第13話

板の間に胡坐をかいて座り考えた。

これは本当のタイムスリップなのか?。

では今はいつでここは、どこだ?

いや待て待て、今が過去の世界だとしたら私の話す現代語が通じるのか?

確か明治政府が共通語を広める迄、こんなに普通に話が通じる社会では無かった筈だ。

そこまで考えて、私はさっきから自分の話し言葉に感じていた違和感の正体に気が付いた。

言葉が変換されている。

私の話している言葉がこの時代、いやこの世界のものに変換されているんだ。

という事は、彼らの言葉も現代語に変換されて私に聞こえているという事か。

こんな事が本当にあるのか。

そうだとして、ここはいったいいつで、どこなんだ。

こんな小さな集落ならまだ武士などとは呼ばない頃の一豪族と言ったところだろうか。

で、私はこれからどうなるのだろう?

前にいた「現代」の事を考えるより、これから起こることが不安だった。

何しろ戦争だ。

暫くすると、おかゆのようなものと味噌のようなものが運ばれてきてそれを食べた。

日が暮れてから呼び出しがあった。

お殿様が呼んでいるという。

私が先ほどの場所へ行くと、お殿様は一人で待っていた。

「幼い頃」

お殿様は私に背を向けたまま語り始めた。

「私の祖母がこんなことを言った」

お殿様は続けた。

「お前に危険が迫った時、お前を訪ねるものが現れる。そのものは客人として迎え大事にせよ。お前を訪ねる者は何か珍しいものを持って来る筈だ。現れた者が『その者』であるかどうかはそれで見分けよ。そしてその者が現れた時こそ、お前の正念場だとな」

こちらを向いた。

「お前がその者なのか?」

「ええっ? そ、そんな。私には分かりません」

お殿様は、またじっと私を見た。

「そうか、そうよな。歳のいった老婆と幼い子供との戯言よな」

お殿様はさびしく笑った。

この人は今、ものすごい決断を迫られている、というより、もうそちらに向けて進む以外に道はないのだろう。誰かと戦うという道しか。

不安に押しつぶされないように、何でもいいから何か支えが欲しいという心境なのだろう。

大勢の「人の命」がその肩に掛かっている。

私には絶対耐えられない。

その時だ。

「殿」

武将が走り込んできた。

「何事だ」

「敵は夜襲をかける模様との知らせです」

「なに? そうか。分かった。全員戦闘の配置につくよう伝えろ」

「はっ」

知らせの武将が走り去ると叫んだ。

「だれかヒロを呼べ」

その言葉を聞いた時、私は何故か身体中に電流でも流れたような気がした。

なんだ?

「客人、聞いての通りだ。これより戦が始まる。お前は一時隠れているがよい」

「は、はい、分かりました」

これは大変なことになってきた。

直ぐに一人の若いというよりまだ子供のような武将姿の男が走り込んできた。

「広之進、参上しました」

「おうヒロ。よく聞け。まもなく戦が始まる。厳しい戦いになるだろう。よいか、お前はこれより信吉と共に世話役衆を率いて、年寄り、女、子供、体の不自由なものをまとめ、裏山へ避難させよ」

「ははっ」

「敵はどう攻め掛かって来るか分からぬ。我等が勝利の時まで我が民を敵の手から守り抜くのだ、よいな。そして万が一、この白亜落城の折は、そのまま山を越え椎名の国まで逃げ延びよ。」

