第9話

翌日は、雨の日だったが、そんなことはかまわず居酒屋へ行った。

なにか井口と話すのが楽しみになっているようだ。

あいつは明らかに私と似ている。だから何の話題で話しても私の考えている通りの答えを返してくれる気がする。

それにあいつが「残り時間が少ない」という言葉も引っかかっていた。

店に入ると井口はすでに他のお客と和やかに話していた。

「あ、先生。こっちこっち、こっち座って下さいよ」

自分の隣の椅子を指して言った。

「今日はずいぶん乗ってるじゃない」

「ええ、先生のお陰です」

「まぁた、何を言ってるんだか」

「いえ本当です。先生のお陰でいろいろな事がすっきり分かりました。私は自分が何者なのか分かったような気がします。そして多分私は解法のない問題に正解が出せたと思います」

「え、そうなの?」

「はい」

羨ましい。私には一生無理だろう。

それからひとしきり他愛のない話をしたが、その日の井口は饒舌だった。

少し酔った井口を初めて見た。

「先生、これから世の中はどうなっていくと思います?」

「そうだねぇ。世界はどんどん不安定な方向に向かってるような気がするなぁ。日本ももっと住みにくくなるような気がする」

「正解」

「え?」

「どんどん危なくなります、世界は。そして戦争が起こる」

「おっ? 出たな、井口の大胆予想、第三次世界大戦か?」

私は笑った。

「いやぁ、局地的なものです。超大国同士の」

「そしてどうなる?」

「勝った国が世界のリーダー的な国になりますけどまだ戦争は終わらない」

「ほう、どういうこと?」

「内乱が起こるんです大国の中で。でも、他の国の庶民はそれが何の内乱なのかよく分からない。そんな変な騒乱が始まります」

「ん?」

「それは世界中に飛び火するんですけど、何だかよく分からないうちに終わります」

「何だそれ。何の話?」

「いやいや単なる予想、予想ですよ」

井口は続けた。

「でもね、そこから世界は変わっていきますよ、先生」

随分ザックリした話だ。

私は苦笑した。

「あ、そうだ。ママ、紙と、なんか書くものあります?」

メモ用紙とボールペンを受け取ると井口は何か書き始めた。

やがて彼はパソコンの地図に出てくるような何か座標のようなものを書いてよこした。

「これは?」

「先生が何か人生に迷ったときは、この座標の地点に立って昇る朝日を見て下さい。

きっと何か参考になる事がある筈です。」

「はっ?」

「いえ、少し占いみたいなものに興味がありましてね。お遊びです。お遊び」

井口は微笑んでそう言った。

相変わらず変なことを言うやつだ。相当酔ったか?

まぁ、それでも飲んだときの余興みたいな話だし、そのノリで受け取っておこう。

だいたい、いい笑顔してるじゃないか。

「ありがとう」

「それと」

彼は続けた。

「実は今夜で、私、お別れです」

「えっ?」

また、訳の分からないことを言い出すなぁ。

「えっ、井口さん今日でお別れってどう言うことなの?」

これにはママも割って入ってきた。

「いえ、実は一週間ばかりここに滞在させてもらって…その、ちょっと考えたいことがあったもんですから」

「考える為の小旅行という事だったのか?」

「うーん、まぁ、そんなようなものですかね」

またまたはっきりしない。

「んで、その考えたいことってのはなんか結論でたの?」

ママも気になるらしい。

「ええ、いろいろな事がハッキリ分かりました。安心できたというのかなぁ。満足な気分です。あとは戻って私が行動する番なんです」

何かをやる方向に決めたのだろう、おそらく。

「そうなの、それならよかったけど。じゃぁ、今日は送別会になるわね」

ママには多分よく分からない話だろうが、彼女はかまわず聞き流して、サーバーから生ビールを一杯注いだ。

「これはあたしのおごり」

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