第27話 家族

 ロディーヌは横目でリューウェインを盗み見る。

 彼は、ほら来たという表情だった。

 それは義母のジリアンにも伝わっただろうが、気にした様子もない。


「前に話したでしょう『蒼の劇団』」

「ああ、この頃巷で人気らしいですね」

 リューウェインはいかにも興味なさげに言う。


「若くて本当に才能のある方たちなんですよ!」

「はぁ、そうですか」

「それがこの間の魔物の件で、地方公演がいくつか中止になって」

「なるほど」


「何とか騙し騙し運営していたのも限界で」

「……」

「助けてあげられないかしら、リュー?」

「以前言ってらした『赤竜管弦楽団』はどうなりました?」


「あの時も助けてもらったわね。ありがとうリュー」

「それで、『蒼の劇団』はさぞかし有望で優秀な人達なんでしょうね」

「そうですとも!」

 ジリアンはここぞとばかりに語気を強める。


「ライアンはね」

 ライアンというのが劇団の看板俳優らしかった。

 

 彼の演技力が素晴らしいか。

 彼がいかに美しいか。

 彼がいかに将来有望か。


 ジリアンの口からはひたすら言葉の奔流が流れ出していた。

 正直ロディーヌはその俳優とやらの名前は知らない。

 というより、流行りものにはとんと疎かった。

 

 ロディーヌはメアリーの方を見る。

 すると何故か彼女の顔には、何かを悟ったような表情があった。


「エリンの芸術を守り発展させるのも、貴族の神聖な義務ではなくてリュー?」 

「わかりました、義母はは上。それでどうしろと?」

 仕方なしにリューウェインが言う。

 こういう話を長引かせたくないのだろう。


 結局いくらかの援助を約束し、ジリアンは笑顔で退出していった。 

 リューウェインは長いため息をつく。


 だが一息つく暇もなく、扉を叩く音がした。

 使用人の呼びかけと何やら騒がし気な女性の声とが聞こえた。 


「リューウェイン様……申し訳ありませんが……その」

「だから!姉が弟に会うのに何の許可がいるわけ?」


 ロディーヌたちは顔を見合わせる。


「……わかった。通せ」

 リューウェインはいささか力の無い声で言った。



 結局その後ロディーヌは、リューウェインの姉や妹たち全員と会うことになった。

 彼女たちは一様に結婚の祝いを述べた。

 そして本題の内容は義母のジリアンと同じようなものだった。


 いかに夫婦といえども、家族の個人的な事情に立ち入るのは気が引けた。

 ロディーヌは何度か「退出しましょうか?」と訊ねた。

 だが、姉妹たちはそのたびに引き留めた。


 正直彼女たちの気持ちはわからない。

 ただこの間のキーラの件のように、誰か証人になる人間がいた方が良いという事かもしれなかった。

 

 そしてようやく全員との面談が終わった。

 近侍のルーシャスが、新しいティーポットを持ってくると、カップに紅茶をそそぐ。


「我が家の恥をさらしたようだ。すまんな」

 リューウェインがロディーヌに向かって言う。


「いえ、とんでもありません。私も、キングストン家も……あの……いえ」

 ロディーヌは途中で口ごもった。


 ロディーヌの義母や妹も似たようなものだ。

 派手好きで、贅沢で、見栄っ張りで。

 ただそれを人前で言うのはさすがにはばかられた。


 リューウェインはロディーヌの言葉に

「そうか」

 と短く言っただけだった。

 

 とはいえ彼の事だから、ロディーヌの実家の事情は百も承知に違いない。

 そしてようやく親族の襲撃から解放されたという事で、一旦控えの間に戻る。

 メアリーがロディーヌの髪型や化粧をもう一度整える。


 ロディーヌはふと思い立って、鏡ごしにメアリーに訊ねてみた。


「ねぇメアリー」

「はい、何でございましょう」

「ジリアン様が言っていた『蒼の劇団』。メアリーは何か知ってるの?」

「そうですわね。まぁ……」


 メアリーは軽く口ごもる。

 さらに促すと、何かを決心したのか話し始めた。


「ここだけの話でございますが」

「もちろんよ」

「ジリアン様がライアンという俳優にご執心なのは有名でございまして」

「そうなの?」


「使用人たちの間ではもっぱらの噂でございますよ」

「演劇や音楽がお好きなのかしら、ジリアン様は」

「その……あくまで噂でございますが……お二人は愛人関係だとか」

「あぁ」


 ロディーヌは自分の鈍感さに自嘲した。

 芸術家が貴族の保護を受け、代償として愛人関係を結ぶ。

 そのような話は珍しくない事は、知識として知ってはいた。


「いろいろ大変よねメアリー。どこの家も」

「家庭内の悩みは尽きぬものですわね。貴族も庶民も、そして王族も」

 

 何気なく発したメアリーの言葉だった。

 だが後に二人でその事を思い返して、慄然とすることになる。


 かなり出席者たちを待たせてしまった。

 リューウェインと二人で祝宴の間に戻る。

 列席者から歓声が沸き起こる。

 だがすぐにそれぞれのお喋りに夢中になる。


 二人が長い間席を外していた事など、気にもしていなかった。

 楽団が音楽を演奏し、舞台ではなにやら寸劇が行われている。


 ロディーヌとリューウェインは戻ったものの、結局宴の途中で退席することになった。

 屋敷の中でも外でも、その日はずっと人々は踊り、騒ぎ、食べ、飲み明かしていたらしい。 

 

「お疲れではございませんか、リューウェイン様」

「いや、そんな事もない。ロディーヌ君は?」

「いえ、大丈夫です」

「それは頼もしい」


 リューウェインは軽く笑って言った。

 だがすぐに

「今日は早く休みなさい」

 そういって彼自身も自室に戻っていった。 


 ロディーヌは何となく気まずい気分でメアリーと一緒に部屋に戻った。

 寝間着に着替えて窓辺の椅子に座る。


 夫婦の間に起こる事はロディーヌといえども知ってはいた。

 彼は自分に興味がないのだろうか?

 それともあくまで政略結婚なので、恋愛は別にするつもりなのだろうか?


 すっかり夜は更けていた。

 中庭の灯火が室内にさしこんでくる。

 人々が楽し気に談笑する声がかすかに響いてきた。


 ロディーヌは一つため息をつくと、夢の国へ旅立つためにベッドに潜り込んだ。


 

 数日後――


 ロディーヌは研究室にいた。

 虹色の薔薇の作成は、未だに上手くいっていない。

 とりあえず暗黒のバラの花粉を別のバラに受粉させるしかない。

 幸運と根気のいる作業だった。


 通常は種を蒔いてから花が咲くまで半年はかかる。

 暗黒のバラによる成長速度は恐ろしいほど早く、開花まで一月ほどだった。


 その他母の記録を元に、香水・香油の製造や薬草の栽培など、やる事は多い。

 もっと実験用の器具が欲しかった。


 するとノックの音がした。


「ロディーヌいるか?」

 もちろんその声はリューウェインだった。

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