第35話 王の死

 レンスター公爵リューウェインが亡くなったという知らせは、またたくまに王都を駆け抜けた。

 多くの人は嘆き悲しんだ。

 

 リューウェインは、下級貴族や兵士や民衆に人気があった。

 社交的な付き合いをほとんどしなかったため、上級貴族にはそうでもなかったが。


 そしてリューウェインの葬儀が行われてから十日後の事だった。


「何?父上が亡くなっただと?」

 第二王子のショーンのもとにその一報が届けられたのは、正午を少し過ぎた時だった。


「は、はい。たったいま」

 報告に来た侍女の顔は青ざめている。


「この事を、他の者には言っておらんだろうな?」

「もちろんでございます!殿下にしか申し上げておりませぬ」


 再度固く口止めすると、ショーンはコルデリアのもとに向かった。


「どういう事だ、コルデリア?殺すなと言ったろう」

「し、知らないわ。私のせいじゃない!」


 コルデリアは唇を引き結んで抗議した。

 ショーンは顔をゆがめる。

 今更言っても仕方のない事だ。


「とりあえず、父上の所に行く。お前も来い」


 コルデリアの手をつかむとショーンは王の部屋へと足を運ぶ。


 部屋の前には侍女や衛兵達がいた。

 皆一様にうなだれている。

 ショーンの姿を見ると、あわてて礼をする。


「父と二人きりになりたい。お前たち下がってくれ」

 ショーンはそう言って、衛兵たちを追いやった。


 部屋の中には当然ながら、国王の愛妾のディグビー伯爵夫人キーヴァがいた。


 ショーンは黙ってベッドに近づく。


「父上……」


 そう言ってはらはらと涙を流す。

 横にいるコルデリアもうなだれていた。


「ショーン……心中お察しするわ」

 ハンカチで顔を覆っていたキーヴァが言う。

 彼女自身も目を真っ赤にして泣きはらしていた。


「キーヴァ……あなたこそ」

 ショーンは沈んだ表情で言った。

「いつも父のそばにいてくれてありがとうございます」


「とんでもないわ」

 キーヴァは絞り出すような声を上げた。

 それ以上言葉をつづけられないようだった。


「……その、キーヴァ」

「何かしら?」

「しばらくは父と二人きりにしてもらえないでしょうか」


「ああ」

 キーヴァは何か納得した表情を浮かべた。


「ごめんなさいね、気づかなくて」

「いえ、こちらこそ。父と僕とそして妻だけで話をしたいんです」


「わかったわ」

 そう言ってキーヴァや周囲の侍女達は部屋を出て行った。


 ショーンはしばらく気配をうかがう。

 どうやら近くにはいないらしいと確信する。

 念のためにコルデリアとともに、部屋に障壁バリアを張った。


「おかしい……なぜだ!」


 ショーンは苛立った口調で喋る。

 その顔に浮かんでいるのは、悲しみでも驚きでもなかった。


「あの程度で死ぬはずなない。死なないような呪力のはずだろう、コルデリア?」

「怒鳴らないで!私のせいじゃない。アングルの魔術師のせいでしょ!」


 ショーンはしばらく押し黙った。

 

「まぁいい……」


 自分を納得させるように呟く。

 そして父王の死体に話しかけた。


「ほんとうはもっと苦しんでから、死んでいただきたかったんですけどね」

 その口調には恨みも憎しみも無いかのようだった。


「あなたは立派な方ですよ、父上。僕の気持ちなんてわからないでしょう」


 そして誰にともなく語り始めた。

 敵国のアングル王国の姫との子として産まれ、宮廷ではずっと白い目で見られていた事。

 父や廷臣達の愛情も注目も、ずっと第一王子の上にあった事。


 母が死んだ時も、父王は姿を見せなかった事。

 頭脳は第一王子のアランにかなわず、武勇はリューウェインにかなわない。


 ショーンは臣下に格下げした方がいいと、陰口をたたかれていた事。

 死に物狂いで努力して、魔術師の力を身につけた事。


「でも、もういいんです。みんな死んでしまったんだから」

 ショーンはにやりと笑った。


「……どうするのこれから?」

 コルデリアがショーンに問いかける。


「どうする?決まってる。僕は王になり君は王妃だ。嬉しいだろう?」


「私が喜んで手を貸したなんて、思わないで欲しいわね」


「兄上の事か?それともレンスター公爵かな?君は君のためにやったんだろう」


 ショーンは笑っていた。

 自分でも何がおかしいのかわからないまま。


「兄を殺し、父を殺し、リューウェインを殺し。君は本当に役に立ってくれたよ。僕は君を愛しているんだよ」

 ショーンは、優しげな口調でコルデリアに語りかける。


「僕はアングル王家の血も引いている。エリンの王になり、そしていずれはエリン・アングル連合王国の……」


 その時地の底から響くような声がした。


「ショーンよ……」


 それは死んだはずのダーメット二世の声だった。


 少なくともショーンは卑怯者であっても、臆病者ではなかった。

 一瞬の驚愕の表情の後、平静を装って声を出した。


「父上、生きておいでなのですか!お亡くなりなったと報告があったのですが、いやはや人騒がせな……」


「ショーン。やはりお前だったのか、リューウェインの言う通り」

「リューウェイン?何を言っておられるのです、彼は死んで……」


 その時もう一つの声がした。

 この場にいるはずのない人間の声。


「もういいでしょう。観念なさることですな、王子」


 ショーンは声のした方を振り向く。

 それはレンスター公爵リューウェインその人だった。


「馬鹿なっ」


 ショーンの顔に驚きが広がる。

 リューウェインが生きていたというだけではない。

 確かにこの部屋には、王と自分とコルデリアしかいなかったはずだ。


 それにコルデリアの力も借りて、障壁バリアを張っている。

 例えエリン王国の上級魔術師であろうと、この障壁バリアは破れないはずだ……


「コルデリア!一体どういう……」


 ショーンの隣にいたはずのコルデリアはいつの間にかいなくなっている。

 前を見ると、彼女はリューウェインの横に立っていた。


「コルデリア、お前まさか」


 そのショーンの言葉を遮るようにリューウェインが言う。


「もういいぞ。ロディーヌ」


 その言葉と同時に、部屋の中が急に明るくなった。


 ショーンの目は、部屋の中にいる人間をとらえた。

 父王、愛妾のキーヴァ、リューウェイン、そしてリューウェインの横にいるのは……


「ロディーヌ?お前がなぜ!」


 ショーンの声は悲鳴のように鳴り響いた。

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