第24話 運命の石

「倒し……たの?」

 ロディーヌは横たわった巨人を見下ろす。

 

 邪眼の巨人バロールの体からは血とともに白煙が吹きあがり、溶けて液状になりつつ急速に縮んでいく。

 やがて完全に消え去った。


「ベイヴィル!」

 コルムが囚われた人魚メロウに向かって駆け寄る。

 ベイヴィルの顔が歓喜の表情に彩られた。


 だが二人が伸ばした指先は、透明な壁に跳ね返される。


「ちょっと待ってて下さい」

 女王が杖を手に念じる。

 するとまもなく、ベイヴィルを捕らえていた透明な檻が消える。


「コルム!」

「ベイヴィル!」

 お互いに固く抱き合い、離れない。

 ベイヴィルは人魚メロウであったが、人間のような脚があった。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 コルムとベイヴィルは並んで頭を下げる。


「彼女は女王様に人間として暮らせるようにして頂いたのです」

 ロディーヌとリューウェインの視線を感じたのか、コルムが説明した。

 

「とりあえず、こんなところに長居は無用だ。帰ろう」

 リューウェインが言う。


「あ、リューウェイン様、血が……」

 それほど深くはないが、腕の傷から血が流れている事にロディーヌは気づいた。

 攻撃に集中した時に、リューウェインを覆っていた障壁バリアが弱まったのだろう。


 ロディーヌは運命の石リア・ファルを握り、傷の回復を念じる。

 だが何の変化もなかった。


運命の石リア・ファルをもってしても、回復の魔法はやはり使えないようですね」

 フィノーラが言い、リューウェインの傷に手をかざす。

 あっという間に血は止まり、傷が癒えた。


「これはありがたい」

「私たちは戦う力はなくても、傷を癒すのは得意なのです」

 女王は微笑んだ。


「それから……少々お待ちください」

 フィノーラが繁みを見渡して何かを探している。

 そしてある花らしきものを見つけると杖を握って念じた。

 その花の一つは、彼女が掲げた手に吸い込まれ、透明な球体で覆われた。


「ロディーヌさん、よければこれを」

 フィノーラが見せたものは、野生のバラらしきものだった。


「これは一体?」

邪眼の巨人バロールの血を吸って咲くという、暗黒のバラです」


 それを見た瞬間に閃いた。


「これはまさか?」

「もしかしたらロディーヌさんのお役に立つかもしれませんよ」

 フィノーラは優しく微笑んで、ロディーヌにそのバラを手渡した。


「それでは帰りましょうか」

 女王の言葉で一同は、元来た道を妖精の城まで戻ることになった。



 そして妖精の城の客間――

 


「ロディーヌさん、リューウェインさん。今回は本当にありがとうございました。あらためてお礼を言いますわ」


 女王は二人に向かって軽く頭を下げた。


「いや、それはこちらのためでもあるからな。礼には及ばんよ」

「とんでもありません、フィノーラ様」


 二人の返事を聞くと女王は微笑んで言った。

「そう言っていただけると嬉しいですわ。これでしばらくは魔物たちも大人しくなるでしょう」

「そのことだがな、フィノーラ殿。今回の事は誰が何のために行ったのだろうか?」


 リューウェインの言葉に、女王は人魚メロウのベイヴィルと恋人のコルムに視線をやる。

 

「私にはわかりません。ただフードを被った人に捕まって、とにかく歌えと脅されたんです」

 ベイヴィルが首を左右に振りながら答えた。

 コルムは彼女の横に寄り添い、手を握っている。


「ふむ。魔物を活発化させてエリン国内を混乱に陥れるか。目的として漠然としすぎているな」

「魔を操り、邪眼の巨人バロールを復活させ……更にその先があるのかもしれません、リューウェインさん」

 女王は公爵をまっすぐな目で見つめた。


「ふむ」

 リューウェインはしばし何か考えこむ様子だった。


 ロディーヌはコルムとベイヴィルに話しかけた。

「それで、あなたたちはこれからどうなさるの?」


 彼らは顔を見合わせる。

「僕たちはレンスターの海沿いの村で暮らす予定です」

「私たち、一緒に住む一軒家を借りているんです」


 その言葉を聞くと、リューウェインは懐からカードのようなものを取り出した。

 それをコルムに渡す。


「これを持っておくといい。万一の時のためだ」

「これは……レンスターの紋章!」

「何か困った事があれば、それを持ってレンスターの城を訪ねるがいい」

「よろしいんですか?何から何まですいません」

「まぁ役に立たんに越した事はないがな」


 ロディーヌは、幸せそうなコルムとベイヴィルの二人を見る。

 互いに大切に思い、愛し愛されて幸せに暮らす。

 

 自分と公爵との関係とは違う。

 父と母とも、第二王子のショーンとコルデリアとも、そしておそらくはリューウェインの両親とも違う関係だ。


 貴族と違い庶民は、お互いに好きあって結婚するのが当たり前なのだろうか?

 ロディーヌにはわからない。

 最もコルムは、元々は貴族ではあるらしいが。


「名残惜しいが、そろそろお暇するとしようか。部下たちが心配しているだろう」

 リューウェインが一同に向かって言った。


「ではお約束通り運命の石リア・ファル光の剣クラウ・ソラスはお二方に進呈致しますわ」

「ありがとうございます、フィノーラ様」


運命の石リア・ファルを手に念じれば、私たち妖精に呼びかける事もできますよ」

「この石にそんな力も……私に使いこなせるのでしょか?」

運命の石リア・ファルの力がなくてもあなたには眠っている力がありますよ、ロディーヌさん」


 女王はロディーヌに目を見て言う。


「私に……そんな?」

「ええ。聖女の力に目覚めたのは偶然ではありません」


「その力を使うためにはどうしたら?」

 実のところ、さほど魔法を使えるようになりたいと思ったわけではないが、ロディーヌはきいてみた。


「必要が無いから眠っているのだと思います。もしロディーヌさんが心から願えばあるいは」


 それ以上の事は、女王も知らないようだった。

 リューウェインがふと思いついたように言う。


「フィノーラ殿。ここからレンスターの城へ行く事はできるかな?」

「王都の邸宅ではなくてですか?南の扉をつかえばすぐですよ」

「そうか」


 リューウェインはそういって、再びカードを取り出すと何やら書き留めている。


「ホルバンとやら、使いを頼めるか?」

「へぇー、あんたがおいらに頼みとは。一体なんだい?」


「これを俺の近侍のルーシャスに渡して欲しいのだ。心配しているだろうからな」

「ふーん。ま、いいけどさ。ロディーヌと結婚するんだろ?前祝いで届けてやるよ」


「あなたたちもご結婚なさるんですか?おめでとうございます」

「おめでとうございます」

 コルムとベイヴィルがお祝いの言葉を述べた。

 ロディーヌとリューウェインは礼を返す。

 

 公爵はロディーヌに告げた。 

「君に見せたいものがある。レンスター領へ寄っていくがかまわないか?」


 ロディーヌは少し驚いて答えた。

「ええ、もちろん」


 それまで黙っていたフィノーラは一同に向かって宣言する。


「さぁ。ではお別れの時のようですね。全能なるルゴスのお導きがあれば、また会う事もあるでしょう。あなたたちの行く末に、女神エリウの加護があらんことを」

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