第5話

私は以前、銀行マンだった。

地方の支店にいたが、かなりやる気満々で成績も優秀。

客からの信頼も厚く、融資に関してはかなり融通を利かせて感謝されていた。

一日中外を回っている事も多く、当時その地域で商売している自営業の社長は殆ど知り合いだった。

その中でも、中年で脱サラした旦那が奥さんと二人で始めたグループホーム、そして居酒屋の大将が居酒屋とは別に始めた片親の子供の為の子供食堂への融資は、銀行がやるべき事だと思った。

そのころの私を、山田は知っている。

証券マンだった山田とは仕事で知合った。

奴はそのころ奥さんと二人で親の介護をしながら子育ての真っ最中で、その大変さを知るからか、子供や老人の事が気になるようだった。

二人で、老人ホームと塾と保育園を合体させた施設を作る夢なども話したものだ。

だがその頃の私は、客というのは自分の仕事の種でしかないと思っていた。

良い関係でいるのも仕事上の事であって、どうせその程度のものなのだと思っていた。

やがて世の中の景気がおかしくなった。

銀行の経営も怪しくなり、融資を止めたり貸しはがしたりが、業務命令として出された。

私は手のひらを返したように貸しはがしを始めた。

借りて欲しい時には夢物語を語り追加融資を口約束してまで借りてもらった融資の続きさえ止めた。

当然私は鬼のように言われたがかまわなかった。

泣いてすがられた時など心は痛んだがどうせこの支店は踏み台だ。

ここで成績を上げて本店へ行き、そこで国際金融取引をするのが夢なのだ。

これは仕事なんだと自分に言い聞かせた。

だが一軒二軒と自分が関わった会社が倒産し、その家族が夜逃げしたり一家離散したりしていくのを見て自分の心が壊れていくのが分かった。

私がお客に「仕事」と称してやってきたことは、単なる「仕事」ではなかった事に今更気が付いた。

それでも、もうどうしようもない。

二棟目の増築契約をしたタイミングで融資を止めたグループホームが破産したところで銀行を辞めると決め、従業員三十人を抱える創業二十五年の金属加工工場の社長が首をつって私は完全に壊れた。

もう何もかもどうでもいいと思った。

勝手な話だ。

私は何年間もいったい何をしてきたんだろうと思った。

人を不幸にするために生きてきたのか。

私は金も家も、持っているものの全てを私が貸しはがしをしたお客へ補填し(全然足りないが)、消えた。

住み慣れた街を離れ行った事のない土地でホームレスの生活を三か月ほどした。

一日中公園でぼんやり過ごす日々を送った。

手持ちの金が無くなると、ショッピングセンターや公園のゴミ箱を漁り誰かが食い残して捨てた弁当を食べた。

そんな生活を続けていたが、そのうち違う人生をもう一度だけ歩みたいと思うようになった。

勝手な話だ。

やがて日払いの肉体労働をするようになり、履歴書を書いて近くの塾のポストに入れた。

体力も資格もないが塾講師のアルバイトならできると思った。

運よく採用になり塾のバイトで少しずつ金をため(夜は公園のベンチで寝て)、勉強もやり直して、この町、私の事を誰も知らないこの町へ移った。

ここでまた採用試験を受け、塾の正社員なって今に至っている。

いろいろな事が落ち着き、昔の事もそうは思い出さなくなった。

私は一回死んだと思い、今はおまけの人生だと思って生きている。

ひっそりと暮らし、ささやかな心の平和を味わっているつもりだったが、最近になって、時々父の夢を見るようになった。

そしてその度に、大事な何かを忘れている気がする。

山田が訪ねてきたのは父が夢に出始めた頃、二か月ほど前だ。

私をどうやって見つけたのか聞いても言わなかった。探偵にでも頼んだのだろう。

そして昔の夢、そう「老人ホームと塾と保育園の合体施設」を実現させようと言うのだ。

山田は景気が悪くなると早々に証券会社を辞め、価格が下落した不動産を買い成功したらしい。

今では、都内含め隣県に貸しビルをいくつか持つ不動産会社の社長だ。

潤沢な金があるのに私なんかをわざわざ探し出して声を掛けて来るなんて全く変な奴だ。

ともかく、山田が持ち掛けてきた話、老人と子供の、それもあまり恵まれた環境にない人達の為の施設を作る夢に乗るかどうか迷っている。

話しとしては一見、出来過ぎたほど良い話に見えるが、実際、事を始めたらそう簡単にはいかない、当然だ。

各所への許可の申請、届け出などは問題ない。

問題は金、運営資金だ。

入所者からいくらかの金をもらう事にはなるだろうが、そういった理念の施設がそんな金で運営できる筈はない。

高級老人ホームを作るわけではないのだ。

公的補助金、各所からの寄付金で運営しなければならない。

ギリギリの運営で、入所者の生活レベルをどの程度にできるか、レベルを下げない為に、入所者からいくらもらわなければならないのか、結局誰かを切り、誰かを救う。そこには苦い決断も必要だろう。

そういったことに今の私は耐えられるのか?

自信は全くない。

金儲け等全くする気はないが、小さくない金をマネジメントしなければならなくなる。

今は、金に直接関わる仕事をしたくない。

どうすればいい?

父は、どうしろと言うだろう。

答えはまだ出ない。

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