「殿…」

「何も申すな。お前は、国の宝である年寄り、女、子供、そして弱きものを守れ。分かったな」

「ははっ」

「それと、この客人も連れていけ、さ、急ぎ行け」

「ははっ」

と言って顔を上げ、私を見た。

目があった。その瞬間、私は直感し、愕然とした。

この若者は、この若武者は…

「私」だ。

この世界の私だ。

そうか前世の私なのか。

理由は分からないがハッキリと確信した。

何か言おうと思うのだが、何を言って良いのか分からない。

広之進は、私に軽く頭を下げた。

「そうだ」

お殿様は、思い出したように言った。

「ヒロ、これを持って行け。これはその客人が土産物として持参した珍しきものだ。お前なら何かの役に立てられるかもしれん」

そう言って一度ライターの火を付けて見せた。

「ありがたく」

広之進はライターを推し頂き、懐に入れた。

「殿、ではこれにて。さっ、客人殿」

先程から呆然としている私を急かして広之進は城を出た。

道端の所々にかがり火が焚いてある。

道は走り行く武将風、町人風の人々で騒然としていた。

小走りで一軒の家へ行くと、広之進は家の中へ声を掛けた。

「信吉、いるか?」

「ヒロ様」

入り口から出てきたのは、背丈二メートルを越えるような大男だった。肩幅も広く、人間離れした巨漢だ。

「信吉、殿のご命令だ。我らはこれから世話役衆と共に、年寄り、女、子供、そして体の悪いものを裏山へ避難させる」

「は、はい。あのっ、おっかぁも連れてって良いんで?」

「もちろんだ。母君も連れて行け」

「ありがてぇ。おっかぁ、逃げる準備しな」

「それから近隣宅全部に声を掛けろ。年寄り、女、子供、病人怪我人は裏山へ行くよう言って回れ。グズグズするやつがいたら、戦いの足手まといだと言え」

「へい」

「それから、この客人殿も頼む。裏山だ」

「お客さんですかい? こんな変なのも一緒に?」

変なので悪かったよ。

「馬鹿者。殿の客人だ」

「えっ、ははーっ」

「私はこれから世話役衆を集め、手分けして皆に伝え回る。みんな裏山へ集まってくるから、お前がまとめておけ。私は一番後から行く」

「へい」

「では、客人殿、のちほど」

「あ、は、はい」

私は何を言ったらいいのか、まだ分からないでいた。

「あ、そうだ。信吉」

「なんです?」

「油を集めておけ。皆に家から逃げる際、家の油壺を持って裏山へ行くよう言うのだ。それをお前は裏山で集めておけ。」

「へい、分かりました」

広之進は走って行った。

油? なんだ?

「さ、お客さん、行くよ。おっかぁも行くぞ」

信吉は母親を裏山へ続く道へ送り出し、月明かりの中、私と一緒に家々を回って声をかけた。

「敵が来るぞー。女子供と年寄りは裏山へ逃げろー。戦えるやつは城へ行けー」

続々と人が出てくる。

一集落回り終えると、我々も裏山へと通じる道を急いだ。

道が合流する度に人が多くなる。

「信吉っつぁん。助けておくれ」

道に座り込んだ老婆が声を掛ける。

「おうよ、婆さんしっかりな。大丈夫だ」

軽々と片手に抱く。

「こっちもお願いだよぅ」

「おっ、どっちだ? 待ってろ、今行く」

動けない人を背負い両手に抱えて信吉は進む。

この男、気は優しくて力持ちというのを地で行くような奴だ。

おそらく皆から頼りにされているだろう。

私も老婆を一人背負った。

子供の鳴き声もする。

赤ん坊は無理だが、物心ついた子供の相手なら私の専門だ。子供と話しながらどんどん山を登っていく。私の奇異に見える格好も、子供には面白いだけだ。

城下から山へ続く何本かの道は合流して最後には山に通じる一本の道となるようだ。

暫く登ると頂上らしきものが見えてきた。

小高い山の頂上は、広い野原のようになっていた。

やっとの思いでたどり着くと、そこには既に五十人程度の人がいた。

「おう、信吉さんかい」

「おう、みんないるか?」

「新田部落はみんな揃ってる。あんたんとこのおっかぁもいるよ」

「そうか」

まだ、次々と人が登ってくる。

信吉は途中まで降りては何人かを背負い抱えて上がってきた。

暫くすると山へ向かう人のほぼ全員が揃ったようで、登ってくる人もいなくなった。

総勢で二百人前後と言ったところだ。

信吉は油を持ってきた人から油壺を集め、一ヶ所にまとめていた。

私はそれを手伝いながら聞いた。

「あの、広之進様は、どういうお方なんです?」

「ん? ヒロ様か?  ヒロ様はお国の重役よ。あの若さで殿に直接箴言できるお立場だ。他国への使者として立つこともある」

「ほう偉い方なんですねぇ」

「それだけじゃあねぇ。あの方は心の優しい方よ」

前世の私は立派な人間だったらしい。少し落ち込む。

「実はな、あの方は俺の命の恩人でもあるんだよ。何にも出来ねぇ、とっつぁんもいねぇ、ただの大食いで暴れ者の俺を身の立つように引き上げてくんなさったお方でよ」

「へぇそうなんですね」

「それに、ここの良さは天下一品だ」

信吉は指で頭を指した。

「おまけに真面目一方の堅物ときてる」

苦笑交じりに言う。

「殿様の言うことは死んでもやるってお人でな、お城御用の事とお国の事、それとここに住む皆の暮らし向きの事以外全く興味ねぇんだ。女にも酒にも賭け事にもだぞ。だから他のご重役、特に年寄りの受けもいい」

私も銀行マン時代、「仕事一辺倒の堅物」と言われたものだが、ずっと酒は好きだ。煙草も吸う。そこは少し違うな。

「んでもよ、こっちの方はからっきしでな」

顔をしかめながら腕を指す。

「だから危ねえ時は、俺が命を張ってお守ろすると決めてんだ」

運動は駄目…か。

私の前世に間違いない。私は確信を深めた。

やがてその広之進が上がってきた。

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