第11話
週末、仕事帰りに居酒屋へ寄るのをやめ、電車に乗った。
前日に近くのホテルに泊まる事にしたのだ。
朝日を見ろと言ってたな。
朝日を見て、清々しい気持ちで考えろという事か。
まぁ、とにかく言われた通りにしてみよう。
翌朝、早起きしてホテルをチェックアウトすると公園へ向かった。
前に部屋で見た時、だいたいの位置は確認しているし、何といってもここは勝手知ったる古巣だ。
公園に入って水飲み場を過ぎ少し右斜めに進んだところに広場がある。
そこを過ぎると緩い下り坂で坂の下には小さな川が流れている。
向こう岸には屋根の付いた東屋風の建物が見える。
たしかその川へ向かう坂道のあたりの筈だ。
スマホで地図のサイトを出し位置情報で座標を確認した。
ここだ。この位置だ。
落ちていた枝で、地面に×印をつける。
あとは十二~三分ほど朝日が昇るのを待つだけだ。
こうして今見るとなかなかいい公園だ。
心の安定は目に見えているものさえ変えてしまう。
「住んでいた」時、寝る場所にしていたベンチは、今見ると意外と小さく見えた。
逆に川は思っていたより川幅がある。
そんな感慨にふけっていると空はどんどん明るくなっていった。
もうそろそろだ。
印をつけた場所に立ち朝日を探す。
周りは民家などの建物だらけで地平線から上る朝日なんてものは見えない。
建物の横から差し込む光を見つけそちらの方向を見ていると、やがて建物の上から太陽が見え始めた。
本当に清々しい気分だな。
そう思った。
確かにここへ来てあのときのどうしようもない自分を振り返り、改めて今の自分を考えて見るのも良いかもしれない。
そう思った。
直視出来ない眩しさで目を細めた。
それでも太陽の光で目がおかしくなったのか周りが白く見えてきた。
あぁ、これは目に悪い。
そう思って太陽から目を離し辺りを見た。
白いのは目が太陽にやられたからではなかった。
霧が出ている。随分濃い霧だ。
霧は、さらに濃さを増し、辺りは真っ白になっていく。
ついに太陽もぼんやりとした光の丸なってしまった。
もう周りは何も見えない。
なんだこれは。随分濃い霧だな。濃霧というのはこういう感じなのか。
動けないので暫くじっとしていると、すぐに霧は晴れ始めた。
良かった。
ホッとした。
しかしホッとしている場合ではなかった。
霧が急激に晴れていき見え始めた風景は、それまでのものと全く違っていたのだ。
え?
何?
どういう事だ?
何がなんだかさっぱり分からない。
とにかくそこはさっきまで立っていた公園ではなかった。
大きな川の土手のような斜面に私は立っていた。
目の前は一面、腰の辺りまでの草に覆われている。
なんだこれは。何なんだ?
人はそれまでの理屈とは辻褄の合わない設定の中に放り出されてパニックになった時、「なに?」
と連呼するらしい。
全く分からない状況に初め呆然としたが、だんだん強い焦燥感が襲ってきた。
何かとんでもない事が起こったのかも知れない。
別の世界に来てしまった?
まさか、そんな事はあり得ない。
じゃぁ、ここは?
嘘だろう?
どうしちゃったんだ、私は?
私の意識がおかしいのか?
私は実はこういう川原まで歩いてきたのだろうか?
その記憶が飛んでいるのか?
分からない。
そうだ、それなら少し歩くと見覚えのあるところが出てくるかも知れない。
私はそう思い少し歩いてみることにした。
どっちへ?
私は初めから決めていたかのように川沿いに進んだ。
そっちに何かがあるような気がした。
歩いても歩いても景色は相変わらず腰の辺りまでの草一面で、右手には川だ。
見覚えのある景色は出てこない。
小一時間も歩いただろうか、遠くに人らしい影が見えた。
助かった。
私はその人影へ小走りで近づいて行った。
三十メートルほどまで近づいたとき、その人影は振り返った。
「止まれ。誰だ、お前は」
その人影は…。
私は言葉を失った。
そこにいてこちらを睨み付けているのは、着物の裾をまくり帯の後ろに引っ掛けて、腰の刀のようなものに手を掛け、鉢巻きを巻いた頭はちょんまげの人間だった。
テレビドラマで見た岡っ引きの格好? ともちょっと違うな。
そんな事が頭をよぎった。
どういう事だ?
「見ない顔だな。何でそんな格好してる?」
「え、いや、その」
そんな格好って言ったって、それを聞きたいのはこっちだ。
「間者か? なら容赦しねぇ」
刀のようなものを抜いた。
「あ、ちょっと。待って。違います。違います。迷って、迷ってます」
私は両手を上げた。
その男はゆっくり慎重に近づくと右手に刀を持ったまま左手で私の体を上から下へ触っていった。
武器なんか持ってない。
武器を持ってない事が分かって安心したのか刀を鞘に納め、言った。
「お前はなんだ?」
「分からないんです、何でこうなってるのかホントに分からない。助けて下さい」
私は両手を上げながら途方にくれた声で言った。
私の声があまりに悲しげで切羽詰まったものであったからなのか、その男はすこし唖然としたように見えた。
警戒が解けたのか、その男の目つきは変わり、むしろ親切で純朴そうな表情をした。
「分からないって、何言ってんだ、おめぇ。頭おかしいのか? どうした?」
「ええ、そうかもしれません。何がなんだかホントに分からなくて…」
男は私をじっと見た。
純朴そうな眼差しは次第に同情的なものになっていった。
「お前、ホントに分かんねぇのか。何があった?」
「それが…それも分からなくて」
私は泣きそうになっていた。
「困ったなぁ。じゃぁ、ともかく親方様のところへ連れていくから。おとなしくしてろよ」
そう言った。
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