第25話 結婚式
「ここだよ」
なだらかな平地が広がっている。
リューウェインが指し示したのは、元は小麦畑であったという場所だった。
妖精の国からレンスター領の城まではすぐだった。
ロディーヌ達は城の家臣たちから丁重な出迎えを受ける。
どうやら妖精の国へ出発してから帰るまでは、一日程度の時間の経過だったらしい。
そしてリューウェインが見せたいものがあるといって、ロディーヌを連れてきたのがこの場所だった。
「ここに花畑や薬草畑を作りたいんだ」
リューウェインはロディーヌに告げた。
「リューウェイン……様」
「そして色々な薬や香油を作り、多くの人を助けたいのだ」
そのような事は今まで聞いたことがなかった。
キングストン家の医薬品や香水を欲するのも、ただ純粋にレンスター家の利益のためだろうと思っていた。
「それは何故でしょうか?」
ロディーヌの疑問は当然のものだった。
リューウェインはしばらく目を閉じ、何かを思い出すようだった。
そして話し始めた。
「俺の弟は病で亡くなった。回復魔術師の力も及ばなかった」
「それは……お悔やみ申し上げます」
「いや、いい。昔の事だ。弟が病にかかった時から俺は、回復魔術や薬について調べるようになった」
「はい」
「我々の使う魔法のほとんどは、攻撃魔法だ。まともな回復魔法を使える者の数は少ない」
「ええ。以前聖女としての教育を受けた時に聞きました。聖女はもう何百年も出ていないと」
「そう。次に薬だ。とはいえこちらも難しかった。ただ噂を聞いたのだ」
「噂とは?」
「キングストン家には、あらゆる病気を治す薬を作れるものがいると」
「ひょっとして……それは」
「そう、君の母上だ」
「ああ……」
「ただ俺がその話を聞いた時は、君の母上はすでに亡くなられた後だった。それでもキングストン家は事業は続けているという事は知った」
「そうだったんですね」
ロディーヌにとっては意外な事情だった。
「結局俺の弟は亡くなった。それだけが理由ではないが、俺が当主になったら回復魔術や薬の研究もしたいと思っていた」
リューウェインの目はどこか遠くを見ているようだった。
そして更に話を続ける。
「だがレンスター家は武門の家柄。何の知識も伝手もない。だがようやく望みに手がかかるところまで来た。是非協力して欲しい、ロディーヌ」
「ええもちろんです、リューウェイン様。多くの人の役に立つなら、母もきっと喜ぶでしょう。」
本心から答えたが、どこか残念な気もしていた。
ただそれが何故かは自分でもわからなかった。
「ありがとう。そういえば、妖精の女王が君に託したもの。あれは何かな?良ければ教えてくれないか」
もちろん隠す理由はなかった。
「もしかしたら、あれで虹色の薔薇が作れるかもしれません」
「虹色の薔薇?」
「母が生涯かけて追い求めていた伝説の薔薇です。本当に存在するのかわかりません」
「そうか」
リューウェインは再び目の前の景色に視線を向ける。
「もし虹色の薔薇を作れたら、私に見せてくれるか?」
「はい、もちろん」
リューウェインが心の内の一端を見せてくれた事が、何より嬉しかった。
「そうだ。
ロディーヌは少し驚いてリューウェインを見る。
「いえ、とんでもありません。大してお役に立てなかったかと……」
「そんな事はないさ、君はもっと自分を高く評価すべきだ」
「そうでしょうか」
「現にキングストン家の事業だって、君がいなければ回らなかったのだから」
「は、はい。いえ……あの……ありがとうございます」
そんな事を言ってくれたのは、メアリーの他は公爵が初めてだった。
(上手くやっていけるのかもしれない……この人となら)
夕日に照らされる景色を見ながら、ロディーヌは思った。
それから日々は穏やかに過ぎて行った。
その間に妹と第二王子との結婚式もあった。
元々はロディーヌとの結婚は確実ということで、内密にその準備は進められていた。
そのためコルデリアの婚約から式までが早かったようだ。
当然ロディーヌも出席したが特に何の感慨もなかった。
父と母は得意の絶頂だったようだが。
そしてロディーヌの結婚式の日がやってくる――
「お美しいですわ、ロディーヌ様。エリン王国一の……いえこれほどの花嫁はアルバやアングルの国にだっておりませんわ」
「ありがとう、メアリー」
エリンの首都ダナン、美と愛の神アンガスの神殿の控えの間。
ロディーヌは鏡の中の自分をのぞき込む。
金髪に緑の目。十八の歳相応に若々しく張り詰めた肌。
美しい……のだろうか。
以前より血色がよくなり、表情も明るくなった気はする。
ドレスは結局赤の下地に金銀の刺繍、ベールは白である。
「そろそろお時間です」
メアリーの言葉で部屋を出る。
今日の結婚式の参加者は、ほぼ親族だけである。
エリン王国有数の貴族とは思えないほど質素なものだ。
とはいえこの後は、多くの人を招く祝宴が開かれるのだが。
神殿の大広間の前で、リューウェインと合流する。
リューウェインの衣装もロディーヌとほとんど同じ柄や飾りつけであった。
「新郎・新婦のご入場でございます」
神殿の係官の声が響く。
二人は並んで入場する。
赤い絨毯をまっすぐに進む。
両脇には人が立ち並び、歓声や拍手が沸き起こる。
ロディーヌの父や義母、妹のコルデリアとショーン王子。
見慣れない顔は、おそらくはリューウェインの親族だろう。
姉が一人、妹が二人と義理の母親がいるらしい。
ここ最近は、彼とはこのような事も話すようになっていた。
ロディーヌとリューウェインは祭壇の前まで進む。
祭壇の両脇には、愛の神アンガスと建国の女神エリウの像があった。
それから二人に向かって重々しく言葉を発した。
「レンスターのリューウェイン。汝はキングストンのロディーヌを妻とし、生涯愛する事を誓いますか?」
「誓います」
続いてロディーヌに大しても同様の言葉が述べられる。
「誓います」と答えながら、ロディーヌは手にした花束をちらりと見た。
父と母もこうやって同じ誓いをしたのだろうか?
そしてリューウェインの両親も。
「では指輪の交換を」
両家の紋章が刻まれた指輪をリューウェインとロディーヌは互いの指に嵌めた。
それからリューウェインがロディーヌのベールを取り、口づける。
「アンガスの名の下に、ここにリューウェインとロディーヌの婚姻は成立した」
二人は振り返り、列席者に向けて軽く礼をする。
人々は口々に祝いの言葉を述べた。
ロディーヌは列の端に目をやる。
メアリーが顔を輝かせて、拍手し祝福していた。
それを見ると自然と笑みがこぼれる。
その後は二人で腕を組んで広間を退出することになる。
途中で様々な人の祝福に笑顔を向けたり、感謝の言葉を返す。
父は満面の笑みを浮かべている。
この短期間に、娘二人が第二王子と王家の血を引くレンスター公爵との婚姻を結んだのだ。
それも当然だろう。
ロディーヌは父の横に視線を移す。
そしてそこにいた妹のコルデリアと目が合った。
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