第36話 陰謀

「お前の見ていたものは幻覚さ。最初から全て」

 リューウェインが言葉を発する。


 ロディーヌはそのリューウェインの側に立っている。

 

 ショーンがコルデリアだと思っていたのはロディーヌであった。

 無論、ロディーヌの魔法でそう思いこませていたのだ。


 王が死んでいるように見えたのも。

 キーヴァが部屋を出て行ったように見えたのも。

 部屋の中にいるリューウェインが見えなかったのも。


 すべてロディーヌの大賢者エリウの力によるものだった。


「ふん。だから何だというんだ」

 ショーンは顔をゆがめて吐き捨てた。


「この期に及んで白を切るのか、ショーン」

「何の事かな?」

「お前が第一王子を殺し、王を病に陥らせ、俺を暗殺しようとした事だ」

「それで?一体なんの証拠があるんだね、公爵閣下?」


 ショーンは父王の方を向いて言った。


「父上が亡くなったと聞いて動揺していまして。意味不明な事を口走ってしまったのはお詫びします」


「ショーン。これ以上わしを失望させるな」

 国王は重々しくショーンに告げた。


 その言葉はショーンから激烈な反応を引き起こした。


「あなたはいつもそうですね父上」

 それは思わず出てしまった言葉のようだった。


「ちゃんとしろ。王子らしくしろ。わしに迷惑をかけるなと。あなたのせいで母上は……」


「もうその辺りでいいだろう」


 リューウェインが鋭い声を上げた。


「調べはついている。魔術師ギルドの人間が白状した」

「僕は知らないよ」

「そうか?それにその右腕の傷だ。この光の剣クラウ・ソラスでつけたものだ」

「……」


 リューウェインは腰の光の剣クラウ・ソラスを抜き、ショーンに向ける。


「あの地獄の悪鬼グレンデルはお前だろう?あの怪物の右腕が切られていたのは多くの人間の目撃証言がある」

「何のことやら」


 その時、ショーンの右腕から血が滴り落ちる。

 袖口は真っ赤に染まっていた。


光の剣クラウ・ソラスで付けられた傷はそうそう治らんぞ」


 リューウェインがその言葉を発した瞬間だった。

 ショーンはいきなりロディーヌに飛び掛かろうとした。


 人質にして、脱出をと思ったのかもしれない。

 だがそれは賢明ならざる判断だった。


 いきなりショーンの動きが止まる。

 薄い光の繭につつまれ、身動きが取れなくなっていた。


「ロディーヌ……おまえ……まさか」


 ショーンはロディーヌを見る。

 ロディーヌの額にはエリウの紋章が浮かび上がっていた。


「連れていけ」

 リューウェインは命じる。

 いつの間にか部屋にいた衛兵や魔術師達は王子を取り囲む。

 もはや観念したのか、ショーンは唇をかむと、衛兵たちと共に部屋を出て行った。



 ロディーヌはほっと一息つく。

 自分でも思った以上に緊張し、消耗していたらしい。


 リューウェインはそっとその肩を抱いた。


「よくやったな、ロディーヌ。ありがとう」

「いえ……」


 ロディーヌが答えたのはそれだけだった。

 実際、初めて意識的に力を使って疲れていた。

 そばにあった椅子に、倒れこむように座り込んだ。


 そのロディーヌにメアリーがそっと、水の入ったグラスを差し出す。

 ロディーヌは無意識にグラスを受け取り、飲み干した。


「陛下、ご協力ありがとうございました」

「いや、わしも最初は信じられなんだがな。今は信じざるをえん」

「お体は大事ございませんか?」

「何ともないよ。そこのロディーヌ殿のおかげだ」


 これは最初からショーンの陰謀をあばくための計略だった。

 国王の病を治し、一芝居うつように協力を求める。


 実際はほとんどがロディーヌの力によるものだった。

 城に悟られずに出入りするのも。

 コルデリアを軟禁するのも。

 王子に幻を見せるのも。


 全てうまくいった。

 大賢者エリウの力に対抗できる人間はこの国にはいないのだから。


「すまんな、リューウェイン。少し休ませてくれんか」

 国王は力ない声で言った。

 まだ感情が整理できないのだろう。


「わかりました。どうぞごゆっくり」


 リューウェインの言葉で、ロディーヌ達は部屋を出る。

 当然王の部屋の前には、レンスター家や王国軍の兵多数が護衛についていた。


 リューウェインはルーシャスに何か囁いていた。

 ルーシャスは軽くうなずくと、その場を離れる。


「これから、コルデリアに会いに行く。君はどうする?帰って休むかい?」

 リューウェインはロディーヌに問いかけた。


「いえ、私も行きます」

 反射的にそう答えた。

 

 今回の件はあくまでコルデリアが自分で選んだ事だ。

 だが、ロディーヌ自身にも、全く無関係とは思われなかった。

 そしてロディーヌ達一行は、コルデリアが軟禁されている東の塔へと向かった。



 コルデリアがいる室内は豪華な調度品が配置されていた。

 まがりなりにも名門の貴族出身で、ショーンの妻である。

 軟禁とはいっても、牢獄とはほど遠い場所だった。


「丁重に扱っているだろうな」

 リューウェインの言葉はそれほど強いものではなかった。


「もちろんでございます。ですが何もおっしゃいませんので」

 係官は、恐縮したように頭を下げる。


 実のところ、大体の事情は判明している。

 コルデリアの部屋からは、呪殺に使う魔道具が発見された。

 そしてここ数日の王子とのやりとりは、ロディーヌの力によって暴かれている。


「何の用かしら?」


 コルデリアは強い視線をリューウェインとロディーヌに向ける。


「ショーンは捕らえられた。お前たちの計画はもう終わりだ」


 リューウェインの言葉にコルデリアは軽い驚きの表情を浮かべた。

 だがすぐに平静な顔を取り戻す。


「そう。では彼に聞いて。私は何も知らないから」


 ロディーヌはコルデリアに語りかける。

「なぜなの、コルデリア?なんであんな事したの?」


「なぜなの、ですって?」

 コルデリアはロディーヌをにらみつけ、人差し指を彼女に向ける。


 リューウェインや護衛達がロディーヌをかばおうと前に出ようとするのを、軽く制する。

 どのみちこの部屋は、周囲にいる魔術師達の力で、大した魔法は使えない。


 コルデリアは魔法を使う事ができずに、唇をかむ。

 その時、再びロディーヌの額が光り、エリウの紋章があらわれた。


 コルデリアの体は浮き上がり、後ろにあった椅子へと移動する。


「……それは……なんであんたが……」

 ロディーヌの顔を見ながら、コルデリアはうめくような声をあげた。


「あんたはいつもそう。大人しそうな顔して、いつも私の欲しい物を奪っていくんだわ」

 そう言ってコルデリアは、奔流のように言葉を発し始めた。


 幼い頃、屋敷の片隅で泣いていた事。

 父と母の喧嘩。

 ようやく父と暮らせるようになった日の事。

 

 魔力に目覚めた時の事。

 第二王子の婚約者は聖女の力に目覚めたロディーヌになった事。

 婚約破棄でようやくエリン王国の王子と結婚できた事。


「私はもう惨めな思いはしたくないの。私は……私は……」

 コルデリアは言葉を詰まらせた。

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