第34話 反撃開始

「ここは……一体……ロディーヌ?」


 リューウェインの目がロディーヌを見る。


「リューウェイン様……」


 ロディーヌの目に涙が浮かぶ。

 それ以上何も言えなかった。


「そうだ。俺は、あの地獄の悪鬼グレンデルと……そして……」

 リューウェインはロディーヌの手を握りしめる。

「また君に助けられたんだね、ロディーヌ」


「リューウェイン様!」

「公爵様!」


 周囲の皆がベッドに近づき、喜びをあらわにする。

 涙をこらえきれない者も少なくなかった。


「リューウェイン様……」

 涙を流してすがりつくルーシャスの肩にそっと手を置く者がいた。

 メアリーだった。


「何?」

「ほら、さっさと外に出る」

「なんだよ!」

「鈍いわねぇ、あんた」


 そしてメアリーは周囲の使用人達に呼びかけた。


「公爵様もご無事だったようだし、みんな一旦退室しましょう」


 メアリーの意図を察したのか、部下や使用人達は出口に向かった。

 リューウェインは退出しようとしたルーシャスに何かささやく。

 ルーシャスはうなずいた後、部屋を出て行った。


 残されたのは、リューウェインとロディーヌだけになる。


「ロディーヌ……君はやはり……」 

 リューウェインはロディーヌの額に浮かぶエリウの紋章を見つめていた。


「リューウェイン……様……」

 ロディーヌはそれしか言えなかった。


「ありがとう、ロディーヌ」

「とんでもありません!私……私」


「だが多くのものが死んでしまった。私のために」

「でも……リューウェイン様は生きておいでですわ。彼らの思いを無駄になさいませんよう」


「君の言う通りだロディーヌ。彼らに貰ったこの命、大切にしよう」

「はい」

 

 ロディーヌはそう言うと、リューウェインの胸にすがりつく。

 涙がこぼれて止まらなかった。


 リューウェインはその肩をそっと抱きしめる。


「……またひどい顔になっちゃいましたね」

「そんな事はないさ」

「でもいいんです」


 ロディーヌは顔を上げてリューウェインを見る。

 二つの瞳が重なり合った。


「ロディーヌ」

「はい」


「そういえば、まだ言ってなかったね」

「はい?」


「愛してるよ。誰よりも」

「……はい、私も。愛してますリューウェイン様……」



 翌日の公爵の執務室――


 

 部屋の中には四人の人間がいた。

 ルーシャス、エドモンド、ロディーヌ、そしてリューウェインだ。


 ルーシャスとエドモンドはロディーヌをちらりと見る。

 額にはまだエリウの紋章が浮かび上がっていた。


 まずリューウェインが口を開く。


「この度は心配をかけた。そして勇敢な部下達を失ったのは私の失策だ。皆に詫びねばならん」


「何をおっしゃいます」

 ルーシャスが語気を強めて言う。

「私どもはリューウェイン様のため、いつでも命を投げ出す覚悟はできております。どうかご自分を卑下なさいませんよう」


「ありがとうルーシャス」

 リューウェインはルーシャスに向かってうなずく。


 エドモンドが一礼して発言する。

「それでリューウェイン様」

「何だ?」

「ルーシャスから聞いた通りに手配しておりますが、一体なぜそのような」

「その事だがな」


 リューウェインは一同を見る。

「俺はしばらくは、死んだ事にしておく。黒幕をあぶり出すためにな」


「黒幕ですと」

 エドモンドが不審な声を上げる。


「そうだ。そろそろ決着をつけねばならん」


 そしてリューウェインは計画を話し始める。

 その内容に一同は驚いたり、共感したりで聞き入っていた。



「リューウェイン様」

「何だい、ロディーヌ?」

「私に考えが」


 そう言ってロディーヌは説明する。

 

「なるほど。だが無理をしないようにな」

「はい。やってみます」


 それで今回の密談は終了となった。


 ロディーヌの心は決まっていた。

 魔物に襲われ、リューウェインも命を狙われた。

 

 膝を抱えてうずくまっていても、何も変わりはしないのだ。

 決着をつけねばならなかった。

 リューウェインの言う通り。

 

 

 ロディーヌは一人、研究室に向かう。

 記録や日誌の整理をした後、棚から瓶を取り出し、再び机に向かう。


 虹色の薔薇を使ったバラ水だった。

 これにどんな効果があるかはまだわからない。


 それに新しく目覚めた、大賢者としての力の事もある。


 運命の石リア・ファルを握り、呼びかける。


(ホルバン……女王様……)

 

 何もおこらなかった。

 女王は運命の石リア・ファルで妖精達と連絡をとれる、というように言っていたが……


 仕方ない。

 ロディーヌは諦めて、バラ水の瓶を持って自室に戻る。

 窓際の椅子に座って一息ついた時――


「呼んだかい?」


 ふと横を見ると、小妖精レプラコーン のホルバンがいた。


「ありがとう、ホルバン。助けて欲しいの」

「へぇ~、あんたがそんな事言うなんて珍しいね」


 ロディーヌは早速ホルバンに相談する。


「ふむふむ。まぁそういう事だったら、女王様に頼めば」

「お願いできる?」

「よし、じゃあ今から行こうか」

「今から?」


 ロディーヌは少し驚いたが、すぐに決断する。

 急いでリューウェインの所に報告に行った。


「そういう事なら」

 リューウェインは快く承諾する。


「どのくらいの日数なら大丈夫なのかい?」

 ホルバンはリューウェインにたずねる。


「そうだな。せいぜい二、三日だろう。それ以上は」

「わかった。じゃあそれで何とかするよう、女王陛下に頼んでみるよ」


 そしてロディーヌはホルバンと一緒に、再び妖精の国へと向かう事になった。

 妖精の国への入り口は、この前と同じ中庭の繁みだった。


 このような短期間でまた訪問するとは思わなかった。


「お待ちしておりました」

 女王のフィノーラはにこやかに迎えてくれた。


「とうとう真の力に目覚めたのですね、ロディーヌさん」

「おわかりになるんですか?」

「ええ、だって」


 そう言って女王はロディーヌの額を指さす。

 ロディーヌは苦笑した。


「確かにそうですね。まだ私はこの力に慣れていません。ぜひ教えていただきたいんです」

「私たちにはもは、さほどの力はありません。ですが私が知る限りの事はお伝えしましょう」


 そういってロディーヌは女王より様々な事を習った。

 確かに妖精たちは、大した攻撃魔法は使えない。


 ただ回復魔法については、エリンの魔術師たちよりも上回っているようだった。


 どのくらいの時間がたったのかわからない。

 その間、妖精達に与えられるものを食べ、飲んだ。


「これで一通りは使えるようになるでしょう」

「ありがとうございます、女王様」

「攻撃魔法については、エリンの魔術師達の方が詳しいかもしれません。あとはロディーヌさんの頑張り次第です」


「重ね重ねお礼を申し上げます」

 ロディーヌは深く頭を下げる。

 妖精の国に来てから三日たっていたらしい。


 急ぎ帰ってリューウェインに報告する。


「そうか。では反撃開始だ」

 彼はそう言って、かすかな笑みを浮かべた。

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