第8話 蛇足
「完全版がでるんですよ……」
私は力なくうめいた。
「どしたの? おねーさんに話してごらん?」
本から顔を上げた先輩が冗談めかした顔で言う。
「数年前に完結したマンガをですね、さんざん迷った末にこないだ買ったんです」
言いながら、私はスマホの画面を先輩に向ける。
「お、読んだことあるよ、これ。面白いよね。それで―――」
すっと、先輩の白い指が画面の上を撫でる。
「ははぁ……全巻に書き下ろし表紙と、4pおまけマンガ、1巻には声優との対談、2巻は編集者との裏話などなど、豪華コンテンツを収録の完全版を6ヶ月連続刊行、と」
「この完全版がでることによって、私の持ってるのは自動的に不完全版ということになるわけです」
「買うの?」
「買いたい気持ちはありますし……好きなものにお金を使うのはやぶさかではないんですが……」
「まぁ、どうせなら気持ちよく払いたいって感じ?」
「まさしく。無限にお金があれば躊躇しないかもですけど、実際そうではないわけですし」
「なるほど……それなら、さ―――」
先輩がニヤリと笑う。
「―――発想の転換をしてみたらどうかな?」
「と言いますと?」
「今、ふーちゃんが持ってるマンガを完全版だということにする」
「いや、だから完全版がこれからでるんですって」
「違うね。それは、蛇足版だ」
「蛇足……」
「当時とは微妙に変わってしまった絵柄! その頃の年齢だからできた瑞々しい描写が失われ、さらには毒にも薬にもならない話であることがほぼ確定している描き下ろし! 対談!? 裏話ぃ!? 作品の外側のことなんて、蛇足も蛇足だ!」
おおぅ、断言されると、なんだか納得感があるような……。うう、でも―――
「わからなくは、ないですけど……やっぱりファンなんで、そこまでは割り切れないというか……」
「ま、そうだよねぇ。ちなみにあたしは、図書館で借りたハードカバーの本が面白くて、文庫で買ったら、『加筆修正』で好きだったセリフが変わってて、結局探して買い直したことがあるよ」
「それはまた、辛い経験をお持ちで」
「完全版、買ったら貸してね」
「―――……はい」
わたしはうなだれるようにうなづいた。
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