第29話 襲撃

「気をつけろ、様子がおかしいぞ」

 

 リューウェインの声が響く。

 運命の石リア・ファルの光はますます強くなっていく。

 騎士もルーシャスも腰の剣に手を伸ばす。

 弓をつがえるものもいた。


 その時


鷲獅子グリフォンだ!」


 前方に、鷲の上半身に獅子の下半身の魔物が突然出現する。

 数十匹はいるかもしれない。


「馬鹿な。なぜこんな所に」


 ルーシャスがうめくように言った。

 騎士の一人が危急を知らせる角笛を吹き鳴らす。

 

 魔物は通常、辺境の山や森、迷宮ダンジョンにしか出ない。

 王都のど真ん中に出現するなどありえなかった。

 

 油断したわけではないだろう。

 だが、いくら閑静な場所とはいえ、公爵邸に近い所で襲撃があるとは予想外だった。


「ルーシャス、屋敷へ援軍を」


 リューウェインは飛来してきた鷲獅子グリフォンを切り捨てながら言う。


「いえ、リューウェイン様。ここは私たちが防ぎます。お逃げ下さい」

「ロディーヌを連れて逃げられん。早く!」


 それ以上ルーシャスは余計な事を言わなかった。

 一目散に屋敷に向かって、馬を走らせる。

 

 護衛の騎士やリューウェインが、ルーシャスを追おうとした鷲獅子グリフォンを切り捨て、射落とす。

 しかし、中の一匹が攻撃をかいくぐり、ルーシャスに襲い掛かろうとした。

 

 その時、目に見えない壁が鷲獅子グリフォンの攻撃を跳ね返す。


「ロディーヌ!」


 運命の石リア・ファルを握りしめたロディーヌの障壁バリアだった。


 夢中で思い出して障壁バリアを張った。

 だが、前のようにうまく集中できない。

 手は震え、顔から血の気が引いているのがわかる。

 

 リューウェインはそのロディーヌの顔を見る。


障壁バリアは自分の周りにだけ張っていろ。馬車の外から出るな」

「はい……」


 公爵は再び鷲獅子グリフォンの群れに切りかかった。


 命をかけた魔物との戦いなのだ。

 戦いに慣れていないロディーヌが恐れを覚えるのも当然ではある。


 だがロディーヌは少し自分が情けなかった。

 以前の邪眼の巨人バロールと戦った時は、これほど動揺はしなかった。

 あの時はおそらく、妖精の女王が力を与えてくれていたのだろう。


 しかしさすがは”竜殺し”と言われたレンスター公爵であり、配下の精鋭たちだった。

 鷲獅子グリフォンはみるみる切り殺され、射ち落とされていく。


 どうやら助かったかもしれない。

 ロディーヌがほっとしたのも束の間。

 舞い降りた巨大な黒い影が、護衛の一人を吹き飛ばした。

 

飛竜ワイバーン!」


 騎士たちのあえぐような声が聞こえる。

 それはマンスター地方の高地に生息するという巨大な飛竜ワイバーンだった。

 

「五体か……」


 さすがにリューウェインの声に緊張が走る。


 飛竜ワイバーンは最高位の騎士や冒険者であっても、一体倒すのに十人は必要と言われている。

 かつてリューウェインは一人で飛竜ワイバーンを倒したからこそ、”竜殺し”と言われるようになったのだった。


 だが今、護衛の数は八人。

 リューウェイン自身を含めても九人だ。


「一旦戻るぞ。飛竜ワイバーンが襲ってこれない森の中へ逃げ込むんだ」


 リューウェインはそう命じた。

 だが戦いながら逃げるのは容易ではない。


 元来た道を戻ろうとしたものの、残りの鷲獅子グリフォン達が行く手を塞ぐ。


光の剣クラウ・ソラス!」


 リューウェインはそう唱えると柄を強く握りしめる。

 急降下し、彼に襲い掛かろうとした飛竜ワイバーンに向けて刃を振る。


 光の剣クラウ・ソラスは一瞬にして巨大化し、飛竜ワイバーンの翼が切り落とされる。


 リューウェイン一人なら、もしかしたら逃げおおせたかもしれない。

 だがロディーヌを守りながら、部下の事も気にかけ、となると至難の業だった。


 護衛達がようやく鷲獅子グリフォンを倒し、退路を確保しようとした。

 ロディーヌの馬車を先に逃がそうとする。

 そうはさせまいと、一体の飛竜ワイバーンが急襲する。


 そこへリューウェインが駆けつけ、飛竜ワイバーンに斬りかかる。

 だが二体の飛竜ワイバーンが上空から襲い掛かり、彼の背後から爪を振り下ろそうと企てた。


「危ない!」


 夢中だった。

 ロディーヌはリューウェインの背後に駆け寄り、大きく両手を広げて立ちふさがる。

 運命の石リア・ファルの輝きはますます強くなり、あたりを覆いつくす程だった。


 ふいに魔物たちの動きが止まる。

 光の繭に包まれ、ゆっくりと地面へと落ちていく。


 だが飛竜ワイバーンの赤く燃える目を見、その咆哮を聞いた時、ロディーヌの精神が一瞬乱れた。

 障壁バリアが弱まり、飛竜ワイバーンが飛び掛かってくる。


「ロディーヌ!」


 最後に意識に残ったのは、彼女の名を呼ぶリューウェインの声だった。

 ロディーヌは気を失った。





 

 気が付くと、涙を浮かべたメアリーの顔があった。

 

「ロディーヌ様」

 震える声で、それしか言えないようだった。


「やっと目を覚まされましたね。もう大丈夫だと思います」

 側にいた見知らぬ年配の女性が言った。

 おそらくは医師だろう。


「リューウェイン様は?皆は……?」

 ロディーヌが真っ先に気になったのはそれだった。


「ご心配なく。皆さんご無事でございますよ」

 メアリーが答える。

 

 ルーシャスの援軍が来た時には、事は終わっていた。

 魔物たちはリューウェインや護衛の騎士が既に倒していたらしい。

 

 体に痛みもない。

 手足の動きにも不自由はなかった。

 飛竜ワイバーンに吹き飛ばされはしたが、障壁バリアが守ってくれたのだろう。


「メアリー……鏡をとって」

「大丈夫です。どこにもお怪我はありませんよ」

 

 そう言いながら手鏡を渡してくれる。

 鏡の中の顔は特に変わりはない。

 ほんの少し血色が悪いくらいのものだった。


「三日間、意識を失っておられたのですよ」

 メアリーが言う。


 思ったほどではなかった。

 その間メアリーが体を拭き、香水をつけ、軽く化粧もしていくれていたらしい。


「外傷も打撲も無いので、体力さえ回復されれば心配ないかと存じます」

 という医師の言葉だった。


 そうすると現金なもので、お腹が空いてくる。

「メアリー、何か食べるものない?」


「まずは麦粥で胃を慣らすのがよろしゅうございます」

 医師が口を挟む。


「わかりました。少々お待ちを」

 そう言ってメアリーは出て行った。

 じきに戻って来たが少し慌てていた。


「ロディーヌ様。その……リューウェイン様がお食事を持っていらしてますが……」


 予想外の出来事にロディーヌは驚く。


「メアリー、お化粧を手伝って!」

「は、はい」


 病み上がりだと言って遠慮して貰えば良かったとは、後になって思った事だ。

 だがその時はあまりにもうろたえてしまい、何故かその考えに至らなかった。


 手早くメイクや髪型を整え、部屋着やベッドに香水を吹きかける。

 大急ぎで準備を終えると、メアリーが部屋の外のリューウェインに呼びかけた。


 




 



 





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