第28話 二人の外出
「どうぞ」
ロディーヌの声の後、リューウェインが入ってくる。
「結局、キングストン家の事業はレンスター家が全て引き継ぐ事になったよ」
部屋に入ってきた第一声がそれだった。
「職人や作業員はどうなるんですか?」
「引き続きうちで働いて貰うことになる。君には彼らの指導を頼む」
「はい、ですが……」
「何か気になる事があるのか?」
ロディーヌは意を決して言った。
使用人達の中には、彼女を軽んじるものもいたこと。
言う事を聞かないものもいたこと。
彼らがいては仕事がやりにくい事も。
ロディーヌの言葉にリューウェインは軽くうなずく。
「そいつらの名前はわかるか?」
「はい」
「ではリストをつくって君に確認してもらう」
「わがまま言ってすいません」
「いや、そんな事はないさ。陰で態度を変える奴は信用できんからな」
リューウェインの用件はそれだけだったようだ。
ロディーヌは思い切って言ってみた。
「あの、リューウェイン様」
「何かな?」
「もっとガラス容器や蒸留器も増やしたいのですが……」
「ああ、なんだ。そんな事か」
リューウェインは微笑んだ。
「そういう事なら遠慮せずにいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
「そうだ。明日ガラス工房や器具職人のところに行かないか?」
「よろしいんですか?」
「もちろん。ロディーヌの希望もあるだろうから」
「はい」
「昼はレストランを予約しておく」
「楽しみにしてますね」
というわけで、ロディーヌとリューウェインは街へ出かける事になった。
その日は早めに研究を切り上げ、部屋に戻る。
そして明日リューウェインと一緒に街へ行くとメアリーに告げた。
「それは一大事でございますね」
メアリーは真剣な表情で言った。
「どういう事?」
「どういう事ではございませんよ!」
いささかじれったげな表情のメアリーだった。
「ロディーヌ様の魅力を知らしめる良い機会ですわ。服にアクセサリーに……すぐ準備しなければ」
「でも、パーティーに行くわけじゃないから」
「いいえ、いけません。ここが勝負所ですわ!」
すぐさまロディーヌの衣装を選び始める。
「秋らしい落ち着いた色と柄で……こちらはどうでしょう?」
「ガラス工房にも行くから、もう少し動きやすい方が」
「でしたらこちらで」
その夜は遅くまで、ああでもないこうでもないとメアリーと話していた。
「急すぎますわね。公爵夫人の外出ともなれば、少なくとも三日前から準備するものですよ」
「そうなのメアリー?」
「最もレンスター家は色々と型破りでございますから」
メアリーにせかされて、翌日も朝から衣装やアクセサリーのチェックだった。
結局、落ち着いたベージュ系統の外出用ドレスと帽子に決まった。
最後に
「これで完璧ですわ」
メアリーは満足そうだった。
ロディーヌは鏡の中の自分の姿を見た。
「これが……私?」
鏡の中からこちらを覗き返しているのは、金髪の美しい少女だった。
結婚式の時も思ったが、自分が自分で無いような気がする。
公爵邸に来てから、ウェディングドレスの他にも、ドレスを仕立ててもらった。
ロディーヌが持っている服があまりにも少ないのは、公爵家側としては予想外だったらしい。
ただそれを着て舞踏会や晩餐会に出かける事は、ほとんどない。
いつも来ているのは、動きやすさを重視した作業着に近いようなものだ。
「では頑張ってくださいね、ロディーヌ様」
「メアリーは来ないの?」
「私が一緒について行くわけには参りませんわ」
「工房や鍛冶屋に行くだけなんだけどなぁ……」
そのようなやり取りの後、ロディーヌはリューウェインと出かける事になった。
とはいえ、大貴族とその夫人が二人きりで外出する事などまずない。
護衛の騎士数人と近侍のルーシャスが周囲を固め、ロディーヌとリューウェインは馬車に乗り込む。
公爵邸は王都の中心部から少し離れた所にあった。
まずは市街の外れにある、ガラス工房に向かう。
馬車で一時間もかからない場所だった。
「お待ちしておりました」
親方らしき中年の男性がうやうやしく挨拶する。
中を見せてもらう。
職人たちが忙しく働いており、ガラス容器をつくるのだろう炉があった。
いつも使っている実験器具は、この工房が製造しているらしい。
ロディーヌはビーカーやフラスコ等の器具について、数量や大きさの希望を伝える。
「では大急ぎでとりかかりましょう」
「よろしく頼みます」
ロディーヌはそう言った後、じっと職人たちが作業しているのを見ていた。
実家にいた時もそうだった。
薬を作る工程をずっと飽きずに見ていたものだった。
「ロディーヌ、そろそろ」
「あ、はい。すいません」
予約しているというレストランに向かう。
メアリーによると、大貴族がこういった所に来ることはめったにないらしい。
そもそも料理人を家に呼べばいいからだ。
特別室に案内される。
ルーシャスや護衛の騎士たちは隣の別室だ。
そういえば、こうやって向かい合って二人きりの食事は初めてだった。
リューウェインはやけに落ち着き払っている。
時折何気なくこちらに視線を送る。
服装やメイクはおかしくないだろうか。
ロディーヌとしては気になるのだが、彼は何も言わない。
「そういえばロディーヌ」
「え、はっはい」
「せかすようで悪いが、伯爵夫人も言っていたラベンダーの香油の件は何か進展があったかな?」
「は……はい。では」
隣室に声をかけて、ルーシャスに物入れを持ってきてもらう。
「こちらですが、これでしたら設備があれば量産できると思います」
「ふむ」
「あとこちらは香料に特化したものですが」
「これは今までに無い香りだな」
「主に柑橘系を使ってアルコールを混ぜたもので」
「ほう、面白い」
それは母が書き残した製法に、ロディーヌが改良を加えたものだ。
リューウェインは時折相槌をうちながら笑顔で聞いてくれた。
夢中で色々喋ってしまったが、彼にはわからないし、興味のない事も多かったかもしれない。
後になって少し気がとがめたほどだ。
食事の後は、蒸留器等の器具を作っている職人の元に向かう。
以前に書いておいた図面を見せての打ち合わせだった。
ロディーヌが考案したのは、従来よりコンパクトで耐久性に優れたものだ。
職人の親方は、快く製作を引き受けてくれた。
そして
「ではそろそろ帰ろうか」
というリューウェインの言葉で事で帰宅することになった。
ロディーヌとしてはそれなりに満足な一日ではある。
若い男女の外出らしからぬ色気の無いものだったが。
(今日の私はどうでした?と聞けばよかったかな……)
とはいえそんな勇気はロディーヌにはなかった。
リューウェインに無理に付きあわせたのかもしれない。
そんな思いもあった。
馬車は木々に囲まれた閑静な道を進んでいく。
このあたりは比較的人通りも少ない。
その時――
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