第14話
「広之進様」
「ヒロ様」
あちこちから声が上がる。
「どうなってるんでしょうか?」
「うん、三枝木勢との戦がついに始まったようだ。奴らが夜襲を掛けてきた。我らは殿のご武運を祈りながらしばしここで待機する。皆、腰を下ろして低くせよ」
皆、地面に腰を下ろして座った。
遠くで戦っているらしき音や、人の叫ぶ声が聞こえている。
皆、息を潜めじっとしていた。
「信吉」
「へいっ」
「油は集まったか?」
「へい、あそこに」
野原の端に多くの油壺が置いてある。
「よし」
私は信吉と共に広之進…私…のそばにいた。
いろいろ聞いてみたいことはあったが、今はそんな場合ではない。
黙って戦の成り行きを見守るしかない。
「ヒロ様、どうなっているのでしょう?」
近くにいた年寄りの一人が聞く。
「分からん。しかし我が軍勢は精鋭を極める。いかに三枝木勢が無頼の連中で戦いに慣れているとて、負ける事はない。」
とは言ったが、その顔は厳しく常に周囲を気にしていた。
暫くすると広之進は立ち上がり周囲に向かって呼びかけた。
「子らの中で木登りを得意とするものはいるか」
六人ほどが走り出た。
「我らを囲む周囲の木に登って、周りを見張るように。何か変なものが見えたら一度だけ口笛を吹け」
皆頷くと、辺りに走っていった。
緊張した空気が流れている。
この緊張感はきつい。
二時間も経つと、不安に耐えられなくなったのか皆それぞれぼそりぼそりと小声で何かを話し始めた。
私の隣にいた年寄りも小声で私に話しかけてきた。
「あんた旅の人かい? とんだ時に来ちまったなぁ。昔はこの辺りも平和だったものよ。あの三枝木がやってくる前まではな。」
「そうなんですか」
「そうよ、昔はみんなそれぞれの土地の境を守ってやってたもんよ。だから田畑も大きくなった。国も栄えてきたのさ。それをあの三枝木がよ。親父が死んで代変わりした途端に戦争おっ始めやがった。民の事なんか何にも考えねぇで自分の得になる事ばかり考える。戦にしたって流れもんを集めた無頼の連中で軍勢つくってな。隣の酒井様もやられちまってよ。ったく」
その時、誰かが山に駆け上がってきた。
わわわっ、なんだなんだなんだ?。
広之進が刀を抜いて身構えた。
信吉も太い枝を持って立ち上がった。
「伝令です。味方です。広之進殿はどこに?」
駆け上がる男は言った。
「おう、ご苦労です。私です」
「伝令です。ただいま戦闘中なるも味方優位にて勝機あり。後一時(とき)ほどご辛抱あれとの、殿よりの伝言です」
おおおっと近くから声が上がったが、広之進が手で制した。
「それは朗報。殿もご無事で?」
「もちろん。陣頭指揮を取っておられます」
「良かった。なれば、こちらは万事問題なし。勝利の知らせをお待ちするとお伝え下さい」
「ははっ、ではこれにて」
と、伝令が踵を返した瞬間、
「お待ち下さい。しばしお待ちをっ」
広之進が声を上げた。
伝令の男は振り返って広之進を見た。
広之進は月を見上げ、辺りを見回しながら目を下ろす。
伝令を見た。
「策略があるやも知れません」
「はっ?」
「三枝木勢は無頼の衆。百戦練磨の者もおりましょう」
「はい」
「劣性のままこの戦を終えるとは思えません。必ず何か手を打っている筈。そしてその手とは」
「いかなるものと?」
「ここです。自軍の一部を割き、大回りしてこちらへ向かわせる。この裏山を越え、背後から我が軍勢を突く。これが最も優れた手です」
「なんと…」
「間もなくしてこの山の背後より三枝木勢が来ると思われます。しかしながらここは弱きものの集まり、無頼の連中と一戦交えてここを守りきることは叶いません」
「それは当然のこと」
「急ぎ戻り、殿にその旨お伝えいただき、何卒援軍差し向けて頂きますようお願い下さい」
「承知した。で、援軍到着まで広之進殿はどうする?」
「弱きものより順に山を降ろします。万が一、女、子供が人質にでも取られれば、殿のことです、直ぐに刀を置くやも知れません」
「分かった。順次下山の件も伝える。ご武運を」
伝令は脱兎のごとく走り去った。
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