第9話 叙述

「好きになったら負け、みたいな話なんだけどさ、」

 いつものように先輩が唐突に話しかけてくる。


「恋愛の話―――ではないですよね?」

 と確認しつつ、きっとこのひとにで負けているひとがたくさんいるんだろうな、と益体のない想像をする。


「残念だけど今回は別。ミステリーのジャンルの話なんだけど」


「いわゆるイヤミスとかバカミスとかの話ですか?」


「ううん、『叙述トリック』の話」


「ええっと、叙述トリックって割と王道な部類になると思うんですが」


「例えば、密室殺人もののミステリーが読みたかったら、『密室殺人 おすすめ』で検索すれば良いけど―――」


「あ。そうか……探せないんですね。叙述トリックが使われているって情報自体がネタバレになって、叙述トリックを楽しめなくなってしまう」


「そ。『密室トリックが使われている』は致命的なネタバレじゃないけど、『叙述トリックが使われている』は致命傷ってこと」

 先輩が、ふぅ、とため息を吐く。


「斯くして、叙述トリック好きは連帯することもできず、孤独にミステリーを読み漁るのであった……というわけで、ここに読み終わったばかりのミステリー本があるんだけど、どう?」


「タイトルすら見せないでください」

 先輩が差し出すそれから目を逸らす。


「そのうち、忘れた頃に貸してあげるね……」

 そう言って、先輩は本をカバンにしまい込んだ。

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