主だったりするようだが、お殿様から任命された、人生経験豊富で、且つ、話の分かる人達のようだ。

「いいか、みんなよく聞いてくれ。先ほど殿より伝令が来た。それによると三枝木勢との戦闘は我が軍優位だ。このまま行けば一時ほどで勝利するとのこと」

「おうっ」

安堵の空気が流れた。

「だが」

広之進は厳しい表情で続けた。

「敵は形勢を逆転すべく間違いなく最後の一手を講じてくる。そしてそれはおそらくこの山の北側から山を越え、背後より我が軍を突くものだ。それが彼らにとって最も有効な手であり、我が軍にとって致命的な手でもある。よってここは敵軍侵攻の通り道となる」

皆に緊張が走った。

「今の我らの力でここを守ることは不可能。殿にはその旨お伝え申したが援軍到着まではまだ時間が掛かる。」

皆じっと聞いている。

「そこでこれより、敵軍の進攻に備えながら速やかに且つ音を立てずに山を下る。手分けしてここに集まる皆に伝えて欲しい。多少とも動けるものは、年寄り、女に関わらず残るよう、そして、弱き物と子供から先に順次この道を通って真っすぐ城下へ戻るようにと」

「分かりました」

「この道近くに集まっている者たちからすぐ出発だ。佐内殿、先頭を頼む」

「承知した」

世話役の一人、佐内は元武士のような感じだ。

世話役たちが散っていくと、広之進は言った。

「信吉、それと客人殿」

「へい」

「二人には、今からあの油を撒いてきて来てもらいたい」

そうか、火をつける作戦だな。この御仁はこんな状況を初めから想定していたという事か。さすが「私」だ。

広之進は目印の書きこまれた紙を見せながら言う。

「新吉はここからここまで。客人殿はこちらから。できるだけ幅広く撒いてくれ。そして巻きながら、木に登っている子供に声を掛けこちらに戻るよう言ってくれ。六人ほどがいる筈だ」

そうだった。子供がいては火をつけられない。でも全員に声を掛けられるだろうか?

しかしそんなことは今考えても仕方ない。私はとにかく言われた通り、油壷を持てるだけ持って、指定された場所へ行き撒いた。持って行った分が無くなると、また油を取りに戻って何度も往復し指示通り撒いた。

途中で木の上に四人の子供を見つけ、返した。

その間も、列を作った年寄りや女、子供が山を下りていくが動きは鈍い。

当然だ、そういう人たちが避難しているのだ。

急げ、急げ。援軍はまだか。

木の上の子供は皆戻ったろうか?

広之進のところへ戻ると、新吉は既に戻っていて、その他「多少は」動ける年寄りと中年の女たちがいた。

「新吉さん子供は?」

「うん、皆戻った」

心底安心した。

「集まってくれ」

広之進が言った。

先ほどの簡易地図になっている紙を広げ、

「敵がこの山を越えるとすれば、城下に通ずる道は見つかる可能性を考えて通らないだろう。夜陰に乗じ、北側の斜面、この林を掛け上がって来るはずだ。」

地図に「林」と書かれているところを指さす。確かにそうだろう。良い読みだ。

「全員が下りる前なら当然だが、全員が下りても援軍がここに到着するまで何としてもここを通してはならない。この場所を守らなければならぬ。武器も人もいない我らがどうするか。幸い我らにはこの客人殿がくれた火と我々の声がある」

ん? 声って?

「敵も用心はしているだろうが、まさか我々がここにいるとは思うまい。そこで我らは援軍到着まで北の斜面で待機し、敵が駆け上がってくる音を聞いたら皆で大声を上げる。まるでここに我が軍の軍勢が待ち伏せしていたように思わせるのだ」

なるほど。でも危うい策だ。賭けのようなものだ。

「さすがの敵も、少しはひるむだろう。そこで敵が引き返せばよし。だが彼らの策は形勢逆転の策だ、おいそれとは引き返すまい。それにもはや戦況は不利な状況、時間も掛けられない敵は急ぎ体制を立て直し突っ込んでくる可能性の方が高い。その時は火を放つ。油は既に客人殿と信吉とに撒いてもらってある。」

そうだ、しっかり撒いた。

「後はこれで火をつけるだけ。火は一気に燃え広がる筈だ。火をつけたなら、我らは一目散に山を下りて城下へ向かう。これが我々のできる精一杯の時間稼ぎだ」

皆、黙って聞いていた。

「ただし」

広之進は真剣な顔で言った。

「これは失敗の許されない作戦だ。万が一、敵を見つけられず逆に見つかった場合、あるいは火の効果が出ず、敵が火を乗り越えてきた場合、我らの一人でも敵につかまりその人質になるような事があれば、それはお国の存亡にかかわる。ゆえにその時は…」

一呼吸置いた。

「その時は、死を選んでもらう」

誰かがごくりと唾をのむ音がはっきり聞こえた。

私か?

「よって、それでもかまわぬというというもの、自分が死んでも誰も困らぬというもののみが残ってくれ。それ以外は皆と共に下山してくれ。そして今下山する事は決して恥ずべき事ではないことを言っておく。その者には、これからの国を支える使命があるという事だ」

皆を見渡した。

「時間がない、さぁ、行くぞ。残るもののみついてきてくれ」

広之進は北の斜面に向けて歩き始めた。

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