第40話 エピローグ
豪奢な飾りつけや調度品が配された"紫の間"。
くしくもあの婚約破棄の日と同じ控えの間だった。
手配したドレスは、ロディーヌとメアリーの双方を満足させる豪奢なものだった。
今日はリューウェインの戴冠式だ。
その後は国民総出で、何週間も続く祝祭が始まるのだ。
目の前の鏡をのぞく。
そこには十八年間付き合ってきた女の顔があった。
張り詰めた肌。
青い瞳。
若く美しい女性の顔がこちらを見返していた。
何より瞳の中には、強い意志と希望に満ちた光がある。
一年程前とは別人のような顔だった。
あれからなんと状況が変わったことだろう!
あの時はこんな事になると思いもしなかった。
もしあの時、婚約破棄されていなかったら?
もし公爵と出会わなかったら?
しょせん人の運命とは、偉大なる創造神ルゴスの掌の上なのかもしれない。
だとしてももう下を向かない。
諦めない。
運命に押しつぶされない。
ただ前を見て生きていくのだ。
これからは。
「いやぁめでたいめでたい」
背後で声がした。
ロディーヌとメアリーは振り向く。
「きゃっ。なんなんですかこれは?」
「またまたまたご挨拶だね。このホルバン様をつかまえて」
「メアリー、
「あぁ」
メアリーの顔に納得の表情が浮かぶ。
「おいらは信じてたよ。いつかこんな日が来るとね。うんうん」
一人つぶやくホルバンを、メアリーはうさんくさげに見ていた。
ロディーヌはふと思い立って、ホルバンに聞いてみる。
「ねぇ、ホルバン。あなたは知ってたの?私のこの力の事」
そう言ってロディーヌは自分の額を指し示す。
エリウの
「そりゃあね。だから前に言ったろ。あんたは聖女なんかじゃないって」
「まぁ」
「あんたの額には
そう言ってホルバンはげらげらと笑った。
「何で教えてくれなかったの?」
「教えても信じなかったろうよ。それに
神と人、というより神と半神半人の英雄たちとの決まり事だ。
何々をしてはいけない、何々を話してはいけない。
そういった約束を行う事によって、神々から力を得るのだという。
「妖精の国はそりゃ大騒ぎだったよ。とうとうエリウの力を継ぐ者が現れたって」
ロディーヌとメアリーは振り返って鏡をのぞく。
額にはうっすらと
ふと鏡の横の像に目を止める。
女神エリウの像だ。
額に刻まれているのは、太陽と月と星を組み合わせたエリウの紋章。
優しく穏やかで、懐かしさを感じさせる表情だった。
だがどこかで見た記憶がある。
そういえば以前に聞いた。
ホルバン達妖精は、元々は神々の末裔なのだと。
「ねぇ、ホルバン。妖精の女王様ってもしかして」
振り返ると、ホルバンはもういなかった。
相変わらず神出鬼没の気まぐれぶりだ。
まぁいい。
生きていればまた会う事もあるだろう。
メアリーが遠慮がちに声をかけてきた。
「ロディーヌ様、そろそろ時間ですわ」
「わかったわ。行きましょう」
部屋を出て、儀式の広間に向かう。
煌びやかな飾りつけ。
豪華な照明。
名工が意匠をほどこした柱。
これからはずっと、ここがロディーヌの家だ。
しばらく進むと前方に広間に向かう人の集団が見えた。
ロディーヌは声をかける。
「公爵閣下……いえ陛下」
リューウェインは彼女の方を振り返ると優しく微笑んだ。
「おお、ロディーヌ。綺麗だね」
「あら陛下。ありがとうございます」
「ロディーヌどうした?」
ロディーヌの様子に、いつもと違った気配を感じ取ったのかもしれない。
どこまでも優しい人だった。
「いえ、陛下。今日はまだ愛していると言って頂いていないと思いまして」
「なっ……」
リューウェインの顔が赤らむ。
ロディーヌは少し悲しそうな顔をしてみせた。
我ながら性格が悪くなったものだ。
周囲の人間は二人を遠巻きにして、そっぽを向いている。
中には笑いをこらえきれぬという顔をしているものもいた。
リューウェインはロディーヌを抱き寄せた。
「愛してるよロディーヌ」
「はい、私もお慕いしてますわ、リュー」
「そろそろよろしいですか、陛下」
ルーシャスがいささか憮然とした表情で言う。
一同から笑い声が起こる。
ルーシャスがいる、執事長のエドモンドがいる、メアリーがいる。
そしてレンスターの家臣たち。
王宮の使用人たちも。
彼らの顔も一様に明るく、希望に満ち溢れているように見えた。
「国王リューウェイン一世陛下、王妃ロディーヌ殿下ご入場」
式典係の声が響く。
「じゃあ、行こうか。ロディーヌ」
「ええ、リュー」
そして二人は光差す扉の向こうへと、足を踏み入れて行った。
(完)
偽物聖女は冷酷公爵様と幸せになります 流あきら @raki48qew
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