第32話 窮地

 その知らせを受けたのは、リューウェインと共に午後のお茶を楽しんでいる時だった。

 

「おくつろぎの所申し訳ございません、リューウェイン様。王宮から緊急の使者でございます!」

 近侍のルーシャスが知らせに来る。


「君もいてくれ」

 ということで、ロディーヌとリューウェインは急いで謁見の間に向かう。

 

 主だった側近達は既に顔をそろえていた。

 まもなく使者が入室し、リューウェインに向かって丁寧に礼をする。


「何事か?」

「はい、国王ダーメット二世陛下がご危篤にて、今夜が山だと」

「何だと!」 


 周囲に驚きの表情が広がる。

 確かに体調が悪く、病床に伏す事も多いのは皆知ってはいた。

 だがそれほど病状が悪かったのだろうか。


「つきましては、すぐ王宮にお越しいただきたいと、宰相からの伝言にてございます」

「ふむ……わかった。すぐ行くと申し伝えよ」


 使者は再び礼をすると、王宮へと戻っていく。


「すぐ準備しろ」

 リューウェインがそう言った時、ロディーヌが首からかけている運命の石リア・ファルが薄く光り輝く。


「リューウェイン様」

運命の石リア・ファルが……ふむ」

「もしかして、何か危険な事が」

「といって行かないわけにもいかん」


 もし国王の危篤が本当で、リューウェインが参上しなかった場合は、非常にまずい立場になるだろう。

 反逆の意志があるのかと言われかねない。


「ルーシャス、お前は残れ」

「しかしリューウェイン様」

「ロディーヌを頼む。この館はいざとなれば近衛兵の攻撃くらいは耐える」


 一同の間に緊張が走る。

 この間の襲撃の犯人は未だに見つかっていない。

 調査にあたった王都の衛兵や魔術団の動きは、何故か鈍かった。


 リューウェインの命を狙って利益を得るものは一体誰か……


「それと、王国騎士団に連絡を。いつでも軍を動かせるように」


 リューウェインはエリン王国軍を完全に掌握している。

 もちろん国王の命のもとにではあるが。

 だが一国の軍隊が自国内で戦いを起こすはずがないし、その理由もなかった。

 今までは。


「リューウェイン様、私も行きます」

「いや、君をつれてはいけないよ、ロディーヌ」

「でも……」

「大丈夫だ。すぐ戻る」

 

 結局、精鋭の護衛の騎士と魔術師の二十名がリューウェインと同行することになった。


「リューウェイン様、お気をつけて」

「ああ。心配するな、すぐ戻る」


 そう言って王宮へと向かったリューウェインの笑顔が心に残った。


 おそらく大丈夫だろう。

 護衛も大勢いるのだから……

 ロディーヌの胸騒ぎは収まらないままだった。




◆◆◆◆◆◆


 

 一方、王宮に向かったリューウェイン達は、王への謁見の前に武器を預ける事になった。

 それ自体はどこの国でも行う事だ。


 だが一行が二階の広間に入った時、刺客の群れに囲まれる事になる。

 甲冑を着た騎士らしき人間と魔術師が数十名。


 リューウェインは己の甘さを自嘲した。

 まさかこれほど早く、王宮の中で事に及ぶとまでは思わなかったのだ。

 とはいえ、剣を預けて入る以外の選択肢は無かったのも確かだ。


 相手は勝利を確信したかもしれない。

 だが次の瞬間には刺客の一人がリューウェインの剣に切り裂かれる。

 掌に隠しておいた光の剣クラウ・ソラスだった。


 相手に数はこちらの数倍。

 まともに戦えば勝ち目はない。


 リューウェインが武器を持っていたのは予想外だったのだろう。

 刺客たちは、やや慎重に包囲の輪を狭める。


「戻れ!」

 配下に命じると同時に、リューウェインは包囲の輪に切りかかる。

 部下達は一目散に入り口に向かったが……


「駄目です!封印されてます!」

 悲鳴のような声が響く。

 相手の方が魔術師の数が多い。

 封印を解くのは一苦労だろう。


 こうなると光の剣クラウ・ソラスで扉を封印ごと切り裂くしかない。

 リューウェインがそう思った時だった。


「何を手間取っている」

 フードを被った人影が現れる。

 低くこもった声だ。

 おそらくは魔法で変えているのだろう。


 背を向けたらやられる。

 その緊張感がリューウェインに次の行動に移るのをためらわせた。

 

「逃がさんよ」

 フードを被った人物がそう言ったと同時に、みるみる体が膨れ上がり巨大化する。

 毛むくじゃらの手足と、赤く光る眼、醜い顔。


地獄の悪鬼グレンデル!」

 レンスターの兵達があえぐような声を上げる。

 それは隣国のアングル王国にいたという、伝説の魔物だった。 


 リューウェインは決断した。


「扉を光の剣クラウ・ソラスで切り破る。何とか時間を稼いでくれ」

 リューウェインは囁く。

 周囲の護衛達の顔に、覚悟の表情が浮かぶ。

 次の瞬間、彼らは刺客たちに一斉に襲い掛かった。

 

 一瞬相手の動きが止まる。

 まさか武器も持たない、数に劣る側が攻撃してくるとは思わなかったのだろう。


 だがその無謀さは、レンスター兵達の命を代償とした。

 最初はひるんだものの、次々と剣や魔法で倒される。

 

 リューウェインはその隙に扉に駆け寄った。

 光の剣クラウ・ソラスが、封印ごと扉を切り裂く。


 地獄の悪鬼グレンデルはその隙を見逃さなかった。


「閣下!」


 部下の声を聞くなり、リューウェインは横っ飛びに避ける。

 悪鬼の口から放たれた炎をぎりぎりでかわした。


「閣下、お逃げ下さい!」

 騎士や魔術師が盾となってリューウェインをかばう。


 リューウェインは後ろを振り返らなかった。

 ここで命を失えば、彼を守って死んでいった者たちに申し訳が立たない。


 しかし部下たちが稼いだ時間はほんのわずかなものだった。

  地獄の悪鬼グレンデルはリューウェインに向けて腕を振り下ろした。


 間一髪で避けると 光の剣クラウ・ソラスを振るう。

 刃が怪物の右腕をかすめ、深紅の血が吹きあがった。


 だが体が重い。

 相手の魔術師達の呪文で動きを鈍らされている。


 リューウェインの動きが止まったのを確認すると、地獄の悪鬼グレンデルはにやりと笑い、炎を放った。


 怪物の炎は、リューウェインを壁ごと外へ吹き飛ばす。

 何とか光の剣クラウ・ソラスで炎を受けたものの、二階の高さから中庭の繁みに叩きつけられた。


 地獄の悪鬼グレンデルは赤く光る眼をリューウェインに向ける。


 とっさに障壁バリアを張って致命傷は避けたものの、もはや体は動かなかった。 


(レンスターの皆……ロディーヌすまない)

 

リューウェインは自分の死が怪物から放たれるのを、奇妙に冷静な気持ちで見つめていた。

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