第7話

父の夢を見た。

夢の中で父は昔と同じように居間の座椅子に座りじっと私を見ていた。

長方形の座卓を挟んで反対側に対峙して座る私は、父が何か言ってくれるのを待っていた。

しかし父は何も言わず、ただじっと私を見ている。

そんな夢だ。

父は、不器用な人だった。

人付き合いも商売も上手いとは言えず、その為か家は貧しかった。

自営で不動産仲介業を営み、定年もないので死ぬまで働いた人だったが、およそ金儲けというものに興味がない人だった。

古いアパートや借家専門で安い家賃の家に裕福とは言えない人達を世話するのが専らだった。

そういう事もあってか、世話した入居者の中には貧しさ故に生活が乱れてしまう人もいて、その面倒をみたりすることもあったようだ。もちろん一銭にもならない雑用だ。

時代的に同業者は皆豊かな暮らしをしているように(外からは)見えたが、うちに限っては最後まで借家住まいだった。

そんな子供時代、私はやはり金がないと駄目だと思った。

しかし父が亡くなった時、身内だけでひっそり見送ろうとしていた通夜に五百人を越える弔問客が訪れ大変なことになった。

玄関の前に順番待ちの列ができた。

葬儀も多くの人で一杯になった。

正直、驚いた。

口数も少なく商売下手で金もない。しかし人望は別なのだと思った。

「あんたのお父さんは真っ当な人だったよ。優しい人でねぇ、私もお世話になった」

「筋の通った人だったね。悪いことはしない人だった」

こんなにも多くの人に、それも動員を掛けられたわけでもなくそれぞれの想い出を持つ人達に見送られる父の人生は本当の意味で幸せなものだったかも知れない。

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