第19話 ウェディングドレス

 帰りの馬車にゆられながら、ロディーヌは思い切ってリューウェインに話しかけた。


「あの」

「何だ?」

「先ほどはありがとうございます」

「何のことかな?」


「……あの、王子との件で助けていただいて」

「ああ」

 リューウェインは短く言った。


「レンスター家が舐められるわけにいかんからな。別に君のためじゃない」

 それほど強い口調だったわけではない。

 

 だがロディーヌは「はい……」と返事をするしかできなかった。


 しばらく沈黙の時が続いた。


「君は物をよく知っているし、記憶力がいいな」

 リューウェインが唐突に言う。

「挨拶に来た主要な貴族の情報をすべて覚えていた」


 ロディーヌは少し驚いて答えた。

「はい、いえ。ああいった対応でよろしかったのでしょうか」


「いや、助かった。礼を言う」

「ありがとうございます」


「それとな……」

 リューウェインは重ねて言う。

「キングストン家の事は、悪いようにはしない。安心してくれ」


「いえ、それはもういいんです」

 ロディーヌは言った。

「こちらの家に来る時にはもう、レンスター家の人間になる覚悟はしております」


 本当にそうだったのかはわからない。

 だが、言葉にするうちに、もう自分は覚悟を決めていたのだと感じてくる。


 リューウェインは短く、「そうか」と言っただけだった。


 やがて馬車は郊外のレンスター邸に到着した。

 まだ煌々と灯りがついている。

 屋敷の人間が並んで出迎える。


「おかえりなさいませ」

「おかえりなさいませ」


 リューウェインとロディーヌは挨拶に軽くうなずく。

 ロディーヌの侍女のメアリーもいた。


「そうだ。皆に言っておくことがある。ロディーヌとの結婚式は三ヶ月後だ」


 公爵の宣言に、ロディーヌの体に電流が走る。

 覚悟はしていたし、後悔はない。

 自分と公爵はいよいよ結婚するのだ。


「俺はいいが、彼女のドレスの仕立てが必要だな」


「しかし、新たに製作するとなりますと、最低でも半年、悪くて一年かかるかと」

 と執事長のエドモンド。


「いえ、私は……今あるドレスを仕立てなおせば、十分です」

 ロディーヌは慌てて言う。


 リューウェインは軽く首を振る。

「そういうわけにはいかん。間に合わさせろ、エドモンド」

「わかりました」

 エドモンドは頭を下げる。

 

 その声を背に、公爵は自室に向かった。

 使用人達は少しざわざわとしている。

 とはいえ、リューウェインとロディーヌの結婚はもはや決まっていたも同然だ。


 婚約を発表し、一定期間に異議申し立てがなければ、結婚が成立する。

 リューウェインが以前言ったように、王族や高位の貴族にとって、これはあくまで形式的なものだ。


 エリン王国の重鎮で、今や第二王位継承者のレンスター公爵の婚約に、異議申し立てをする人間がいるはずはなかった。


(いよいよね……)


 ロディーヌは自室に戻り、鏡をのぞき込み、ぼんやりと考え事にひたる。

 結婚が決まったといっても、特に感慨はなかった。

 

 結婚しようがしまいが、いままでと変わらない気がする。

 相変わらず、リューウェイン公爵とは距離が縮まったのか縮まっていないのかわからない。


(ただ……)


 実家にいた時よりは自由な気はする。

 やりたい事も以前よりは出来ている。


 その時扉を叩く音がした。


「開いてるわ、どうぞ」

 ロディーヌの声に


「失礼します」

 と言って入ってきたのはメアリーだった。


「まぁどうしましょう。どうしましょう」

 メアリーは珍しくうろたえていた。


「どうしたの、メアリー?」

「どうしたのではございませんよ!たった三ヶ月後に結婚式だなんて!」

「三ヶ月なんて。充分時間はあるのではなくて?」

「とんでもないです!最低半年。いえ、大貴族となれば一年は見越しておかないと!」


 そういうものだろうか。

 ロディーヌにはわからない。

 そのあたりの常識にはうとかった。


「ドレスだけではございませんからね。アクセサリーに招待状に、引き出物に……」

「そのあたりは、レンスター家の人達がやってくれるんじゃないかしら、メアリー」

「しっかりして下さいまし。他ならぬロディーヌ様自身の結婚ではございませんか!」


 メアリーはどこかうきうきしたような、戸惑っているような様子だった。

 実際のところ、何をどうしたらいいのか、メアリー自身にもわかっていなかったのかもしれない。


「レンスター公は型破りなお方とはうかがってましたが……こうしてはおられませんわ」

 メアリーは立ち上がると軽く礼をする。


「私、家のものたちに聞いてきますね。何しろロディーヌ様の一世一代の晴れ舞台ですから」

「そ、そう。じゃあお願いね」

 ロディーヌの声を聞いているのかいないのか、メアリーは小走りに部屋を出て行った。


(……なんだったのかしら)


 若干そう感じないでもない。

 だが、メアリーの言動を悪く思うわけもないし、からかうような事を言うつもりもなかった。

 何よりこの結婚を心の底から祝福してくれるのは、この国でメアリーだけかもしれないのだから。

  


昼下がりの客間――



「ロディーヌ様、こちらの生地の方はいかがですか?」

「ちょっと派手すぎないかしら、メアリー」

「いえいえ、この暖色系に金の刺繍をあわせるのが、はやりでございますよ」


  ロディーヌとメアリーは、ウェディングドレスの生地見本やデザイン画を見ながら、あれこれ話し合っていた。


 ドレスやジュエリーのデザイナーや、製作の責任者、レンスター家の使用人達の数人が同席している。


 自分はそんなものに興味はない。

 そう思っていたが、実際に生地やドレスのデザインを見ると、心は浮き立つロディーヌだった。

 

 結局メアリーの意見を取り入れて、ドレスやジュエリーを選ぶことになった。

 ただ一つ、ロディーヌには気になることがあった。


「あの……これは、一体おいくらに」


 大貴族たるものが、値段の事を言うのは少しはしたないかもしれない。

 そう思ったが、つい口に出てしまった。


「それは、まぁ」

 責任者らしき人間が、執事長のエドモンドの方をちらりと見る。


「いくらかかってもかまわぬと、公爵閣下から申しつかっております」

 エドモンドは無表情に言った。

 製作者たちは恐れ入った風に頭を下げる。

 

「しかし……でも」

 ロディーヌの言葉に


「この件に関しては、ロディーヌ様はご心配なさらぬよう。レンスター家にて何とかいたしますので」


 そうはっきり言われてしまえば、それ以上何も言えない。

 この時代、花嫁側が持参金を用意する習慣が一般的だった。

 家柄が上がるほど、持参金の金額も上がる。


 だがキングストン家は本来、レンスター家に払えるような持参金はない。

 そのあたりは、キングストン家の薬・香油・化粧品等の製品や製法で補うという事なのだろうか。

 かなり特殊な例である事は間違いなかった。

 


 いずれにせよ、ロディーヌが何とかできる問題ではない。

 公爵が良いと言っているのだからと、自分を納得させるしかなかった。


 一同が帰った後にメアリーが言う。


「ロディーヌ様、お気になさる事はありませんよ」

「そうかしら」

「そうですとも。リューウェイン様はドレス代くらいで、どうこう言う方ではありませんわ」

「そうよね。ありがとうメアリー」


 ロディーヌは研究のため、メアリーは他に仕事が詰まっているという事で、その場は別れた。



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