第21話 妖精の国

「ここだよ」


 ホルバンが指し示したのは、湖のほとりに立つ館だった。

 ここに来るまで、どのくらい歩いたのかはわからない。

 ほんの十分ほどにも感じられた。

 

 だが、この場所と元の世界と時間の流れが同じとは限らない。

 不思議な島に航海に出、戻ってきた時は何百年もたっていたという、古代の王子の伝説のように。


 妖精の女王の城は、かなり大きな木造建築で、ツタが絡まっている。

 大きな扉の前には、首無し騎士デュラハンが門番として立っていた。


「二人を連れてきた。開けてくれ」

 ホルバンが言うと、首無し騎士デュラハンたちは体をかがめる。


 扉はきしむ音をたてて、左右に開いた。

 ホルバン、リューウェイン、ロディーヌの三人は、中へと進む。


 入ってすぐのところは大きなホールになっており、左右に妖精たちが並んでいる。

 小妖精レプラコーン 猫妖精ケットシー泣き妖精バンシー妖精の恋人リャナンシー等々、様々な妖精がいた。


「ようこそ妖精の城へ!」

 妖精達は口々に唱和する。


 そのまま通路を奥へと進む。

 玉座の間へと続く扉の前まで来た。

 そこにも両脇に、衛兵とおぼしき首無し騎士デュラハンが立っていた。


「どうぞ。お入りください」


 声が響き、扉が開く。

 赤い絨毯が敷かれ、前方へとまっすぐ伸びている。

 その先には玉座があった。


「ようこそいらっしゃいました。私がこの国の女王、フィノーラと申します」


 リューウェインとロディーヌは並んで礼をした。


 フィノーラは小柄で黒く長い髪、大きな蒼い目をしており、一見したところ人間と違いはないように見える。

 だがよくみれば、耳が細く尖っていた。

 女王の周囲には、重臣らしき妖精たちもいる。


「本来こちらからお伺いせねばならぬ所、お呼びたてして申し訳ございません」

 女王のフィノーラは丁寧な口調で言う。

 

 見た目は二十代のように感じられる。

 とはいえ、妖精であるからには、実際に何歳なのかはわからない。

 

「はじめまして、女王陛下」

 ロディーヌは挨拶する。

 ただ女王の顔を見た時、どこかで会ったことがある、そんな感覚にとらわれた。

 

 もちろんそんなはずはない。

 ロディーヌ自身は覚えていなかったが、ホルバンの言う、以前妖精の国を訪れた時なのだろうか?


「陛下なんて堅苦しい言い方ではなく、どうぞフィノーラとお呼び下さい」

 女王は柔らかな笑みを浮かべた。


「では、フィノーラ殿。一体どういう事情なのか説明頂けるかな?」

 リューウェインがたずねる。


 ホルバンが話した事と同じものもあったが、フィノーラが語ったのは以下のような事情だった。


 人魚メロウが姿を消した後、水晶玉に念じて行方を占った先は、ムーアの森であった。

 

 だが――


人魚メロウのベイヴィルは囚われています。是非助け出して頂きたいのです」


「それは誰に?一体なんのためかな、フィノーラ殿」


人魚メロウの歌声には不思議な力があることはご存じでしょう?」

 確かにそういう言い伝えは知っていた。

 美しい歌声で船乗りを惑わし、難破させるとも言われる。


「それに目を付けたものがいるのです」

「それは一体だれだ?」

 とリューウェイン。


「それは……わかりません」

「わからないだと?」


「東方のアングル王国より、黒い瘴気を感じますがそれ以上は。それに人魚メロウを捕らえているのは、邪眼の巨人バロールなのです」


邪眼の巨人バロールだと!?」


 邪眼の巨人バロールとは、エリン王国の建国伝説に出てくる怪物であった。

 一つ目と巨大な体、強大な力を持ち、建国の勇士達を苦しめた。

 言い伝えでは女神エリウの四神器の一つ、光の剣クラウ・ソラスで瞳を貫かれ倒されたという事になっていた。


「まだ現代に邪眼の巨人バロールがいたとはな」

「そうです。それだけではありません。更に恐ろしい古代の魔物が蘇る気配も感じます」

 女王は何か物思いにふけるように言った。


「それで、やつに対抗策はあるのか?」

「ございます。ですが私たちには、それは不可能なのです」

「なぜだ?」


「今の私たちに戦う力はないのです。元々私たち妖精は、エリン建国の際はあなたたち人間と力を合わせて戦った、神々の一族であったとも伝えられます。」

 リューウェインの問いに、女王はどこか悲しみをたたえた顔で答えた。


「長い年月が経ち、私たちの力は失われました。今の私たちにできるのは少しの回復魔法と、花の蜜を集めたり植物を育てたりすることくらいなのです」


「なるほどな。だが俺たちが役に立てるかはわからんぞ」

「あなたたちには、素晴らしい力があります」

「あなたたち?リューウェインはともかく私には」


 リューウェインはエリン王国軍を束ねる将軍であり、魔力にも優れた人物としても知られている。


「いいえ、ロディーヌさん、あなたにも。いえもしかするとあなたの方が」

「やはりな」

 リューウェインは得心した表情だった。


「リューウェイン殿は気づいておられたのでしょう?」

「ああ」


 ロディーヌは驚いてリューウェインを見る。

 今までそんな話は聞いた事がない。


「ロディーヌは、聖女の力に目覚めた事もあった。普通の人間よりは魔力は強いはずだ」

 リューウェインは、皆に向かって言った。


「だが、今の彼女には魔力を感じない。低いどころではない。全く存在しないのだ」

「でも、私は魔法を使えないのだから当然ではないかしら、リューウェイン様」


「いや、そうではないロディーヌ。魔法が使えない人間にも魔力自体は存在する。それが全く無いのは異常なことだ」

「その通りです」

 女王のフィノーラが同意する。


「フィノーラ殿、あなたはロディーヌの謎をご存じなのですか?」

「それについては私からお話しすることはできないのです。神との誓約ゲッシュ

によって」


 神との誓約ゲッシュとは今では廃れた古い習慣だ。

 それは文字通り神との誓いであり、守れば祝福を与えられるが、破ると災いが降りかかるというものだった。


「なるほど。ここの所の魔物の跳梁には俺も困っているし、実際に被害が出ている。それと人魚メロウの件は関係があるというわけかな?」


「その通りだと思います。正確には人魚メロウのベイヴィルがさらわれる少し前からでしょうが」


「それで、フィノーラ殿の言う、対抗策とは何なのかな?」

 リューウェインの疑問は当然のものであったろう。


「それはこちらです」

 女王は側近に命じると、大きな櫃を持ってこさせた。

 リューウェインとロディーヌの前にそれを置く。


「御覧ください」

 そう言って女王は自ら櫃を開けた。

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