第26話 祝宴

「おめでとうございますお姉さま、リューウェイン様。これからはお義兄様とお呼びせねばなりませんね」

 妹のコルデリアが愛想よく言う。


「おめでとう、リューウェイン、ロディーヌ」

 第二王子のショーンも挨拶した。


 ロディーヌとリューウェインも礼儀正しく言葉を返す。

 ただ当然ながら、二組の視線に温かみはなく、礼儀以上のものではなかった。

 そして王子と妹から離れ、進んでいくと声をかけられた。


「おめでとうございます、ロディーヌ様、リューウェイン様」

 その声はメアリーだった。


「ありがとう、メアリー」

 ロディーヌは心から言った。


「これを」

 手にした花束をメアリーに渡す。


「ええ、私なんかがいいんですか?でも……」

 さすがに他の出席者に遠慮したのか、あたりを見回す。

 ただ幸いにというべきか、誰も気にした様子もなく、隣同士でおしゃべりに夢中になっていた。


「ありがとうございます、ロディーヌ様」

 こぼれんばかりの笑顔で言った。


 式が終わった後は、レンスター公爵邸で祝宴が行われる。

 外の馬車の前では、執事長のエドモンドが待っていた。


「王宮からあれ以降連絡はないか」

 低い声でリューウェインが言う。


「はい、何も」

「陛下はやはり」

「そのようでございます」

 公爵は軽くうなずくと、ロディーヌと一緒に馬車に乗り込む。

 まもなく馬車は、ゆっくりと走り出した。

 

 ロディーヌは馬車の窓から外の景色を見る。

 派手に飾り付けられた婚礼用の馬車だというのは、道行く人には一目瞭然だったろう。

 様々な人が好奇の眼差しを向け、頭を下げていく。


 ロディーヌはリューウェインに話しかけた。

「陛下は体調がすぐれないのでしょうか?」


「ああ。そのようだ。詳しい事はわからんが」

「そうですか……」


 このような時に持ち出す話ではないかもしれない。

 だが現国王のダーメット二世は元来強健で、これまで病に臥せった事はない。

 急死した第一王子の件もあった。

 

 そのことを思うと、ロディーヌは不吉な胸騒ぎのようなものを感じる。

 何か恐ろしい事が起ころうとしているのだろうか?

 単なる思い過ごしか、それとも……


「ご到着でございます」

 御者の声で我に返った。


 建物には装飾が施され、邸内には既に多くの人が集まっている。

 葡萄酒の樽が開けられ、道行く人にふるまわれていた。


 二人は一旦控えの間で少し休憩した後、二階の大広間へと向かった。

 部屋に入ると、歓声が上がる。

 テーブルには既に料理と酒が並べられていた。


 リューウェインが儀礼的なあいさつをした後、すぐに一同は食事と歓談に移る。

 今夜はこの祝宴が、一晩中続くだろう。

 

 時折新郎新婦に挨拶に訪れる人間もいる。

 ロディーヌは社交上の笑みを浮かべてそれらの人に挨拶を返す。

 なかなかこういった場は慣れない。

 それから二人は二階のバルコニーに出る。

 中庭にいる人に向かって手を振り、湧き起こる祝福の声に応えた。


「公爵閣下、ご結婚おめでとうございます」

「レンスター家万歳!」


 下の庭にもテーブルが置かれ、料理が用意されている。

 今日は特別な日ということで、身分の上下にかかわらず、邸内に入る事が許されていた。

 中には全くレンスター家と関わりの無い、一般市民もいるとのことだった。


「そろそろでございます」

 いつの間にか傍らにいたメアリーが言った。

 そして祝宴の途中に、衣装替えのため、一旦退席することになった。


 祝宴の間を出ると、リューウェインがロディーヌに話しかけた。


「疲れてないか?もしそうなら別室で休んでいるがいい」


 ロディーヌは少し驚いた。


「いいえ、全然。それに主賓がいなくなるのも変じゃありませんか?」

「なに、皆気にせんさ。俺たちより宴に夢中だからな。いや、疲れてないならいいんだ」

 そう言ってリューウェインは着替えの間に入っていった。


 ロディーヌ用の部屋は、その向かいだった。

 メアリーの助けを受けて、婚礼用の衣装から、祝宴用の衣装へと着替える。

 髪型や化粧を整え、一息ついて部屋を出ようとした時だった。


「……様、こちらは控えの間でございまして」

「いいじゃないの、結婚のお祝いをするのがそんなにおかしい?」

「いえ……ですが……ジリアン様」


 どうやら侍従のルーシャスと誰か女性らしき人間の声だった。

 ロディーヌとメアリーは顔を見合わせた。


「一体何事でございましょうか、ロディーヌ様」

「ジリアンって……ひょっとしてリューウェインのお義母様?」

「確かそうでしたね」

「もしかして前みたいな」


 ロディーヌは以前、リューウェインの妹が乱入してきた時の事を思い出した。


「ちょっと様子を見てみますわね、ちょうどのぞき窓が付いている扉ですし」

「あ、待ってメアリー。私も」


 二人は恐る恐る、のぞき窓から外の廊下の様子をうかがう。

 見えたのは、長身の女性の背中だった。


「だから言っているでしょう。義母ははとして二人を祝福したいと」


 その声は当然向かいの部屋にも聞こえただろう。

 扉が開くとリューウェインが出てくる。


「これは義母はは上。わざわざ有難うございます」

「あら、リュー、おひさしぶり。ロディーヌさんは?」

「結婚のお祝いなら俺が承りますよ」

「いいえ、ぜひとも二人一緒に……」


 どうにも埒があかない様子だった。


(出て行った方がいいかしらメアリー)

(そうですわね。公爵様もお困りのご様子ですし)

 

 メアリーは素早くロディーヌの髪を整えてくれた。

 おそるおそる扉を開ける。


 ジリアンが振り返る。

確か今年三十九歳だったはずだ。

 ただ国王の愛妾ディグビー伯爵夫人と同じく、かなり若く見える。


「まぁ初めましてロディーヌさん。お美しいわ」

 こぼれんばかりの笑顔を見せて言う。


 さすがに諦めたのかリューウェインが

「では狭いですがこちらへ」

 そう言ってロディーヌとジリアンを中へ招いた。


 控室といってもちょっとした小ホールくらいの広さはある。

 三人はテーブルに座り、紅茶が出される。


 リューウェインと義母のジリアンは、特に親密ではないが険悪な間柄でもないらしい。

 以前そう聞いていた。

 

 何しろ初めて会うので多少気づまりではあった。

 だがジリアンは一方的に色々喋っていた。

 これはこれで楽ではある。


「もっと早くロディーヌさんにお目にかかりたかったんですけど忙しくて……」


 この家に来てから何ヶ月もたつ。

 忙しかったというのは嘘だろう。


義母はは上、そろそろ祝宴の間に戻らねばなりませんので」

 たまりかねたのかリューウェインがそう告げた。

 

 だがジリアンは意に介さない。


「そうそう。大事な事を忘れていたわ。ちょっと話があってね」

 彼女はリューウェインとロディーヌ双方の顔を見ながら言った。

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