第10話 名前
「全然覚えられない……」
先輩が本を閉じてうめいた。
「何がですか?」
「やー、今、翻訳小説を読んでるんだけど、登場人物の名前が全然覚えられなくて」
「あるあるですねぇ」
私も身に覚えがある。
「なんでこんなに覚えられないんだろうね? 日本のファンタジー小説の登場人物なら、カタカナでも覚えられるのにさ」
「前にネットで見たんですけど」
と予防線を張る。
「名前の響きから想起するイメージがそもそも違うみたいですね。こっちだと“アリス”は幼い女の子っぽいですけど、向こうだと古めかしく感じて、お婆さんのイメージだとか」
「なるほどね、日本人がつけるカタカナの名前は作者と読者でイメージするものが一緒だからすんなり馴染むってことか」
「ま、そういうことです」
「そうすると、翻訳小説の登場人物名を覚えるためには母語の文化に精通する必要がある―――ということになっちゃわない?」
「なりますかね……でも、それってほぼ不可能なのでは?」
「“キリスト教問題”と同じだなぁ」
急に新しい用語が出てきた。
ま、なんとなく言わんとしていることはわかるけれど。
「―――それって、キリスト教の知識や考え方が理解できてないせいで、登場人物の感情や行動がイマイチ腑に落ちないアレですか?」
「それそれ、さっすがふーちゃん、わかってくれると思ったよ」
「小説だけじゃなくて、映画でもありますよね。変な言い回ししてるなって思って後で調べたら聖書の引用だったりとか」
「あるねー、そういうのが続くと、翻訳モノに手を出すのを躊躇っちゃたりするんだよね。面白そうって思うのにさ。で、なんか負けたみたいな気持ちになったり」
なんとかならんもんかね、と先輩がため息をつく。
「“キリスト教問題”は無理ですけど、登場人物の名前の件なら対策はないではないですよ」
「ほほう、聞かせてもらおうじゃないか」
なんで偉そうなんだ。
「ま、単純なアナログ力押しですけど―――」
と前置きしながら、私はカバンからルーズリーフを取り出す。
「自分で登場人物表を作ると覚えられますよ」
1枚あげます、と差し出すと、
「なんか試験勉強みたいだ……」
ぶつくさ言いながらも、先輩は本をペラペラめくりながらメモを書き始めた。
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