第23話 邪眼の巨人

「こちらですわ」

 

 ロディーヌは女王のフィノーラが指し示した扉を見た。

 これがムーアの森へと続くらしい。


 奇妙な事になったものである。

 三人の人間と二人の妖精。

 それが囚われの人魚メロウを救出するために同行している。


 こんな事が自分の人生に起こるなんて、思いもしなかった。


 女王は手に杖を携えていた。

 それを握りしめると扉の前で念じる。

 扉はゆっくりと開いた。

 扉の先には、鬱蒼とした森が広がっていた。


「この先がムーアの森です」

「ほう。これは凄い」

 リューウェインは目を見張った。


 一行は女王を先頭に森の中を進んでいく。

 夜明けの光が木々の間から差し込み、足元の草むらを照らしていた。

 少し歩くと、ロディーヌは急にあたりに怪しい気配を感じる。


「そろそろですね」


 女王の言葉を聞くと、横にいたリューウェインは、すっとロディーヌの前に出て歩く。


 その時――


「あれは?何か聞こえませんか?」

人魚メロウの恋人、コルムが一同にむかって言う。


 耳をすますと、かすかに歌声が聞こえた。

 悲しげで胸を締め付けられるような声だった。


 さらに先へ進むと木々の間に広場のようなものが見える。

 その時運命の石リア・ファルが輝き始める。


 多数の毛むくじゃらの魔物が目の前にいた。

 

魔狼ブラッドウルフか」

 リューウェインが呟く。


 そして魔物たちの中央には透明な膜につつまれた球体があった。

 中に人影が見える。


「ベイヴィル!」

 コルムが声を上げた。


「ロディーヌさん、障壁バリアを」


 ロディーヌは運命の石リア・ファルを握りしめた。

 少し離れたところに、半透明の壁が出来上がる。


 魔狼ブラッドウルフはこちらの姿を見ると、一斉に襲い掛かろうとした。

 だが、半透明の壁に跳ね返される。


「このままだと、こちらからは攻撃できんな」

 リューウェインの言葉に女王のフィノーラは軽くうなずいた。

 そしてロディーヌの方を向いて言う。


「手を」


 ロディーヌは女王の差し出した手を握る。


「リューウェイン殿の周りに障壁バリアをイメージして下さい。鎧のように」


 ロディーヌは女王の言う通りにする。

 リューウェインの体が半透明の膜で覆われた。


「これは助かるな」

 リューウェインは自分の体を見回して言った。


「ロディーヌさん、僕にもお願いします。僕も戦えます」

 コルムが真剣な表情で言う。


 ロディーヌはフィノーラを見る。

 彼女は軽くうなずいた。


「コルムさんは強いです。魔狼ブラッドウルフくらいなら大丈夫でしょう」


 その言葉を聞いて、ロディーヌはコルムの体の周りにも、障壁バリアを念じる。

 たちまち半透明の鎧ができる。


「コルム殿、邪眼の巨人バロールは俺に任せろ」

「はい!」


 ロディーヌはフィノーラの助言を元に、障壁バリアの一部を解く。

 リューウェインとコルムはその隙間から、魔狼ブラッドウルフに襲い掛かった。


「ロディーヌ、ちょっと血生臭い事になるぞ。無理なら目をつぶってろ!」

「いえ、大丈夫です」


 リューウェインの言葉にそう強がってみたものの、真っ二つにされる魔狼ブラッドウルフを見て、思わず目を閉じてしまう。


 だが、そんなロディーヌの手をそっとやさしく握りしめる者がいた。

 もちろんフィノーラである。


 彼女の小さな手から温かい波動を感じた。

 横を向くと、ロディーヌに優しく微笑みかけてくる。


 ロディーヌは大きく息を吐いた。

 もとより血生臭い事になど縁はない。

 だが平静でいられたのは、目の前で起こっている事に、どこか現実感がなかったせいかもしれない。


 リューウェインの働きは目覚ましい。

 一振りで数匹の魔狼ブラッドウルフを両断する。

 光の剣クラウ・ソラスの力もあったろうが、さすがは"竜殺し"の異名を持つだけの事はあった。


 コルムの動きもなかなかだった。

 リューウェインの刃から逃れた魔物を確実に仕留めていた。


「ほうほう。へぇ~。すげぇすげぇ」

 ホルバンがなぜか楽しそうに声を上げている。


「気楽そうね、あなたは」

「ん?そりゃおいらは何の役にも立たないからね。危なくなったら逃げるよ、ロディーヌ」


 相変わらずいつものホルバンだった。


魔狼ブラッドウルフは二人の活躍で、あっという間に数を減らされていた。


「そろそろ来るか」

 リューウェインがぽつりと呟く。


 広場の向こうの森の繁みから、ずしんずしんという足音が響く。

 何かがこちらにやってくるのだ。


 木々をかき分けそれが現れた。

 巨大な体と額の中央にある一つの目。 

 手には棍棒を携えている。


邪眼の巨人バロール!」

 思わず発した自分の声がかすれているのをロディーヌは感じた。

 それは建国神話に描かれている邪眼の巨人バロールの姿そのものだった。


「ロディーヌ、下がっていろ!」

 リューウェインが叫ぶ。

 伝説の魔物を前にしても、全く動じていなかった。


「彼は大丈夫でしょうか?」

 傍らのフィノーラに問いかける

「大丈夫です。彼はあなたが思っているよりずっと強いです、ロディーヌさん」


 女王の言葉通りだった。


 リューウェインは邪眼の巨人バロールの操る棍棒を難なくよける。

 公爵の身のこなしは、人間にはありえないような速度だった。

 おそらくは魔力を応用しているのだろう。


 そして光の剣クラウ・ソラスの一閃が邪眼の巨人バロールの右腕を切り落とした。


 だが巨人は咆哮を上げ、かまわず反対の手で公爵に殴りかかった。

 勿論リューウェインにはあたらない。


「まずいな、このままじゃ」

 傍らのコルムがぽつりと呟く。

 邪眼の巨人バロールの動きは、鈍くなったようには見えない。

 切り落とされた右腕も、いつの間にか再生しかけている。


「やはり伝説通り、あの目を貫くしか無いようですね」

 フィノーラはロディーヌに向かって言った。

運命の石リア・ファルを握って、木々に絡まるツタを思い浮かべてください」


 ロディーヌは言う通りに心の中で想像する。

 

「それを巨人にたたきつけ、動きをとめるのです。私が思念で補助しますから」

 繋いだ女王の手から力が流れ込む。

 それをそのまま邪眼の巨人バロールに向けて放つ。


 すると四方から出現したツタが怪物に絡みつき、地面に引き倒した。

 膝を付いた邪眼の巨人バロールは咆哮を上げる。

 だが絡みついたツタで立ち上がれない。


 リューウェインがその隙を見逃すはずはなかった。

 光の剣クラウ・ソラスを振りかぶり、一直線に巨人の目を貫く。

 邪眼の巨人バロールは断末魔の絶叫を上げて、地面に倒れた。

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